Chapter4. 意外すぎる「最初の」仕事

 関水葵が、入社してから早くも2週間。


 2月上旬になっていたが、広告からの反応は薄く、求人は思うように進まなかった。

 正確には、面接希望者は来た。


 来たが、彼らの大半が、「実戦経験」がない、ド素人ばかりだった。小さく、但し書きで「PMSC」と書いてあるものの、表向きには「警備会社」と名乗っているから不思議はないが、その実、ここは「命のやり取り」をするPMSCだ。


 社長の蠣崎の理念で、「過酷な戦闘に耐えられる優秀な人材による、少数精鋭」を狙っていたから、なかなか人材は集まらなかった。


 そんな彼に、唯一の社員の関水は、溜め息を突き、


「社長。選り好みしてる場合じゃありませんよ。このままだと、会社が潰れるんじゃないですか?」

 呆れたように口にした。


 いつでも、OLのようなスーツ姿の彼女には、秘書だけでなく、経理に近いことまでやらせていたからだ。


 だが、もちろん、蠣崎の意志は微塵も揺るがない。

 彼は、思い出したかのように、一つの「例え」を繰り出した。


「関水」

「はい」


「PMSCってのはな。軍とは違うんだ。軍属でも民間人でもない。これが何を意味するか、わかるか?」

 そう、彼女を「試す」ように示唆したが、頭の回転が速いのか、勘が鋭いのか、彼女はすぐに意図に気づいたようだ。


「捕虜の扱いですか?」


「そうだ」

 蠣崎は、とある事例を元に、これを説明する。


 つまり、PMSCとは、軍人でも、傭兵でも、民間人でもない。

 戦争での捕虜の扱いを規定した「ジュネーヴ条約」に引っ掛からない、非常に曖昧で、モロい存在である。


 昨今の、世界的な紛争激化により、世界中でPMSCが生まれたことで、その需要は高まったが、急速に拡大したため、様々な「不祥事」を生み出していた。


 有名なのは、2004年3月に、イラクで、PMSCのコンストラクターが民衆に惨殺され、町を引きずり回された挙句、遺体を燃やされて、橋に吊るされるという、残虐な出来事が起こった。


 それがきっかけで、ファルージャで多国籍軍と武装勢力が軍事衝突し、武装勢力と民間人にそれぞれ1000人以上の死者が出ている。


 他にも、2007年には、アメリカのPMSC、旧ブラックウォーター社(現アカデミ)が、民間人虐殺事件を起こしている。


「何が言いたいかと言うと、つまり」

 一応は、彼女に覚悟を決めてもらうためもあり、言葉を切って、彼は決意と共に口に出した。


「俺たちの仕事は、極端に言えば、ヤクザと変わらない。何をされても文句は言えないし、女なら、捕まってレイプされることもある」

 それを覚悟して欲しい、と思うと同時に、それらに「耐えられる」人材でなければ意味がない、ことを彼は伝えたかった。


 生半可な人間を雇っても、戦闘で死ぬだけで、損失でしかない。


 ところが、当の関水は、まるで何でもないことのように、

「わかってますよ。それに、私はそんなに『弱く』ありませんから」

 自信満々に頷くが、蠣崎は内心、


(過信じゃなければいいが)

 と、一応は彼女の身を案じてはいた。



 そんな折、最初の仕事が舞い込んできた。

 会社のホームページに記載してある、メールアドレスに依頼人から受信があった。

 依頼人の名前は、イニシャルで表示され、


「JK」

 とだけ書いてあった。


(JK。まさかな……)

 それは、この国では、「女子高生」を現す隠語だが、彼は嫌な予感がしていた。


 早速、約束をして会ってみることになった。


 約束の時間は、平日の午後4時。

 この手のビジネスには、非常に微妙な時間帯だった。


 しかも、社を訪れた人間を見て、蠣崎は驚愕する。


 清楚さを感じさせるような、流麗な黒髪をポニーテールに縛り、彫の深い、丸目の大きな瞳を持つ美少女だった。身長158㎝ほどで、小麦色の健康的な肌が、どこか南国風を思わせる。学校のセーラー服を着ており、明らかに高校生くらいの女の子だった。しかも、学校の鞄とは別に、怪しげな銀色のジュラルミンケースを持っていた。


 ひとまず、オフィスのソファに座らせ、対面する。隣には、依頼人を観察させるためという名目で関水を立たせた。蠣崎は彼女には、口出しさせず、見極めるように言い渡していた。


