Chapter13. グルカ兵

 2月下旬。


 あの現金輸送車襲撃依頼、仕事は舞い込んで来なかったが。


 引き続き、ネット上に求人広告を出していた、蠣崎のカムイガーディアンズの元に、またもメールが届く。


 しかも今回は、「有力」だと思わせる節があった。


「サンカル・バンダリ。ネパール人だな」

 届いたメールをプリンターに印刷した蠣崎は、社員を集めて、それを見せていた。意見を聞こうという意図だ。


 真っ先に反応したのは、元・人民解放軍の少尉だった、李香月だ。


「ネパール人ということは、グルカ兵じゃないですか? 使えそうですね」

 明るい声で、細い目を見せて微笑む彼女。


 グルカ兵のことは、蠣崎も知識として、知っていた。

 ネパールの山岳民族から構成される、傭兵集団で、ネパールが元々、イギリスを支援していた時代から、積極的にイギリス軍やインド軍に採用されてきた歴史がある。


 非常に勇敢な兵士として知られ、山岳戦や白兵戦に長けた、戦闘集団であると考えられているが、実際にはグルカ族という民族は存在せず、マガール族、グルン族、ライ族、リンブー族などの複数のネパール山岳民族から構成されている。


 イギリスとの関係が深く、イギリス陸軍にはグルカ兵からなるグルカ旅団があり、第二次世界大戦期には11万2000人もいたらしい。


 現在においてもイギリスからの信頼は非常に厚く、2004年には、イギリスのブレア首相によって、イギリス軍で勤務したグルカ兵は、完全なイギリスの市民権を付与されるようになった。


 グルカ兵は山岳民族特有の小柄な体格(150cm前後)の持ち主が多いという。性格は勇猛かつ敏捷であることを求められる。体力差については、イギリス本土の白人兵士との徒競走において、平地では大柄な白人兵が優位であったが、傾斜地でのそれでは白人兵はグルカ兵に全く歯が立たなかったとされる。


 ちなみに、グルカ兵になるのは「狭き門」で、小学生時代から、格闘技や英語を収めるための専門学校もネパール国内に存在する。採用は、徴兵制でも志願制でもなく、イギリス軍のスカウトが、現地を回ってスカウトするという。


 ネパールの給料は、日本に比べてかなり低いため、蠣崎が提示している金額でも、彼らには十分な報酬になる。


 他のメンバーからも反対意見がなかったため、早速面接の機会を設けることになった。


 例によって、日本語が話せないようなので、通訳は関水に頼んで、臨んだ。


 しかし。


(マジで小さいな)

 前回の巨漢爆弾魔の、エスコバーとはまるで真逆だった。


 身長が156㎝しかない。下手をしたら、日本人の女子高生より小さい。

 だが、冬のこの時期にも関わらず、彼は半袖のワイシャツを着てきており、その袖から覗く腕が、筋肉質であり、引き締まった細身の男だった。


 眼光鋭く、まるで俊敏な豹か猛禽類を連想させるような、小柄だが、浅黒い肌を持つ短髪の男。


 それが「彼」だった。


「特技は?」

 例によって、その質問を投げかけると。


 彼は、今までの従業員とは、全然異なる回答を発してきた。


「銃は一通り何でも得意です。ナイフも使えますし、木登りや水泳も得意です。観測手も出来ます」

 オールマイティーな才能を誇示してきた。噂に違わない、高スペックな持ち主であり、グルカ兵であるというのも、本当だった。正確には「元・グルカ兵」だったが。


 日本人は、奥ゆかしいというか、遠慮がちだから、自分のことを「アピール」するのが苦手だが、外国人はそういう遠慮がない。


 わかりやすかった。


 だが、一応、射撃の腕だけでも確認しようと思い、蠣崎は彼を地下室へと誘った。

 関水、シャンユエ、エスコバーもついて来たが、いつものようにセルゲイだけはどこ吹く風で、一人筋トレをしていた。


 地下室で見た、彼の銃は。


 FNブローニング ハイパワー。

 ベルギーのFNハースタル社製の自動拳銃だ。


 アメリカの銃器設計者であるジョン・M・ブローニングが1926年に死去する前に、次期制式拳銃を求めたフランス軍の要求を受けて、FN社より依頼を受け、設計した最後の作品でもある。


