Chapter5. 事件の行方
JKこと、金城ジュリアが通っている高校は、私鉄の東武東上線の志木駅東口から、15分近く歩いた先にあった。
翌日午後。遅くに出社した蠣崎は、関水に特定小電力トランシーバーを持たせ、自身も持って、外に出た。
事務所のあるビルの外にある、小さな駐車場に、車が1台置いてあった。
日産エルグランド250 ハイウェイスター。5ドア7人乗りの、大きなミニバンで、独身の彼のような人間には、「過ぎた」代物だが、彼は、この「稼業」を始めるに当たり、「私兵」の移動に便利になると考え、わざわざ購入していた。しかも、2列目を改造して8人乗りに換装してある。
中古の安いもので、走行距離も多少多いが、彼にとって、これは「商売道具」になり得る重要な車だった。
色は、漆黒。
キーを使い、ドアを開けて、助手席に関水を乗せる。
「デカいですね。社長、独身なのにこんなデカいのいらなくないですか?」
内心、誰でも思うであろうことを、関水にも聞かれていたが、蠣崎は苦笑しながら、
「いずれ重要な役割を果たす」
とだけ言って、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
渋谷から、都心を抜けて、埼玉県の志木市に向かう。
だが、都心からだと、混雑する首都高を通ることになり、どの道、下道でも時間は大して変わらない。
彼は、下道を選び、都道318号、いわゆる環七通りを北上する。慢性的な渋滞に捕まりながらも北上。
その途上、車内で打ち合わせをする。
「関水。その特定小電力トランシーバーの、有効距離は1キロだ。それぞれ別れて、遠くから
彼の一言は、曖昧で「対処」としか言わなかった。
それは、つまり少女の依頼通りに相手を「殺す」も、良識の判断で「生かす」も自由という意味であり、ある意味では、蠣崎は関水を「試した」。
「わかりました」
頷くと、同時に助手席から、自身の銃、ベレッタM92FSを触って確認する関水。
(さて。お手並み拝見といくか)
初めから、蠣崎は、自身が動くつもりはなく、ほぼ全てをこの関水という、イマイチ信用できない女に任せるつもりだったのだ。
1時間15分ほどで、志木にある、高校前に到着。時刻は、午後3時半を回っており、金城が自ら告知していた、下校時刻に差し掛かる。
車を、近くの民間駐車場に入れた、蠣崎は、関水と共に車を降りて、それぞれ別行動に入る。
依頼人の主張に「特に下校時のつきまといが多い」という情報があり、それに合わせたのだった。
事前に打ち合わせたように、関水は学校から駅方面へ。
逆に、蠣崎は、学校方面へ。
目立たないように、一応、サラリーマン風のスーツを着ていた二人は、車から離れて行く。
蠣崎の向かう方面からは、セーラー服姿の、女子高生たちが続々と校門から吐き出されてくる。
どうやら、今時、珍しい「女子校」らしい。少子高齢化社会で、そういうのは、ほぼ絶滅したと思っていた蠣崎には意外だったが、だからこそ「格好のターゲット」になっているのかもしれない。
件の少女、金城は意外なほどすぐに見つかった。
何しろ、日焼けした肌色と、白人の血が入った、彫の深い顔立ち。目立つ。
彼女は一人だった。友達がいないのか、それとも事情があるのかはわからないが、一人真っ直ぐに駅方向へ歩いていく。
それを50メートルは離れた位置から確認した蠣崎が、尾行を開始する。
しばらく行くと、視界に怪しげな挙動をする男が映った。
事件は、実にあっさりとしたものに見えた。
男の歳の頃は、20~30代くらい。黒いパーカーを着ており、そのフードを頭からかぶっているため、表情が見えない。だが、背格好と、俊敏そうな動きから、恐らく20~30代くらいと見積もっていた。
その男は、建物の軒下や電柱の陰に身を隠しながら、しきりに下校中の生徒たちを観察していた。
それも、その視線の先には、あの金城がいた。
(わかりやすい野郎だな)
思いながら、蠣崎は、トランシーバーを持って、ボタンを押して口を開く。
「関水。そっちにパーカーを着た、怪しい男が向かうぞ」
とだけ、言った。
つまりは、彼女を「試す」第一弾がこれであったが。
「了解です」
とだけ、トランシーバーから返ってきた。
(さて。結末を見届けるか)
蠣崎は、相手に気づかれない距離感を保ちながらも、男をこっそりと尾行する。
男の動きは、完全に金城を捕らえており、金城が向かう駅方面へ向かって、道路を歩いていた。
駅までの距離は、約15分。この辺りは、住宅街だが、途中から駅前の小さな商店街が広がる。
ただ、県道に面しているだけで、そこそこの交通量と、人通りしかない。
と言っても、こんな白昼堂々だ。相手は大胆な奴だと思いながらも、尾行を続ける。関水の姿は見えなかった。
彼女がどこに姿を隠しているか、見当もついていなかった蠣崎だが、駅が近づく中、不意に人気が途切れた場面があった。
と、同時に風が吹いたかのように、道を横切って、すばやく動いた人影があった。
