Chapter7. 我爱你(ウォーアイニー)

 セルゲイが加わったことで、戦力は補強されたが。

 そのすぐ後に、メールで「応募」してきた、奴が「まとも」ではなかった。


 またも綺麗な日本語で、

「是非、あなたの会社に入社させて下さい」

 と面接を希望してきたのは、女性だった。


 名前は、

―李香月―


 中国人だった。もっとも、中国語には堪能ではない、蠣崎にはそれが何と読むのかわからなかったが。


リー香月シャンユエ。何だか嫌な予感がします」

 そのメールは、関水の持つPCにも飛ぶようにしているが、それを呼んだ彼女が、そう呟いたのが、蠣崎には不気味に思えた。彼女は、中国語まで話せるのか、と。



 面接日時は、翌日の午前10時。

 時間より5分前に彼女はやって来た。ちなみに、セルゲイはこの日、朝から「狙撃の練習がしたい」と申し出て、地下の射撃場に行っていた。


 彼は、そもそも他人に興味を示さないところがある。


 やって来たのが、関水に勝るとも劣らないほどに「綺麗な」若い女性だったのが、さらに蠣崎の不安に拍車をかける。


 身長は160㎝ほど。艶のある黒髪ロング。切れ長の細い目が特徴的な北東アジア人風の顔立ち。手足が長く、とてもスタイルがいい。服装は、一般的なOLが着るようなスーツではなく、カジュアルなスーツに、膝下くらいのスカート、黒タイツを履いていた。


