Section3. 同業者

Chapter14. 危険な依頼

 3月に入ってすぐのことだ。


 例によって、蠣崎の「メール」に依頼が来た。

 依頼の文面は、非常に丁寧だった。


「お世話になっております。至急、ご相談したい案件がありますので、よろしければ、一度お会いしてお話を伺いたく存じます」


 その、あまりにも「ビジネス的な」文章には、蠣崎をはじめ、関水も違和感を持ったらしい。


 だが、それよりも一番最後に記載してあった、メールのフッターの部分。つまり、会社で言えば、社名を書く部分に書かれた署名が、「異質」だった。


山極組やまぎわぐみ 若頭わかがしら補佐 丸山龍星りゅうせい


「って、これ思いっきりヤクザじゃないですか?」

 蠣崎のメールは、もちろん他の社員にも共有されているから、それを見た関水が、血相を変えて、蠣崎に訴えるようにして近づいてきた。


 山極組は、全国規模で展開している、極道組織の一つだ。


 だが、社長が座るデスクトップPCが置かれたオフィスデスク前に座っている蠣崎は、事も無げに関水に対する。


「だから何だ?」


「ヤクザの手伝いするんですか? 私たちって、治安維持のための組織じゃ……」

「誰がそんなこと言った?」

 彼女の言葉を遮って、蠣崎は続ける。


 そもそもの、「PMSCの理念」とは何なのか。それを彼女自身に知らしめるために。


「関水。俺たちは、別に『正義のヒーロー』でも何でもないんだ。依頼があって、金さえ貰えれば、どんな組織の味方もする。要は傭兵と変わらないってことだ」

「でも、それにしたって、何でヤクザなんかと……」


 尚も、納得がいっていないように、顔を顰める彼女に、鋭い声を飛ばしたのは、中国人の彼女だった。


「嫌なら、あんたは来なければいい。私は殺せるなら、誰でもいいけどね」

 彼女の言っていることは、嘘ではないだろうし、真実を突いているが、その発言は、人としてどうなんだ、と蠣崎は、彼女の「殺人狂」の部分を、改めて不安にすら思うのだが、シャンユエの言いたいことはわかった。


 時には警察や自衛隊の味方になることもあるだろう。だが、その逆もまたあり得るのだ。


 金で雇われる以上、極道組織だって、立派な「客」になる。

 下手な正義感を持つと、この世界では生きていけない。



 翌日、午後。

 約束の時間に、男は会社にやって来た。


 見た目は、ごく普通のサラリーマンに見える。紺色のスーツにネクタイ、ズボンを履き、下は革靴。黒いフレームの眼鏡をかけ、傍から見ると、銀行員にさえ見える風貌。身長は175㎝くらい。年齢は30代後半くらい。髪の毛をオールバックにした、襟足が長い、少し長髪の男だった。

 例によって、彼も金城の時と同じように、ジュラルミンケースを持っていた。

 だが、蠣崎は敏感に気づいていた。


 この男の筋肉が普通の人間のそれではない、と。明らかに鍛えている、というのは、服の上からでもわかった。


 そして。

「いやあ、すんまへんな。お時間取らせてもろて」

 思いっきり関西弁をしゃべる、しかし気さくな男のように見えた。


 山極組は、元々、関西が本社みたいなものだから、この男も元は関西人で、東京に出向しているのだろう。


 立ち合いは、秘書みたいな立場になっている関水の他に、中国人のシャンユエ、コロンビア人のエスコバー、ネパール人のバンダリ。ロシア人のセルゲイはいつものように席を外していた。


 蠣崎は、密かに「誇示」するかのように、彼らに自分たちの武器を装備させた。もちろん、相手がヤクザだからという警戒心もある。


 しかし、この丸山と名乗る、30代の「若頭補佐」は。


「構いませんよ。それで、我々に頼みたいこととは?」

「お宅ら、最近、出来たPMSCっちゅう組織ですやろ? まあ、俺は横文字は苦手やねんけど。要は『お助け屋』ですやん」


「いえ。別に『お助け屋』ではありませんが」

 真面目な表情で、蠣崎が返すと、男はツボに入ったのか、大笑いし始めた。どうにも調子が狂う相手だと彼は思うのだった。


「いや、すまんすまん。まあ、あんたらの腕を見込んで頼みたいことがありましてな」

 やはり来たか、という話題。この手のカタギではない者が言うことなど決まっている。蠣崎は身構える。


海珠組うみたまぐみ、って知ってはりますか?」

 そら、来た。


 蠣崎が予想通りだと思う回答だった。海珠組は、山極組とは逆に関東に基盤を持つ極道組織として知られている。

 関東中心に展開している。昔は派手にやらかして、警察から目をつけられていたが、最近、鳴りを潜めていたはずだ。


「まあ、名前くらいは」

 蠣崎は、当たり障りのない回答をしたのだが、次の言葉が、彼の予想の斜め上で、度肝を抜かれることになる。


「その海珠組が、最近、PMSCを雇ったらしいんですわ」

「本当ですか? 何ていう名前ですか?」


「確か、ホワイトカトレアとかいう、えらいシャレた名前でしたわ」


 心臓が、跳ねるように高鳴っていた。

 ホワイトカトレア。白いカトレア。カトレアとは、中南米原産のラン科の植物で、「カトレヤ」とも言われる。美しい花を咲かせることでも知られている。カトレアは、花の色によって、花言葉が違うが、白いカトレアの花言葉は「魔力」、「魅惑的」。


