Chapter6. 沈黙の戦士

 こうして、彼らPMSCにとって、記念すべき「最初の」仕事が終わったが。


 蠣崎は、呑気に関水と「打ち上げ」にでも行く気にはなれなかった。事件は最悪の結末を持って終わったからだ。


 しかも、その真相がわからないまま。腐敗した警察組織が、真犯人までたどり着けるとは、蠣崎は思っていない。


 2月中旬。


 ようやく彼の事務所に「まともな」兵士がやって来ることになる。


 求人は、メールで受け付けているが、そこに綺麗ながらも、実に簡潔な日本語で、


―面接を希望します―


 とだけ書いてきた男がいた。


 名前は、セルゲイ。明らかに、ロシア系の名前だった。

 面接の日時を指定し、早速、翌日に事務所に来てもらうことにした。


 当日は、関水にも立ち会ってもらうことにした。

 前回の「依頼人」と時とは違い、関水にも同席してもらい、隣に座ってもらうことにした。


 男は、時間通りにやって来た。

 文字通りの「時間通り」で、日本人のように5~10分前行動ではないが、ロシアでは、時間にぴったり来るより、15分くらい遅れるのが普通と聞いている割には、正確な男だった。


 まず見た目からして、威圧感があった。

 デカい。

 身長が、190センチ近くもある大柄な男で、筋肉質。ブロンドの短い髪を持ち、肩には楽器ケースのような物をかけていた。鋭い眼光を持ち、彫が深い、西洋人らしい顔立ち。年齢は若く、20代だろうと思われた。


 早速、ソファーに座らせる。

「日本語は大丈夫か?」


 最初に一応、聞いておくも、

「大丈夫です」

 との回答。


 一通りのやり取りは、できそうだが、言葉数が少ない男だった。

「えーと。名前は、セルゲイ・ド、ドラゴ……」


「ドラゴミーロフです」

 淀みのないロシア語が返ってきた。


「ああ。ドラゴミーロフね。で、セルゲイ。君の特技はあるか?」

 面接はもう始まっており、蠣崎は、隣に関水を座らせていた。「特技」とはもちろん、「戦闘」に関しての質問だ。


 テーブルの反対側に、大柄なセルゲイが窮屈そうに座っている。

「Snipingです」


 相変わらず、返答が単語一つで、完結する男だった。元々、無口なのか、それとも日本語に自信がないから、しゃべらないのか、はわからなかったが。

「狙撃か」


「はい」

 社長の蠣崎にとっては、これは「渡りに船」だった。


 危険が伴う、PMSCの任務。狙撃手は最低1人は欲しかったからだ。

 恐らく、その楽器ケースに武器を仕込んでいるのだろう。


「距離は。どのくらいから撃てる?」

 一応、これも聞いておきたい情報だったが。


「1キロは行けます」

 まったく躊躇せずに、セルゲイが回答する。


 1キロスナイパー。俗にそう言うが、スナイピング技術では、遠くを狙えれば狙えるほど有利に働く。

 通常、500~600メートルあれば十分と言われる世界だ。


(この男が言っているのが、はったりかどうか確認する必要がある)

 当然、そう思った蠣崎は、面接はこれまでにして、テストを課することにした。


 男をビルの屋上に連れていき、関水も同席させる。


 この古いビルの屋上は、自由に出入りすることが出来るようになっており、エアコンの室外機が置かれてあり、喫煙者が喫煙する灰皿が置かれてあった。ビルの高さは5階建て。高さは約20メートルほど。


 そこに、簡易的な「的」を作った。

 的の高さは、1メートル50センチほど。棒の上に木の板を置いた、簡素なものだ。


 同時に、このビルから渋谷駅までの距離が約1キロ。


「セルゲイ。あそこのビルから、この的を狙撃できるか?」

 彼が指さしたはるか先には、渋谷駅前にあり、このビルの高さと同じくらいの高さのビルがあった。


 そこの屋上から狙撃させる。さすがに実弾は色々問題あるため、一応、ペイント弾を使うようにと指示した。


даダー。問題ありません」

 相変わらず、最低限の答えしかしないセルゲイだが、目は自信に満ちているように見えた。


 その前に、

「銃は何を使う?」

 一応、確認のために、聞いてみると。


 セルゲイは、持ってきた大きな楽器ケースを肩から降ろして、中身を開いた。


 口径7.62mm、銃身長は650mm、全長は1270mm、重量は6.2キロ。かなり重い銃だ。


「SVDか?」

 狙撃銃には、それほど詳しくはない蠣崎の頭に最初に浮かんだのが、ロシア製の狙撃銃、「SVD=Snayperskaya vintovka Dragunova」。ドラグノフ狙撃銃と呼ばれる

