Chapter18. 元・彼女からのアドバイス

「社長。元カノってどういうことですか? 詳しく教えて下さい!」

 結局、帰りの車で、関水にしつこく質問を受けていた蠣崎だったが、正直、説明するのも面倒なくらい、二人の関係は「複雑」だったため、


「ああ。だから自衛隊時代から付き合ってる元カノだって。まあ、色々あって別れたが」

 なげやりに答えを返していた。


「いくつですか?」

「28」


「28! 全然、見えなかったですけど。22歳くらいだと思いました」

 驚く関水に、蠣崎は、皮肉たっぷりの一言を浴びせて、彼女を「責める」。


「まあな。22歳には見えないお前とは、真逆だな」

「……どういう意味ですか?」


「別に。深い意味はない」

 さすがに、若い女性にこの返しは、失言だったか、と蠣崎は後悔するものの、その反応から、やはり関水の年齢は「嘘」ではないか、と改めて疑うのだった。


「社長も隅に置けませんね。あの女、私が殺してもいいですか?」

 相変わらず、シャンユエは物騒なことを言って、美希を殺そうと画策しているようだったが、


「やめておけ」

 一応、釘を刺していた蠣崎だった。

 もっとも彼女が本気で美希を殺そうと動いても、なんだかんだで阻止されそうだと蠣崎は思ったが。


 元彼女とは言っても、何度も「付き合ったり」、「別れたり」を繰り返している、不思議な二人だから、蠣崎は説明が面倒、億劫だと思い、適当にお茶を濁して、誤魔化しながら、帰社。


 翌日には、関水の反対を押し切って、一人、ホワイトカトレアに向かうのだった。

「護衛します」

 そう言って、利かない関水に、


「大丈夫だ。あいつは俺を『闇討ち』したりしない。シャンユエとは違う」

 そう言って、たしなめると、そのシャンユエが、


「私だって、そんな卑怯なことしませんよ。殺すなら、堂々と殺します」

 得意気に胸を張っていたが、それは自慢すべきことではない、と思うと同時に、会った初日に、いきなり斬りかかってきた奴が言っても説得力がなさすぎるとも思い、蠣崎はかえっておかしく思い、自然と笑みを浮かべていた。


 近場のため、歩いて向かった先には。

 やたらと瀟洒な建物があった。


 全面ガラス張りの、まるでデザイナーズマンションのような3階建ての建物で、入口に「ホワイトカトレア株式会社」と書かれてあるが、傍から見ると、ほとんどIT企業のように見える。


 しかも、ガラス張りの入口ドアをくぐると、正面に受付があり、きちんと「受付嬢」が座っていた。


 このIT全盛時代に、わざわざアナログな人を使うあたり、金があるのかもしれない。


「社長に会いに来た」

 とだけ告げると、当然、


「アポはございますか?」

 と聞かれるが、アポはあるともないとも言えない状態の蠣崎は答えに窮し、


「蠣崎宗隆が来た、とだけ伝えてくれ」

 と告げると、20代の若い受付嬢は、困ったような表情を浮かべたまま、手元の内線電話の受話器を取った。


「はい。はい。わかりました。お通しします」

 あっさり電話を切って、


「エレベーターで3階の社長室に直接起こし下さい、とのことです」

 と告げた。


 その上、武器の携行や、身体検査もなく、ほとんど無防備の状態で通されていた。


(どんだけ不用心なんだ?)

 さすがに、同業者として少し心配になっていた蠣崎だったが。


 綺麗なロビーを抜け、えれべーだーに乗って3階に上がると。そこは、まさにIT企業のように、いくつもの部屋があり、よく見ると、ガラス張りの室内が見渡せたが、何人かいる従業員は皆、パソコンに向かっていた。


 どこから見てもIT企業に見える、この会社が「PMSC」だとは誰も疑わないだろう。カモフラージュとしては見事だった。


 社長室は、すぐにわかった。

 広々とした3階の奥の突き当りにあり、ドアが大きい。


 一応、ノックだけはすると。

「ああ、宗隆でしょ。入っていいよ」

 あっさりと返事が返ってきた。


 ドアを開け、中に入ると、いよいよ煌びやかな世界が広がる。

 どこにそんな金があるのか、というくらいに豪勢なシャンデリアつきの大きな部屋。ソファーも高級なものを使っているようで、何故か昔の日本の「甲冑」がインテリアとして置いてあった。


 傍から見ると、ここだけ「ヤクザの事務所」みたいにも見える。


 社長である美希は、豪勢な黒皮のチェアーに座っており、蠣崎の方を見ていたが、彼が室内に入ると、立ち上がって、ソファーに腰かけた。


 今日は、何とも可愛らしい、膝上20センチくらいのミニスカートを履いており、その上にラフなチェック柄のブラウスを着ていた。

 これで、とても28歳には思えない、と彼が思うほど、可愛らしい格好で、オシャレをしていたのが、まさに違和感以外の何物でもなかった。


「随分と不用心だな。何のチェックもなかったぞ」

「ああ。いいの、いいの。表向き、ここはIT企業だから。そんなことしたら、かえって疑われるから」


「やっぱりか。カモフラージュか」

「そう」


 美希は、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座った蠣崎を確かめてから、立ち上がって、すぐ近くの棚に置いてあるコーヒーメーカーで、コーヒーを作ってくれた美希。