 その花言葉を彼に教えた、カトレア好きの女に心当たりがあった。いや、ありすぎた。


―宗隆。白いカトレアの花言葉は、"魔力"、"魅惑的"よ―


 その女の名は、北大路きたおおじ美希みき

 蠣崎の元彼女だった。


 蠣崎と同じく、元・自衛隊員。そして、まるで蠣崎に対抗するように、自衛隊を辞めた後、「私もPMSCを作る」と言っていたのを思い出していた。


 この二人は、不思議と「付き合う」と「別れる」を何度も繰り返していた。同じ相手なのに、くっついたり、離れたりを繰り返しており、蠣崎自身が、彼女のことはよくわかっていないし、本当に好きなのか、嫌いなのかも曖昧な存在。


 だが、付き合いが長い分だけ、お互いのことをよく知っていた。その蠱惑的な笑顔が脳裏に浮かんでいた。


「社長。どうしたんですか?」

 勘の鋭い、関水に心配そうに声をかけられた蠣崎は、やっと回想から我に返っていた。


「ああ。何でもない。それで……」

 断ってから、再度、この丸山という男に向き合う。


「海珠組は、しばらく大人しゅうしとったんですが、最近、そのホワイトカトレアにえらい強い助っ人でも入ったのか、攻勢を強めてきましてな。ウチの組のシマを荒らすさかい、組長が何とかしろ、っちゅうて機嫌が悪いんですわ」

 相変わらず、ひょうきんなおっさんのように、笑顔で言ってのける丸山だったが、ここで思わぬところから声がかかる。


「あの。私たちは、『喧嘩代行人』じゃありません。人殺しの手助けなんて、できません」

 その一言を放ったのは、関水だった。

 正義感が強いのか、それともPMSCを「正義のヒーロー」とでも勘違いしているのか、彼女が敢然とそう言い放ったから、蠣崎は、


「よせ、関水」

 咄嗟に止めに入っていたが、遅かった。


「ああん?」

 途端に、丸山が物凄い形相で、関水を睨みつけ始めたからだ。


「なんや、姉ちゃん。同じことやろ。お宅らは、金払えば、どんな荒事あらごとでもやるんやないんかい?」

「違います!」


「どう違うっちゅうんや! 金なら、ほれ。前金で500万払ったる!」

 大袈裟な態度で、大きな声を上げた、重そうなジュラルミンケースをテーブルの上にボンと置いたため、2人は睨み合いになり、まさに一触即発の雰囲気になる。


 これは、マズい。社長としても、ビジネスとしても、止めようと蠣崎が腰を動かした瞬間。


―ヒュンッ!―


 風を切る音が響いたと思った瞬間、関水が動けなくなっていた。彼女の首元にナイフの切っ先が止まっていた。あと数ミリで首を斬れる距離だ。


「あんたは、黙ってな」

 シャンユエだった。


 ぐうの音も出ない、まさに「蛇に睨まれた蛙」状態の、関水をそのままの状態にして、彼女は、


「丸山さん。気前がいいですね~。喜んでお引き受けします~」

 社長の蠣崎に断りも入れずに、いつものように、細目をさらに細めて、笑顔のまま勝手に承諾していた。


(まあ、いいか)

 蠣崎としては、勝手に決められたことは不服だったが、元々承諾するつもりだったから、特に彼女を咎めることはしなかった。


「ほな、具体的な話をさせてもろてもええですか?」

「はい」


 関水の首元に突きつけられたナイフを仕舞い、シャンユエが喜び勇んで、聞き耳を立て始めた。こいつは、生粋の「戦闘狂」だろう。

 恐らく自分が「死地」にいることで、「生きている」ことを実感する類の人間だ、と蠣崎は改めて認識しつつ、依頼人の話を聞く。


 丸山によると、近々、山極組は、海珠組の縄張りに奇襲をかける計画らしい。そこは、元々、山極組の縄張りだったが、最近、海珠組に取られたらしい。


 その「奇襲」に付き合ってもらう。相手側には、常に「ホワイトカトレア」の護衛がついているため、必然的に彼らとの戦闘になる。


 要は、「ヤクザ同士の抗争」に巻き込まれたわけだった。


 もちろん、蠣崎は仕事を「請ける」が、関水のように正義感丸出しではないにしても、彼も正直、「気乗りはしない」依頼だった。


 PMSCとは、「武器」を使える「何でも屋」ではない。

 人を傷つけるにしても、それなりの「流儀」や「プライド」や「価値観」がある。


 だが、まずは「名」を広めないことには、仕方がないし、先立つ「金」がないのも事実だった。


 尚も、納得がいかない表情を浮かべている関水以外は、全員、この依頼を引き受けることに否定の気持ちはない、という。


「ほな。3日後の夜に。よろしゅう」

 そう言って、丸山はジュラルミンケースを置いて、あっさりと帰って行ったが、帰り際、振り向いて、


「なんやええチャカ持っとるやないですか。期待してまっせ」

 笑顔のまま、そう言い残したのが不気味に思えた。彼の視線の先には、もちろん武器を構えた従業員の姿があった。


 その後、シャンユエが関水に思うところがあったのか、また二人の言い争いが始まっていたが、それを横目に、蠣崎はエレベーターに乗って、屋上に向かった。


 聞きたいことがある、という顔を浮かべて。

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