 ブローニングの他界後、FN社のデュードネ・ヨセフ・サイーブ(FN FALの設計者)が、1934年に完成したと言われている。


 量産された実用拳銃として初めて複列弾倉(シングルフィード・ダブルカラムマガジン)を採用した拳銃で、当時このようなマガジンは軽機関銃・短機関銃・拳銃では、トリガー前に弾倉を持つモーゼルC96以外にはほとんどなく、その装弾数の多さから「ハイパワー(高火力)」と名づけられた。


 設計は非常にシンプルで部品点数も少なく合理的な設計であり、カム溝を用いた改良ブローニング式のショートリコイル機構は、以降に製品化された多くの自動拳銃で模倣されている。


 また、高い信頼性と実用性から世界50か国以上の軍隊・警察で制式採用され、ドイツ軍用であった9x19mmパラベラム弾が世界の軍用拳銃の標準的な弾種となる一因となった。


 口径は9mm、全長は200mm、重量は810g。装弾数は標準で13発。


 また、彼は、これ以外にもアサルトライフルの扱いにも慣れているという話だった。


「では、撃ちます」

 英語で答えた後、蠣崎が彼にヘッドフォンを手渡し、3列あるうちの、真ん中のレーンの的をスイッチで動かす。


 最初から、高難易度の、移動する的を条件に与えた。


 だが、


―ガン! ガン! ガン!―

 寸分の迷いもなく、また一瞬に近いくらいの、わずか数秒で彼は、FNブローニング ハイパワーから銃弾を発射。


 3発撃って、全弾が、ほぼ中央に命中していた。


「おおっ!」

 思わず、蠣崎が歓声を上げるくらいに、優秀な兵士だった。


「申し分ない。採用だ」

 あっさりと採用が決まっており、後は歓迎を兼ねての歓談となった。


 事務所に戻って、具体的な話を聞くと。


 サンカル・バンダリは、年齢が30歳。ネパールには、最近結婚したばかりの妻がいるという。

 エスコバーに続く妻子持ちだが、こちらは別れてはいないから、正真正銘の「妻子持ち」だ。カムイガーディアンズでは、初の「妻子持ち」の加入だった。


 日本に来た理由は、グルカ兵を辞めて、もちろん「働き場所」を求めてというのもあったが、実は彼は元々、日本の鉄道が好きな「鉄道マニア」だという。


 地元のネパールでは、ほとんど見かけないが、タイの国鉄には、よく日本から払い下げられた、昔の日本の鉄道車両が使われていることがある。


 タイに行った時に、それを見たバンダリは、その技術の高さや美しい形状に魅了されたという。


 以来、日本に来ることに一種の憧れを持っていたという。ちなみに、日本語能力検定を受けたこともあるが、まだ勉強途中とのことだった。


「つまり、日本語しゃべれるのか?」

 てっきり日本語は全然話せないと思っていたし、そもそもメールも英語だったから、蠣崎は拍子抜けしていたが。


 日焼けしたような浅黒い肌色の彼は、人懐こい笑顔を向けて、


「す、少しですね。まだ、勉強中です」

 そう言っていた。


 だが、エスコバーとは逆の意味で、一見すると「兵士」には見えないながらも、その能力の高さと、俊敏な動きは十分役に立ちそうだ、と蠣崎は安堵する。


 こうして、ついに5人目の部下が仲間になる。


(ようやく戦力として、整ってきた)

 社長の蠣崎が思い描く「少数精鋭」が形となり始めた。つまり、これからが、「真の戦い」だ。


 内心、そう思っていた、蠣崎の元に、またも「意外すぎる」依頼が舞い込んできたのは、それから数日後のことだった。

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