 少女は、怯えた小動物のような表情を作っていた。


「で、依頼内容は?」

 早速、口を開くと。


「ストーカー被害に遭ってまして、その対処です」

 明らかにPMSCらしくない、仕事内容だと、不審にすら思う。


「そういうのは、警察に行け」

 そもそもそれは、PMSCの領分じゃない。そう思った蠣崎が冷たく投げかけるも。


「もう行きました。調書だけは取られましたが、警察は忙しいそうで、相手にしてくれません」

 溜息を突く蠣崎。

 昨今の治安悪化と人材不足で、確かに日本の警察は、何かと忙しいらしいと聞いてはいるが、かつて優秀だったこの国の警察組織も地に落ちたと思うのだった。


「ウチは、表向きは、警備会社だが、民間軍事会社だ。何でも屋じゃない。第一、金はあるのか?」

 隣に立つ関水が、終始無言で、しかし少女を睨みつけるように、見ていたのが、蠣崎には不気味に思えていた。


「お金ならあります。ウチは、お金持ちですから」

 怯えた表情だった少女が、一転して、強気に発言する。

 そのことに、早くも違和感を感じてしまう蠣崎に対して、女子高生は続けた。


「前金で100万。解決後に100万でどうですか?」

 ただのストーカー被害者が、相手を脅す程度なら、あり得ない破格の値段だ。


 社長の蠣崎は、この仕事を始めるにあたり、1件あたりいくらという金額設定はしていなかったし、そもそも相場がわからない世界だ。だが、それでも十分すぎる金額には違いない。


 女子高生は、持ってきたジュラルミンケースを開けて、中身をテーブルの上に広げてみせた。


 札束が山のように積まれている。前金の100万円だった。


 それだけでも驚きだが、さらに少女は、恐ろしいことを平然と口にした。


「それと、相手は殺していいです。両親から許可も取ってます」

 たかが、ストーカーに対して、あっさりと、まるで虫でも殺すかのように、加害者への殺意を肯定する少女。

 しかも親公認だという。


 一体どんな生活環境で育ったら、こうなるのか。そこに、先程まで怯えていた少女の顔はなかった。しかも、驚くべきことに、少女は薄らと口元に「笑み」を浮かべていた。それは、「悪魔」のような微笑みに、蠣崎には思えた。


 蠣崎は、違和感を感じながらも、具体的なことを聞くことにした。


 彼女曰く。

 2週間ほど前から、ストーカー被害に遭っているとのこと。場所は、自宅、通学路、学校の校門など複数箇所。


 その手口は、しつこく付きまとう。待ち伏せする。自宅を覗き見するなど。特に、下校時のつきまといが多いという。


「私、本当に怖いんです。お願いですから、何とかして下さい」

 怯えた子猫のような表情に戻った自称、JKが切実に訴える。


「君の名前は?」

「JKです」


「ふざけてるのか。イニシャルじゃない」

 きつい口調で、詰問する蠣崎に対し、JKの彼女は、


「……金城きんじょうジュリアです」

 渋々ながらと言った風に、口に出した。


「なるほど。それでJKか。沖縄出身のハーフだな」

「そうです。よくわかりましたね」

 特徴的な名字といい、ジュリアという名前といい、小麦色の肌色といい、彫の深い顔立ちといい、むしろ蠣崎にはわかりやすいくらいの特徴だった。


「父は、沖縄の米軍海兵隊所属の軍人。母は、基地で働く日本人です」

 金城ジュリアと名乗る不思議な少女はそう自己紹介したが、蠣崎の隣に立つ関水が、相変わらず、睨むように目を細めて、彼女を無言で凝視していたのが、蠣崎には気になった。


「わかった。引き受けよう」

 一瞬、悩んだ末に、蠣崎はその一言を発する。


 要は、「選り好み」をしている場合ではないという判断だ。立ち上げたばかりで、資金繰りが厳しい今、金を稼ぐために、贅沢は言っていられなかった。


「本当ですか? ありがとうございます」

 途端に、丁寧に頭を下げて、金城と名乗る少女は、明るい笑顔を見せた。


 結局、具体的に、ストーカー男が出没する場所と時間を聞き出し、明日の登下校時に「張る」ことになった。


「では、よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をして、社を立ち去る少女の後ろ姿を見送った蠣崎は、オフィスに戻ると、難しい顔をしたままの関水に、気になっていた点を問いただす。


「どう思った?」

 もちろん少女の印象、言葉遣い、本音などについてである。


 だが、彼女は、開口一番、鋭く指摘した。

「怪しいですね」


「どこが?」

「怯えてるかと思えば、次の瞬間には、人を殺すことにためらいがない笑みを浮かべる。あれは、『作って』ますね」

 そういうのは、「女の勘」だろうが、蠣崎自身も、それは感じていた。


 だが、

(お前がそれを言ってもなあ)

 蠣崎自身が、この関水葵をそもそも信じていないから、説得力がないと内心は思うのだった。


 ここは、人と人が「殺し合う」業界。他人をホイホイ信用していては、命が簡単に「刈り取られる」可能性がある。


 「鬼が出るか蛇が出るか」。最初の「仕事」が始まった。

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