Chapter15. ホワイトカトレア

 エレベーターで屋上に着いた蠣崎は、降りるとすぐに胸ポケットからタバコの箱を取り出して、口にくわえ、火をつけた。


 そのまま、携帯電話を取り、コールする。

「宗隆~。久しぶりね。そろそろ来る頃だと思ってたわ」

 相手は、もちろん北大路美希だった。


 その妙に明るく、弾んだ声色から、彼女が「楽しんでいる」気持ちが伝わってきて、蠣崎は逆に癪に障るのだった。向こうに先を越されたみたいで、納得がいかないのだ。


「お前なあ。一体、どういうつもりだ?」

「どういうつもりって?」


「ホワイトカトレアだっけ? 何を考えてる?」

 当然の疑問を、元彼女にぶつけるが、その元カノは、彼の予想をはるかに上回る回答を持っていた。


「だって、悔しいじゃん。本当は私の方が先にPMSC立ち上げるはずだったのにさ」

「それだけかよ!」


 彼女が、同じようにPMSCを立ち上げたいと言っていたのは、聞いていた蠣崎だったが、別れ際に、


―どっちが先に設立するか、勝負よ!―


 と言っていたのを思い出していた。


 彼の予想通り、美希はホワイトカトレアの代表取締役社長に就任していた。1月6日のことで、蠣崎が「カムイガーディアンズ」を立ち上げてから2日後のことだ。


(全く子供かよ)

 負けて悔しいから、腹いせのつもりか。その割には用意周到すぎる。


「どうせお前のことだ。山際組に、俺たちの情報を流したな」

「ピンポーン! 正解!」


「全然嬉しくねえよ!」

「あはははっ」

 電話口で、盛大に笑い声が聞こえるが、蠣崎は頭痛がしてきていた。ダメだ、この女は。調子を狂わされる、と。


 そもそも、立ち上げたばかりで、大した実績もないカムイガーディアンズに、山極組のような、巨大な組織が声をかけるのもおかしいと、蠣崎は感じていたからだ。


「どうせなら、あんたと戦ってみたかったしねえ。それに、こっちには強力な助っ人がいるからねえ」

 その言い回しが、ものすごく気に入らない、と直感した蠣崎が、ここぞとばかりに質問を返す。


「誰だよ?」

「教えなーい」

 全く、小学生のガキか、この女は。


(これで、俺より年上の28歳には思えん)

 昔から、子供っぽいところがあり、それも彼女の「可愛らしさ」のうちだと思っていた蠣崎だったが、いざ別れて「敵」に回ると、厄介な奴だと思い直していた。


「まあ、でも。ヒントをあげるよ。あんたが会ったことある人」

「はあ? 自衛隊関係者か?」


「ヒントはここまででーす」

 ムカツク野郎だ。

 舌打ちしながらも、頭の中の記憶を必死に探る蠣崎。


 だが、

(ダメだ。思いつく奴が多すぎる)

 自衛隊時代の関係者なんて、いくらでもいるし、その中でもいわゆる「喧嘩っ早い」、「血の気が多い」奴なんて、ごまんといる。元々、自衛隊なんてのは、「筋肉フェチ」か「筋トレマニア」の集まりだ。


 戦いたくて、ウズウズしてる、格闘家のなり損ないや、ヤンキー上がりもいるようなところだ。

 そいつらが自衛隊を辞めて、ホワイトカトレアに入っても不思議ではない。

 当てを絞るなんて出来ないのだった。


「楽しみにしてるね~。私たちが、あんたたちを叩き潰してあげる」

 明るい声音のまま、とんでもないことを平然と言ってのけるこの女が、何だかシャンユエと同じようにも思え、蠣崎は、面白くないという気持ちを隠し切れない。

 同時に、この元カノが何を考えているのか、さっぱりわからないのだった。


 ただ、白いカトレアの花言葉通り、「魔力」と「魅惑的」の部分だけは、備えている、ある意味、「魔性の女」だろう、こいつは。蠣崎は改めて思う。


「あのさあ」

「なぁに?」

 この甘えたような、可愛らしい声で、人殺しをするというのだから、たまらない。そう思いながらも、続ける蠣崎。


「俺と殺し合うことになってもいいのか、お前は?」

 かつては、「一応は」愛し合った仲の恋人だったはずだ。なのに、彼女は「殺し合い」をするという。

 2人の愛は複雑すぎた。


「心配しなくても、あんたの命だけは助けてあげるよ。私がこき使ってあげる」

「……」

 言葉が出ない蠣崎だった。


 さすがに、彼女は「元彼氏」の蠣崎の命を取ることだけは、気が進まないらしい。そこにわずかながらも「良心」はあったことに蠣崎は少しだけ安堵する。

 だが、それとは別に、今や「仲間」とも言える「従業員」たちを危険に晒すわけにはいかないし、彼らが殺されて、自分だけ生き残っても意味がないとも思うのだった。


「美希」

「ん?」


「やっぱりこんなこと、やめよう」

 蠣崎としては、悩んだ末にたどり着いた答えの一つがこれだった。「名」を上げたいという気持ちもあるが、彼女とは戦いたくない。そうも思う気持ちで葛藤していた。


「俺たち、もう一度付き合おうぜ。そうしたら、こんなバカげたことしなくても……」

 必死に訴えている最中に、電話口の彼女から、先程とは打って変わって、厳しく、鋭い一言が飛んでいた。


「ダメ! そんなつまらないこと言う、あんたとは付き合えない」

 何を考えているのか、自分のことを本当の気持ちではどう思っているのか。蠣崎には、相変わらず彼女の「考え」が読めないのだった。


 短くなった、タバコの先端を灰皿に押しつけて、もみ消すと、2本目のタバコを口にくわえ、火をつけてから、一度紫煙を吐いて、気持ちを落ち着かせた。


「わかった。マジなんだな?」

「当たり前じゃん。マジもマジ、大マジよ」


「なら、お前は俺に殺されても文句は言えないな」

 彼女は、彼を「助ける」と言った。彼は、彼女を「殺す」と言っていた。正反対の気持ち、行動に対し、彼女は。


「……いいよ。宗隆になら、殺されても本望」

 嘘か誠か、甘えたような低い声で、囁くように呟くのだった。その声だけは、かつて愛し合った時に聞いた、彼女の本物の声に思えるのだったが、それすら信じられない気持ちに陥っていた。


 もっとも、

「まあ、そんな簡単に私は死なないけどね〜」

 あっけらかんと、彼女はケラケラと笑っていたが。


 かくして、かつて愛し合った2人による、「代理戦争」が始まろうとしていた。


 だが、

(ちっともPMSCらしくない仕事だ。やれやれ)

 内心では、蠣崎は、そう思っていたし、ヤクザの代理戦争をするなど、やはり気は進まないのだった。


 それでも、金を貰った以上、彼は「やるしかない」のだった。

 そして、現場で彼は、「信じられない」物を見ることになる。

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