Chapter12. 巨漢の爆弾魔

 一旦は、情報がないため、社に戻った後、愛車のエルグランドを修理に出すことにした蠣崎。


 同時に、もちろん求人広告をネット上に流していた。


 そして、「意外な」4人目の助っ人が、面接に来る。


 相手は、外国人だった。メールに英語が書かれてあり、蠣崎はネットの翻訳サイトで必死に翻訳をしていた。


「名前は、エルネスト・エスコバー。ラテンアメリカ系か」

 メールの文面を見ながら、呟く蠣崎の背後から、コーヒーの入ったコップが置かれた。

 振り向くと、関水が香水の匂いを漂わせながら、立って、画面を覗き込んでいた。


「社長。仮にも国際的なPMSCを目指すなら、英語くらい出来た方がいいですよ」

 その物言いが、何とも癪に障ると思って、面白くないと感じていた蠣崎が、面倒そうに、彼女の言葉に応じる。


「いいんだよ。今の時代、いざとなれば、翻訳サイトだって、アプリだってある」

 まるで、英語の勉強をしようとしない彼に、関水は呆れたように、深い溜め息を突いた。


「いいですか? 世界中にたくさんあるPMSCの大半が、金銭面で有利になる『発展途上国』の兵士を雇ってるんです。英語は必須ですよ」

 何だか、説教モードに入った、教師のようにも見えてきて、蠣崎は面倒そうに、


「わかった、わかった」

 と言って、彼女を追い払うように遠ざけていた。



 面接は、英語による文面を送信し、2日後に、社で行うことになった。

 当然、相手は日本語を話せない可能性がある。

 だが、蠣崎としては、一応「当て」はあったから、それほど心配はしていなかった。


 だが、事実として、関水が言ったように、世界中、特に欧米を中心に複数存在しているPMSCにおいて、先進国レベルの給料を支払って、欧米人を雇うのは難しいと言われている。

 その結果として、欧米に本社があるPMSCであっても、その構成員の半分以上が、発展途上国出身者で固められている。


 先進国では安くても、発展途上国の人間にとっては、法外な給料になるからだ。


 そして、この会社も関水を除けば、この傾向になりつつあった。


 ロシア人のセルゲイ。元々、ロシアはそれほど裕福な国ではないが、2022年から始まったウクライナ侵攻により、ただでさえ貧しいロシアがさらに貧しくなった。

 つまり、ロシア人の彼にとっては、この会社の給金ですら、魅力的なのかもしれない。


 中国人のリー香月シャンユエ。中国は、かつて21世紀初頭には、アメリカに次ぐ、世界第二の経済大国に発展した。だが、その後に不動産バブルが崩壊し、国全体として、貧しくなっていた。

 さらに、ただでさえ広い国である。中国でも地方出身者にとっては、日本の会社の給料でも魅力的に映るはずだ。


 男がやって来た。


 面接には、関水とシャンユエを同席させる。セルゲイは、例によって他人に興味を示さず、いつものように地下で射撃訓練と、筋トレをしていた。


 関水は多少英語が話せると聞いていたし、シャンユエもまた、軍の仕事上、英語を話すこともあったと蠣崎は聞いていた。


 やって来たのは、大柄な男だった。

 かなりデカい。ロシア人のセルゲイも元々、大柄だが、さらに彼は縦にも横にもデカかった。


 身長が2メートル近く。体重も100キロはありそうだ。

 筋肉質というより、脂肪の塊のような体格で、動きが鈍そうだ。というより、出っ張った腹部といい、皺の多い顔立ちといい、とても「軍人」には見えない。

 しかも、一見すると、眼鏡をかけた、人の良さそうな「中年」男性にしか見えない。

 それこそ、休日の公園で、子供と遊んでいそうなイメージを抱かせるくらい、「平和」の香りがする男だ。


(兵士として、これはどうなんだ?)