「はじめまして。李香月です」

 物腰が柔らかく、適度に笑顔を見せる上に、相手の目を見て、きちんと正確な日本語を話せる。


 そう。第一印象としては、彼女は「抜群に良かった」のだ。

 だが、蠣崎は早くも違和感を感じる。


 何というか、「出来すぎる」からだ。

 欠点がない。中国人らしくないほど、流暢な日本語もそうだが、まるで人形のように「作った」笑顔がかえって不気味に思えた。


 だが、面接は始めなければならない。セルゲイの時と同じように、隣に関水を座らせる。


「はじめまして。社長の蠣崎だ。履歴書は見たが。元・人民解放軍だそうだけど、この『飛竜』というのは?」

 手元に届いた、メールの履歴書。


 その中身には、彼女は元・「中華人民共和国・人民解放軍少尉」とあったが、履歴には「飛竜」に所属していたと書いてあったからだ。


「特殊部隊です」

「人民解放軍の?」


「はい」

 ニコニコと笑顔で答える彼女が、一見すると可愛らしいが、年齢が24歳というこの経歴すら怪しい辺りが、蠣崎には、関水と同じ匂いを感じていた。


「日本語はどこで? 随分上手いけど」

「もちろん軍で。と言いたいところですけど、実は私、日本史に興味がありまして」

 李と名乗る女性は、明るい笑顔で、淀みない日本語を続ける。


「ほう」

「中国は、それこそ4000年の歴史がありますが。つまるところ、王朝が出来ては腐敗し、民衆がそれを倒し、また新たな王朝が出来る。その繰り返しなんです」


「日本は違うのか?」

「違いますね。革命と言えるものは、もちろん、明治維新などありますが。その時々で代わる政権。天皇を中心とした政治体制。なかなか興味深いです」

 それは、興味がない人間が言うセリフではないように思えた。


 それほど、彼女は、日本史自体を「調べて」いる。それが趣味なのか、軍の依頼なのか、それはわからなかったが。


「で。本題だが」

 一旦、区切って彼女に質問をすることになった。


「はい」

「君の特技は?」


 セルゲイの時と同じ質問を彼女にもする。もちろん、ここが何をする場所か、わかった上で、彼女はここに来ているはずだ。


「ナイフです」

 意外な答えだった。


 通常、この手の職業に必要とされるのは、銃器の扱い。それもそのスペシャリストが求められる。

 人を殺すのに、現代戦ではもっとも的確で、簡単で、速いのが「銃」だからだ。


 ところが、彼女は原始的なナイフを使うという。


 その理由を聞いてみると、

「社長さん。近接戦闘において、もっとも有効なのは、どんな武器かわかりますか?」

 細い目をさらに細めて、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


「CQCの話か。自衛隊でもやったが、近接戦闘では、銃より刃物の方が役に立つことがある」

 Close-quarters Combat、近接戦闘と訳されるが、自衛隊では「Close-quarters Battle=CQB)」とも言っている。

 要は、銃器が使えないような状況でも徒手空拳で相手を制圧するのが、本来の目的だ。

 相手との距離が、10m程度なら銃の方が有利になるが、それより近い距離だと、射撃が不利になり、返って原始的な武器の方が有利になるのだ。

 自衛隊でも警察でも、この手の近接戦闘術の指導をしている。


「そうです。ナイフはいいですよ。音もなく、相手を確実に仕留められます」

 その物言いが、すでに「戦闘」というより「殺し」を楽しんでいる、殺人狂にしか思えないほど、彼女の笑顔が「歪んで」見えた。


「君の使うナイフは?」

 蠣崎が問うた瞬間、彼女が懐から素早くナイフを取り出したので、隣にいた関水が反射的に身構えていた。


 そのナイフは、6kh3。元々は、ロシア系のアサルトライフルとして知られるAKに、銃剣としてつけることで知られているステンレススチールのナイフで、元々は、ロシアの兵器メーカー、イジェフスク造兵廠が製造したものだ。


 多機能銃剣の走りとも言えるモデルで、バックソーや鞘と組み合わせて使用するワイヤーカッターを持つ。オレンジ色のベークライト製グリップを持ち、鞘は鉄製でゴムのグリップが巻かれている。刃渡りは146㎝。


「ロシア製か?」

「はい。6kh3。このナイフは、多くの人間の血を吸ってきました」

 眺めながら、まるで愛しい恋人を見るように、鋭利な刃物の先端を見つめるこの女が、まともではないように思える。


 だが、セルゲイの時のように、いきなり「実戦テスト」はこいつでは出来ない。そう思っていると、不意に、


「私。社長さんのこと、気に入りました。是非是非、お願いします~」

 いきなり品を作ったように、可愛らしく、おねだりするように、彼女は発言してきた。


 それを、嫌な物でも見るかのように、睨みつける関水が怖い。

 そう思いながらも、蠣崎の中では、もう答えは決まっていた。


「いいだろう。軍歴も申し分ないし、よろしく頼む」

 あっさりとそう言った蠣崎の言動が気に入らなかったのか、関水は若干不服そうに蠣崎を見つめてきた。


 しかし、

「ありがとうございます~。社長さん、優しいし、イケメンだし、私、好きになっちゃいそうです」

 まるで、どこかの飲み屋の風俗嬢のように、急に品を作って、女らしさを強調する李。


「そいつは光栄だ」

 蠣崎は、微笑みながらも、受け流していたが。


「じゃあ、好きになってもいいですか?」

「えっ?」


 その瞬間。

 銀色に煌いた閃光が、眼前に翻り、蠣崎の目の前で、金属同士がぶつかり合う、物凄い衝撃音が響いていた。と、同時に室内で風もないのに、風が横から吹いていた。


 一瞬、何が起きたのか、彼には全くわからなかったが。

 すぐにわかった。


 李香月がナイフの柄を握り、高速で繰り出して、蠣崎の首を狙い、その直前で、動いた関水が自ら持った銃、ベレッタの銃身でナイフを受け止めていた。

 中国人の細目の彼女は、ただでさえ細い目を、糸のように細めて、不敵な笑みを口元に浮かべたまま、つまり笑ったままナイフを振るっていた。


「いきなり何すんだ?」

 訳がわからず、さすがに蠣崎は戸惑うが。


 細い目を向けがらも、李香月は、仮面をかぶった作り笑いのような顔のまま、

「私。好きになった相手は、殺したくなるんですよ」

 一体、どういう性癖の持ち主だ。さすがに蠣崎は、引く。というより、「仮面」をかぶったような彼女の表情が、昔、京劇で見た、中国人女優がかぶっていた仮面にそっくりだと思っていた。命を狙われた割には、冷静に判断していた。