 そのメーカーは、ミルを入れて、後はボタンを押すだけという、いわゆる全自動式のコーヒーメーカーだった。


 手渡されたプラスチックのコーヒーカップを受け取り、一口含んでから、蠣崎は、真面目な顔で問いただす。


「で、話って?」

 彼女もまた、コーヒーを一口飲んでから、大真面目に、蠣崎の目を見つめて、話し始めた。


「宗隆。この間の、ヤクザ同士の抗争見て、何か思わなかった?」

「ああ。武器が異常すぎるってくらいかな」


「さすがだね」

 あっさりと、そして穏やかな微笑みを返してくる、美希の笑顔が何だか可愛らしく思え、元彼氏として、少しは胸が高鳴る気がする蠣崎に対し、彼女は続けた。


「現金輸送車の時は、M2。ヤクザにはミニミ、RPG、コルト・ガバメントやデザートイーグル。過ぎた武器よね」

 この女が、何故、現金輸送車事件のことを知っているのか、という疑問はあったが、蠣崎はあえて聞き流した。

「だから、その出所が問題だろう?」


「JKから聞いたかもしれないけど、私には懇意にしている、ヨーロッパの武器商人がいるの。その彼から聞いた話だと、最近、日本のある商社が、やたらと武器を買ってるって」

「何て会社だ?」


「株式会社ザ・ロンゲスト・デイ」

「知らんな」


「でしょうね。表向きは、ただの輸入雑貨を扱う商社。でも、裏では」

「武器を買ってるってか? それをヤクザに横流ししたと? 何のために?」


「さあね。でも、その社長ってのが、元・自衛隊員らしいの。変でしょ、自衛隊員が何で輸入雑貨。しかも武器買ってるし」

 蠣崎は、真剣な表情の元・彼女の美希を見て、内心、思っていたことを口に出すことを決意する。


「お前さあ」

「なぁに?」

 相変わらず、声も顔も可愛いのだが、掴めない奴だと思いながらも、続ける。


「警察みたいなことしてんのな」

「いいでしょ、別に」


「いいけど、何で?」

 そう尋ねると、美希はさすがに疑われたくなかったのか、それとも思うところがあったのか、一拍置いてから、発言を続けた。


「私は別に、『正義のヒーロー』になるつもりも、『警察』に恩を着せる気もないのよ。ただね……」

「ただ?」


「今年は、太平洋戦争の終戦から100年。絶対、8月15日には何か起こる気がするのよね」

「シャンユエみたいなことを言うな」


「シャンユエ?」

「ああ。ウチの会社の、日本史マニアの中国人」


「ああ、あの細目の彼女。綺麗な人だよね? 好きなの?」

 相変わらず、こういうところだけ目ざといというか、どこで知ったのか、目を細めて楽しそうに尋ねてくるのが、蠣崎はかえって気に入らない。


「そんなわけあるか。大体、あいつは俺の命を常に狙ってる」

「何、それ、受ける。あんたって、そんなドMだったっけ? ああ、SよりはMか」


 さすがに、そんな性癖じみたことまで指摘されると、蠣崎は気に入らないを通り越して、腹を立ててしまう。


「うるさいな。あいつのことはいいんだよ」

 向きになった蠣崎に、むしろ面白みを失ったのか、今度は美希が溜め息を突いて、愚痴るように呟いた。


「まあ、同業者のよしみで、忠告しておいてあげるよ。ザ・ロンゲスト・デイには絶対何かあるって」

「そんなこと言われたって、俺らは警察じゃない。金さえ積まれれば、どんな組織にもつくだろ?」


「そうだけど。私はこの100年式典だけは、さすがに守りたいかなあ」

 100年式典。彼女がそう言っているのは、日本政府が昨年発表した、太平洋戦争終戦100年の記念式典のことだ。


 8月15日。東京の皇居、二重橋付近で行われる予定だ。

 そう。太平洋戦争終戦の日に、天皇陛下が玉音放送をして、国民が聞いたという、あの二重橋だった。


 まさかそんな場所で、テロなど起こす奴がいるだろうか、と蠣崎は半信半疑だったが。かつての日本とは違い、治安が悪化している今の日本では、決して「あり得ない」話ではなかった。


「まあ、どうせ俺らのような商売は、政府に呼ばれるだろうさ」

「かもね」


「じゃ、そろそろ帰るわ」

 立ち上がりかけた蠣崎に対し、元・彼女の美希は、おもむろに立ち上がると、素早く蠣崎の傍に回り込むように歩き、袖をつまむようにキュっと掴んできた。


 何だかその素振りが可愛らしいと思いつつも、彼女の瞳は真剣だった。猫のような大きな瞳が彼を真っ直ぐに見上げていた。

「宗隆。あの『関水』って女には、注意した方がいいよ」


「何で?」

 何となく、聞きたいような、いや聞きたくないような気がする蠣崎。だが、この女の情報収集力は侮れない、とすでに体感としては持っていた。


 だが、

「女の勘」

 そう言われて、どっと疲れが出ると同時に、蠣崎は少しがっかりしていた。それだけ大見得を切るくらいなら、証拠くらい掴んでいると思ったのだ。


「何だ、ただの勘かよ」

 だが、意気消沈してしまった元カレを心配してくれたのか、彼女は若々しい笑顔を見せて、恋人のような上目遣いで、言ってのけたのだった。


「まあ、そうがっかりしないで。ちょっと調べてあげるから」

「……頼む」

 蠣崎には、応じるしかなかった。


 最初から、信じてはいなかったが、やはり関水には何かある、という「勘」にも似た、経験則から来る猜疑心が、彼の中にもあったからだ。


 会見は終わった。

 事態は水面下で動き出す。

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