 真っ先に、蠣崎の懸念がそこを理由に走るが。


 ひとまず、面接を開始することにした。

「ハジメマシテ。エスコバーデス」

 一応、挨拶くらいは、日本語で出来るらしいが、それ以外はほぼ英語だった。


 仕方がないので、通訳を関水に頼むことにした。

 彼女は、溜め息を突きながらも、応じてくれたのだった。


「出身地は?」

 それくらいの英語なら、蠣崎でも話せるから、まずは聞いてみた。


Colombiaコロンビア

 男が、スペイン語訛りの発音で、そう告げた。

 

 ラテンアメリカ系だとは思っていたが、まさかコロンビアだとは思っていなかった、蠣崎は面食らっていた。

 何しろ、かの国は、内戦やゲリラが多発し、世界的に「治安が悪い」ことで知られている。もっとも、それ故に、この手の仕事には向くかもしれないが、いかんせんこの体格だけは、納得がいかないのだった。


「特技は?」

 聞いてみると、彼の口からは、驚くべき発言が漏れた。


Bombボム

 と言ったのである。


(爆弾か)

 もちろん、それくらいの英語は理解している蠣崎だが、通訳の関水を介して、突っ込んで聞いてみると、さらに驚愕すべき事実がわかるのだった。


 エスコバーと名乗る彼は、年齢が41歳。コロンビアの元・反政府ゲリラの兵士で、コロンビア人の妻と息子がいるが、別れたという。

 特技は、本人の言葉通り「爆弾」で、爆弾の解体はもちろん、簡易的な製造から設置まで幅広い知識を持っているという。


「何故、日本に?」

 これが一番の疑問とも言えるが、改めて聞くと、彼は柔和な笑みを浮かべた。


「日本のアニメが好きだからです」

 クールジャパンと言われ、世界中で愛好者がいるという、日本のアニメ。女の子がたくさん出てくる、ロリコン系アニメが多いと思われがちだが、本格的な戦闘シーンを描いたような、「バトルアニメ」も作られている。


 彼は、そのうちの一つ、「ミリタリーアニメ」を見て、興味を持ち、来日したという。


「どう思う?」

 相手が日本語を理解していないことを、いいことに、蠣崎は、隣にいる関水に尋ねる。


「怪しいですね。大体、こんな図体で、まともに戦えるんですか?」

 関水も恐らく同じような感想を抱いたようで、小声で、この図体と戦うことを天秤にかけて、疑問を呈していた。


 だが、

「これだから、日本人は甘ちゃんね」

 吐き捨てるように告げたのは、関水とは反対側の、蠣崎の左隣に座っていた、中国人のシャンユエだった。


「何だ、シャンユエ?」

 目を向けると、いつものように細い目を向けて、彼女は続けた。


 最初こそ蠣崎を「殺す」と息巻いていた彼女だが、最近は何故か大人しいし、あまり蠣崎を「襲って」来なくなったから、それが返って気味が悪い、と彼は感じていたのだが。


「姿、形だけで人を判断するな、ってことですよ。私が見たところ、彼は『恐ろしい才能』を持つ兵士ですよ」


「そうかぁ?」

 さすがに、シャンユエの言葉にすら疑問を抱き、彼を再度見る蠣崎だったが、見たところ、本当に人の良さそうなおじさんにしか見えないのだ。


「そんなに疑うのでしたら、彼に爆弾解体をやらせるか、試しにどこかで爆弾を爆発させてみればどうです?」

 そう提案してくるが、さすがにそれは「現実的」ではなさすぎる。


 いくら治安が悪化したとはいえ、そうホイホイと街中に爆弾が散らばっているわけではないし、練習と称して、爆弾を爆発させてくれる場所などどこにもない。


 再度、彼のことを観察する蠣崎。


 だが、何度見ても、やはりただの「人の良いおじさん」にしか見えないのだった。


(まあ、いいか。いずれこいつの実力はわかるだろうし、ダメならクビにすればいい)

 本人には言えないものの、蠣崎は、そう判断を下していた。


「じゃあ、採用で」

 あっさり決断する社長の蠣崎の言葉に、関水は、


「社長。適当すぎです」

 と、さすがに不服そうだったが、最後に彼と英語で言葉を交わした関水が、一つだけ面白いことを言っていた。


「爆弾以外にも、コンピューターも得意だそうですよ。ハッカーって奴ですね。そっちなら、色々とテストできるんじゃないですか?」

 嬉々として、そう告げてくるが、そもそもテストと称して、意図的にコンピュータに細工をしたり、他人のデータを盗んだり、なんてことをしたら、それはそれで「犯罪」になる。


 こうして、4人目。巨漢の爆弾魔兼ハッカーという「噂」のコロンビア人、エルネスト・エスコバーが加入する。


 ちなみに、一応、銃器は扱えるようで、コルトM733を持っているようだ。コルト・コマンドーとも言われる、アサルトカービン銃で、5.56mmの口径を持ち、有効射程は350m程度。装弾数は20発、あるいは30発だが、この大柄な体格に見合うだけの性能を持つ武器だ。


 もっとも、そんな物騒な物をどうやって、日本に運び入れたのかは、謎だったが。

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