 ところが、むしろこれに過剰な反応を示したのは関水だった。

「社長。これは暗殺未遂ですよ。何を悠長に構えてるんですか?」

 本来なら、彼女の言うことが正しい。


 だが、蠣崎の考えは、少し違っていた。そもそも暗殺なら、こんな回りくどいやり方はしないだろうし、この中国人には、それとは違った雰囲気を感じていた。


「暗殺じゃないですよ〜」

 コロコロと楽しそうに笑いながらも、言葉とは真逆に、決してナイフを握る力を緩めず、今にも蠣崎に襲いかかる勢いの李を、関水が何とか食い止めていた。


 蠣崎は、命を狙われていながら、至って冷静に、彼女に質問を投げる。


「何で、こんなことするんだよ?」

 ナイフを掲げたままの李との対話が続く。奇妙な状況での会話だ。


「だって、殺せば、その相手は、『永遠に私の物』になるんですよ~。最高じゃないですかぁ」

 こいつは、心底イカれている。


「李少尉。まさか人民解放軍を辞めた理由って?」

「そうですよ〜。交際相手をナイフで殺しました〜」

 蠣崎の予測に、彼女は実に楽しそうに笑いながら答えていた。


 人民解放軍で、好きになった同僚をこっそり刺殺し、それがバレたから除隊になったのだろう。


 一見すると、明るくて、社交的な綺麗な女性に見える、李香月。彼女は、「好きになった相手を刺殺」する殺人鬼だったのだ。


 しかも、

「李少尉だなんて他人行儀ですね。香月シャンユエでいいですよ〜」

 艶かしいほど、媚びたような、猫撫で声を上げていた。


 蠣崎は、溜め息を突いていた。

「やれやれ。とんだヤンデレ女だな」

 だが、そう呟きながらも、実は彼は、全く別の感想を持っていた。


(面白い)

 と。


 そもそもが、この世界自体が「イカれて」いるのだ。まともな神経の奴が、この世界に入っても、「壊れる」だけだ。

 それなら、社長として、あえて「虎」を飼って、飼い慣らすのもいいだろう、と。


「いいだろう。李香月。君を正式に雇うよ」

「本気ですか、社長? どうかしてますよ。自分を殺そうって相手を雇ってどうするんですか?」

 関水が、喚くように言ってくるが、まあ普通はその通りだろう。


 蠣崎は、溜め息を突きながらも、彼女を諭すように続けた。

「性格はともかく、戦闘力は相当高い。優秀な兵士だ。それに、いざとなったら、君が守ってくれるだろう?」

 銃を掲げたまま、未だに李のナイフを抑えている関水が、呆れて、


「そりゃ守りますけど。大体、社長が死んだら、誰が私の給料払うんですか?」

 さすがに、彼女もまた困惑しているようだったが。


「ありがとうございます~。じゃあ、いつ社長を殺してもいいですね?」

 李は、相変わらず笑いながらナイフをぐいぐい押してくる。


 事がここに至って、仕方がないので、社長の蠣崎は、決意を下す。

「俺の命を狙ってもいいが、やるのは、勤務中だけにしろ。プライベートで狙ったら、問答無用でお前をクビにするからな」

 つまり、業務中なら、この関水が守ってくれるだろう。あるいは、自分でも自分の身を守ることは出来る可能性がある。


 だが、さすがにプライベートで四六時中、関水に張り付いてもらうわけにはいかないし、風呂やトイレで狙われてはたまらない。


 元々、達観しており、己の命にすら、「執着」がない蠣崎は、任務中に「死んだ」としても悔いはなかった。

 それに、こんな綺麗な女性に殺されるのなら、それも本望だと割り切ったのだ。


「わかりました~」

 そう言って、ようやく彼女はナイフを引いた。


 本当にわかっているのか、それともこれは彼女なりの「挨拶」だったのか。それすらわからないものの。


「社長。絶対、後悔しますよ」

 関水は、銃を懐に戻しながら、李を、続いて蠣崎をも睨みつけていた。


「うるさい女ね。邪魔をするなら、お前も殺す」

 李は、獲物を狙う蛇のように、関水を睨みつけていた。


「やれやれ。仲良くしろよ」

 言いながら、右手を上げて、蠣崎は、


「タバコ吸いに行ってくる」

 そのまま屋上に向かって行くのだった。


「ちょっと、社長。護衛しますから、勝手に行かないで下さい」

「じゃあ、私も~」

 慌てて後をついて来る関水と、蠣崎の後を追うように、動く李。


 女2人と男1人は、エレベーターに向かうのだった。

 こうして、嘘か本当か「社長の命を狙う」李香月が、入社することになった。


 いよいよ、PMSCが本格的に動きそうな気配はあったが、まだ「嵐の前の静けさ」を保っていた。

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