セミオートの銃だった。


 だが、男は小さく首を振る。

「SV-98、Snaiperskaya Vintovka Model 1998です」


 セルゲイに言わせると、SVDは、セミオートで、620mmという長い銃身長を持つが、それ故に、肉薄する銃身は発砲時の銃身の振動を低減しにくく、その長い銃身長は振動による銃口のズレを増幅させ、弾道を僅かに逸らすという。有効射程は約800m。

 つまり、元々、狙撃には向かない。


 それを改良したのが、このSV-98だという。ドラグノフ狙撃銃は、戦線でAK-47の精度を補うために小隊ごとの中距離狙撃を前提として設計されていたため、AK-47を参考にした精度向上には向かない半自動式装填であり、標準で二脚を有しないなど、構造上命中精度の向上が望めなかった。


 1998年より、イズマッシュ社が開発した、ボルトアクション式の狙撃銃。それがこのSV-98。有効射程は1000m。


 セルゲイは、一通りの簡易的な説明をすると、すぐに、

「では、向かいます」

 とだけ言い残して、さっさと銃を持って、屋上を立ち去ってしまった。蠣崎は準備が出来たら、狙撃前に一報を入れるように、と携帯電話の番号を教えた。


 残された二人は、言葉を交わす。

「どう思う?」

 蠣崎が、久しぶりに屋上に来て、暇を持て余しつつ、懐から紙巻きタバコを取り出して、口にくわえ、火をつけた。


「あの身のこなし。出来ますね」

 それだけを口にし、関水は感慨深そうに頷いて、思い出すように告げていた。



 約15分後。

 蠣崎の携帯電話が鳴る。


「セルゲイか? 早いな」

「да。今から狙撃します」


 電話はあっさりと切れた。

 念の為に、10メートルほど離れて、2人は観察する。


 遠くのビルを凝視する関水と、的を見る蠣崎。


 当日の天気は晴れ。関東の冬らしい、よく晴れた空気が澄んだ日で、風は微風。狙撃には絶好の日だった。


 刹那。


―カン!―


 的は、簡易的な木の板だったが、それがあっさり吹き飛んでいた。

 近づいて、それを拾い上げた、蠣崎が見たものは、的の中心にくっきりと付着していた、赤い塗料だった。


(合格だ)

 寸分の狂いなく、的の中心を射ていた。


 観測手の支援もなしに、長距離狙撃を難なくこなした、セルゲイ。それも1キロの距離を考えたら、化け物レベルだった。いくら風が弱い、気象条件が整っているとはいえ、あり得ない実力派だった。


 戻ってきた彼に合格を伝えると同時に、経歴を改めて聞いてみた。


 彼は、元・ロシア軍特殊部隊「スペツナズ」出身という。年齢は22歳。若い。スペツナズと言えば、特徴的なナイフを使うことでも知られているが、彼は不思議とナイフは使わず、このSV-98狙撃銃の他には、オーストリアの自動拳銃であるグロック17を使う程度だという。


 口径が9mm、全長が204mm、重量が705g。9mmパラペラム弾を使用する、ショートリコイル式の、ダブルアクションの銃で、日本を始め、世界各国の警察でも使われる、信頼性の高い銃だ。装弾数は、17発+1発と言われている。


 なお、スペツナズを除隊になった理由は、「家族のため」とのことだったが、無口な彼はそれ以上、聞いても、「プライベートに関わる」と言って、答えてくれなかった。


 こうして、無事に2人目を確保したのだが。


 彼は、不思議な男だった。

 無口で、無表情で、何を考えているかわからないし、暇さえあれば筋トレをする「筋トレマニア」でもあった。


 狭いビルの一室で、ただでさえ大柄な彼が、狭苦しそうに筋トレをする様は、滑稽にすら見えるのだった。


 関水は、彼に対しては特に何も言わなかったが、彼のことを信頼しているようで、

「彼は役に立ちます」

 と、蠣崎にしきりに勧めてくるという有り様。


 2人目は、無口だが、まともな兵士だった。

 だが、次の試練はもうすぐそこに迫っていた。

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