次の瞬間。
パーカー男の首の下。顎の先に、関水の持つベレッタの銃口が突きつけられていた。
(速い)
その動きの俊敏さと、躊躇なく銃を抜く様は、蠣崎には予想外だったが、その後に展開されたことは、さらに彼の予想を上回った。
関水の動きを追うように、素早く近づいた蠣崎が見たものは。
「動くな。動くと撃つ」
「ちょっ。そんなオモチャの銃で俺を脅したって、効かないぜ」
早くも、鋭い眼光で男を脅す関水と、必死に動揺を隠しながらも、フードの下から関水を見下ろす男がいた。身長180センチ近い。意外に大柄な男だった。
「オモチャの銃? 試してみる?」
「はったり言うんじゃねえ。大体、何だ、てめえは。」
男は、動じていない様子。早口で、強い口調と態度で反撃していた。
追いついた蠣崎が、投げかける。
「あんた。あのハーフ少女のこと、尾行していたな。ストーカー容疑だ」
「警察か?」
「いや、警察じゃない」
「じゃあ、何の権限があって……」
相変わらず銃を構えて、突きつけたままの関水が無言で相手を制する。
次の瞬間。
―パン!―
銃声が轟いていた。
いきなり、発砲したのだ、関水が。
男が崩れ落ちる。かに思えたが、膝から足を崩した男の、どこにも傷はついていなかった。
弾丸を意図的に外したのだが、それでも実弾を発射していた。
(とんでもない、じゃじゃ馬だな)
思いながらも、彼女を観察していると。
「うだうだうるさい。さっさと警察に行け」
関水は、鬼のような形相で男を睨みつけ、目の前で実弾を発射された男は、しなびた野菜のように、へたへたと力なく、地面に座り込んでいた。
その後、警察を呼んで、犯人を引き渡すと同時に、携帯電話で、金城を現場に呼び出していた、蠣崎。
そこで彼が見たものが、不思議な光景だった。
「お姉さま!」
金城が、蠣崎が与えた情報により、銃を撃って相手を追い払ったと知った関水に、飛びつくように抱き着いていた。
「ちょ。金城さん」
抱き着かれた彼女も満更ではない様子に見えたが。すっかり、金城に懐かれているように見える関水。
だが、蠣崎には別の懸念点があった。ビジネス上で。
「すまんな、金城。殺していいと言われたが、殺せなかった。報酬は半分でいい」
そう、申し訳なさそうに頭を下げていた。
依頼は、依頼人の「要求」通りではないのだ。それは当然だと思っていた。
「いいんですよ。あれだけ脅せば、もう来ません。もし、またやられたら、お姉さまに連絡します」
飼い主に懐く猫のように、関水にしなだれるように、寄りかかり、金城は答えた。
だが、それすらも蠣崎には「違和感」があったのだ。その態度や笑顔が「作った」ように見えたからだ。
こうして、「事件」はあっさりと落着した。かに見えた。
その違和感の正体か、どうかはわからないが、翌朝、出社したら、関水が血相を変えて飛び込んできた。
「社長! 大変です!」
「何だ、朝っぱらから。騒々しい」
少々、うんざりしながら、蠣崎が返すも、
「いいから。テレビつけて下さい!」
どこか切羽詰まったような表情の関水に促され、渋々ながらも、彼はテレビのリモコンスイッチを手に取り、ボタンを押す。
朝からニュースを見ることなど、少ない彼と、真逆の関水の生活習慣の違いだったが。
「昨夜遅く。30代の男性が、斬殺死体で発見されました。被害者には、ストーカー容疑があったとのことで、警察が詳しく状況を……」
ニュースキャスターが、川沿いの土手前で報道している映像が映り、しかもテロップには、
―ストーカー男。斬殺死体で発見される―
との文字が躍っていた。
さすがに、死体の写真は画面には出ないものの、被害者の生前の写真が載せられており、あの「パーカー」を着ていた。
間違いなく、あの「男」だった。関水が脅して、警察に届けたはずの男。
一体、彼の身に何があったのだろうか。さすがに、蠣崎は驚きを隠せず、
「関水。何があった?」
と尋ねていたが、当然ながら、彼女も首を振るだけだった。
「わかりません。私は、確かに警察に引き渡しましたから」
当然、そうだろう。犯人は、関水とは考えにくいし、鋭利な刃物で斬殺されていることを考えても、「刃物」を使わない関水の線はない。
だが、この時、蠣崎の頭には、違和感の正体となる、「少女」の姿が浮かんでいた。
もちろん、「JK」こと、金城ジュリアだ。
通常、犯罪心理学では、殺人事件が起こった時、容疑者として最も疑われるのは「被害者が死んだことで最も得をした人物」と言われる。
この場合、もちろん、金城だ。
だが、同時にそれは「ありえない」はずだ。
自分で殺せるなら、わざわざ「殺して欲しい」と大金を積んでまで、蠣崎たちに頼み込む理由がない。
結局、この事件の結末は、意外な方向に進み、しかも、この事件の「真犯人」は、謎のまま、お蔵入りとなったのだった。
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