Chapter17. 戦場にて
蠣崎は予想していたが、それに反し、「信じられない」と言った表情を浮かべていたのは、近くにいた関水だった。
「金城さん! どうしてここに?」
未だに信じられないのか、彼女は目を見開いていたが。
肝心の金城は、
「ハーイ、お姉さま。久しぶりね」
呑気に挨拶を交わしていた。
その間に、
「なんだ、てめえは!」
同じく日本刀を持って襲いかかった、山際組の若い男の刀を、あっさりとかわし、そのうなじ部分から背中、腰に至るまでを無残に斬りつける金城。
血まみれの男たち、4人を不敵な笑みで見下し、血のついた日本刀の刀身をハンカチで拭いながら、笑みを浮かべる女子高生。
ある意味、不気味だった。
「やっぱりお前か、金城」
「やっぱり? 社長はわかってたんですか?」
「何となくだがな。だが、解せないのは、あの金だ。200万も積んで、何故自分で殺した?」
もちろん、あのストーカー男のことだ。
犯人がいるとすれば、蠣崎は金城だと踏んでいた。
その渦中の金城は、相変わらず、戦場とは思えないくらい、楽しそうな笑顔で、しかし残酷な一言を放っていた。
「私は、『殺せ』って言ったのに、お姉さまったら、ホント甘ちゃんね。そんなんで、PMSCなんて出来るのかしら?」
「殺せ、というより『殺していい』だったと思うけど」
「屁理屈ね」
二人のやり取りを見て、蠣崎は、
「質問に答えろ」
拳銃を持って、銃口を向けたまま、金城と対峙する。
「せっかちね」
溜め息混じりに呟くと、金城は血を拭き取ったハンカチを地面に捨てて、日本刀を鞘に入れた。
「あれは、社長からのプレゼントみたいなものよ。なんだかんだ言っても、社長はあなたのことを気にかけてるのよ、元カレさん」
「社長? 元カレ? 何言ってるの、金城さん」
戸惑いを隠せず、拳銃を握ったまま、固まっている関水には、後で説明をするとして、蠣崎としては、その「言葉」が気になった。
「プレゼントだぁ? 何をバカな。大体、俺はあいつより先にPMSCを立ち上げたんだ。いくらあいつが商売上手でも……」
「そこが、あなたの『見込み違い』ってところよ。美希社長はね。有力な情報屋や武器商人とのパイプを持ってるの」
「それなら、俺だって持ってる」
「レベチって奴ね。あなた、英語、苦手でしょう? 美希社長は、英語ペラペラだから、海外の有力武器商人と繋がりがあるのよ」
「だから社長。英語は大事って……」
「黙ってろ」
関水を、手で制した蠣崎は、この日本刀を持った少女と向き合いながら、別の肌感覚を持っていた。
(来る)
と。
刹那。凄まじいスピードで、地面を蹴った彼女が関水に接近し、至近距離から抜刀し、下から斬り上げた。抜刀術、居合いとも言われる剣道の技だ。
蠣崎は斬られた、と思った関水だったが。
―キンッ!―
彼女の反応も速く、拳銃を顔の前に持ってきて、鉄の塊のうち、グリップから銃身にかけての部分で、日本刀を防御していた。
まるで、シャンユエと初めて会った時にそっくりだったが。
「関水!」
「あれー。意外とやるわね、お姉さま」
「ナメないでくれる?」
三者三葉のやり取り。
緊迫感が漂うものの、他のメンバーは他の銃撃戦に巻き込まれて、こちらまで助けに来る余裕はないようだった。
2対1だ。
蠣崎は、銃口を関水の前にいる金城に向ける。
「動くな!」
と大きな声を張り上げながら。
だが、彼女は、横目でチラリと、わずかに蠣崎の方を見ただけで、少しも動じている様子がない。
そして、この後、信じられない態度に出たことで、彼らを困惑と混沌へと導くことになる。
突然、刀を引いて、そのまま腰のベルトに差した、鞘に納刀してしまった。
「えっ?」
という、状況が飲み込めない表情の関水を無視し、彼女は、まるでこれからダンスでも踊るかのように、楽しそうに口元に笑みを作り、口角を上げた。
「面白くないわ。大体、山際組なんて手応えがない。決めたわ。私、蠣崎社長。あなたにつくわ」
「何言ってるの、金城さん? 正気?」
「金城。意味がわからん」
関水と蠣崎に、口々に早口でまくしたてられ、彼女はうんざりした表情を浮かべながらも、
「はいはい、わかった。あと、JKね。コードネームみたいでカッコいいでしょ」
と、呑気に呟いている。
そして、唖然としたまま動かないでいる二人を余所目に、
「じゃ、そういうことで。証拠を見せるね」
一方的に宣言し、笑顔で言ったと思ったら、今度は、自分が向かってきた方向に向かって、走り出し、
「ぎゃあっ!」
「てめえ、裏切り……」
次々に海珠組の構成員を、日本刀で血祭りに上げていた。
「どうなってるんだ、これ?」
「私に聞かれても」
しかも、彼女の「裏切り行為」は、戦局をも一変させていた。
銃に対して、日本刀。普通なら、銃の方が勝ると思うのが感覚であり、それが正常だが。シャンユエが言ったように、至近距離においては、銃より刃物が勝ることが多い。
「てめえ!」
さすがにしびれを切らした海珠組の組員が、ミニミ軽機関銃を彼女に向けて放った時は、さすがに「終わった」と蠣崎は思ったが。
それすらも予想していたのか、彼女は、山際組と海珠組の構成員の戦闘の中に入り、敵も味方も関係なく「盾」にして、これを避け、その間に回り込んで、距離を詰め、射手を「斬って」しまっていた。
恐るべき剣道、いや剣術の達人だった。
蠣崎は思うのだった。
(彼女の経歴自体が嘘だ)
と。
彼女は、父は米軍海兵隊の軍人、母は基地で働く日本人、と言った。だが、その環境で育ったにしては、この日本刀の動きはどこか違和感があり、信じられなかった。
一通り、斬って周り、得意気な顔で、、蠣崎の元に戻り、
「どう?」
とドヤ顔を向ける彼女に、
「お前。一体、何者だ? 両親の話も嘘だな」
直接訪ねると、彼女はあっさりと答えを披露してきた。
「ああ、あれ。もちろん嘘」
「やっぱりか」
「そう。ハーフってのは本当だけど。父は日本人の俳優。時代劇で有名な人。母は、アメリカの女優よ」
つまり、ハーフはハーフでも、父と母の国籍が逆だった。
しかも、彼女が暴露してくれた、その「俳優」は、蠣崎でも知っている、芸能界の大御所で、かつては「時代劇」で世界的に名が知れた俳優だった。
確か、本人が実際に剣道の達人と聞いたことがある。
母親の方も、ハリウッド映画に出ていた、有名な女優だ。
それならこの剣術も演技も納得がいくが。
気に入らないのは、「裏切り」だ。
人を簡単に「裏切る」奴は、いずれ自分も「裏切られる」。そう思うのが人情だ。
「美希はいいのかよ?」
「美希社長? ああ。いいの、いいの。社長もわかってるから」
「はあ?」
いまいち、要領が掴めない。何を言っているんだ、こいつは。蠣崎の頭が混乱する中、「彼女」は車に乗って現れた。
暴走するように走る一台の軽自動車が、遠くから突っ込んできて、山際組の組員を跳ね飛ばす。
車にはたちまち銃弾が降り注ぐが、完全防弾なのか、その軽自動車はビクともしなかった。
蠣崎の前で止まると。
運転席の窓が開き、中から、背の小さな、若い女性が顔だけを出した。
身長152センチほど。髪は巻き髪のロングで、茶色に染め上げ、サングラスをかけている。柑橘系の香水をつけた、黒いビジネススーツを着た細身の若い女性。もちろん、蠣崎がよく知る人物だった。
「美希!」
「宗隆。久しぶりね」
戦場のど真ん中で、奇妙な会話が始まる。彼女は、JKこと金城を見ても、彼女が裏切ったことを知っていたかのように、
「JKは、あなたに『貸す』わ」
とだけ言ってのけた。
「はあ? 貸す? サッカーのレンタル移籍じゃねえんだぞ。何考えてる?」
相変わらず、「掴めない」飄々としたところがある元・彼女の美希を、蠣崎自身が「掴めない」でいた。
「あはは。あんたらしい言い方ね。まあ、何かと役に立つ子だから。あと、このくだらない戦いが終わったら、ちょっと私の事務所まで来てくれる? 話があるから」
一方的にそう言って、彼女は蠣崎の手に名刺を手渡すと、窓を閉め、再び猛スピードで車を飛ばして、走り去ってしまった。自分で仕掛けておきながら「くだらない」とは自分勝手な奴だと蠣崎は呆れるしかなかったが。
唖然としている蠣崎に、
「社長。あの女性のこと、後で詳しく聞かせて下さい」
睨みつけてくる関水の視線が、蠣崎には怖く思えるのだった。
戦いは、その後も続いていたが、結局、金城、いやJKという助っ人の「柱」を失った海珠組が崩れ、やがて、蜘蛛の子を散らすかのように退散していき、あっさりと終わっていた。
残っていたのは、無数の死体と、血だまり。
まさにそれは「戦場の跡」だった。
名刺には、住所が書かれてあったのが。
ホワイトカトレア(株)
東京都渋谷区恵比寿西2丁目。
と書いてあった。
(って、めっちゃ近くじゃねえか!)
蠣崎が本社として構えた場所が、東京都渋谷区円山町。
そこから駅一つ分も隔てておらず、車なら5、6分。徒歩でも20分くらいの距離だった。
結局、美希が言うようなPMSC同士による、本格的な「殺し合い」にはならなかったが、蠣崎には、彼女の「
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