第5話 エピローグ

 固泉かたいずみ曰く、ナイフは舞台の上に落ちていたということらしい。だが――。

「落ちてたって……。じゃあなんだ、お前はその落ちてたナイフを拾って、それで唯人ゆいとを刺したってのか?」

 確かに演劇が始まる直前、赤城あかぎ桃園ももぞのは舞台のほうを見ずに口喧嘩げんかしていたし、暗志木くらしきは舞台袖で照明の準備をしていた。舞台上の状況を把握できていたのは唯人と固泉の二人だけだった。

「仮に今お前が言ったことが本当だったとして、だったらお前が犯人ってことだろ。お前は知ってたんだろ、落ちていたナイフが本物だって。それを使えば唯人を殺せるって」

「赤城さん、落ち着いてくださいな。固泉さんを犯人とするにはあまりにも不謹慎ですわ。あのとき固泉さんは犯人役でしたのよ。

 唯人さん、あのとき中身は樽石たるいしさんだったわけですが、犯人役の固泉さんは樽石さんを刺殺するように、人格プログラムをインストールされていた状態でした。舞台に上がる前に手渡されていたおもちゃのナイフと、目の前に落ちている本物のナイフ。二者択一を迫られれば、刺殺に有利な本物のナイフを手にとっても不思議ではありません。

 今回の事件の犯人は、固泉さんではなく、犯人役になった固泉さんがそれを拾うだろうと分かって、舞台の上に本物のナイフを置いた人物と考えるのが妥当だとうですわ」

 桃園の話に暗志木が「確かになの」と頷き、続けて赤城が、

「……そうかもしれねえな。他人の人格をインストールしちまったら、身体を乗っ取られちまったみたいに自由が利かなくなっちまう。すまん、固泉、犯人呼ばわりしちまって」

「いえ、はい、……大丈夫です」

「だけどよ、そうなると、誰が舞台上に本物のナイフを置いたのかって話になるだろ。誰なんだよ、置いた奴は。体育館には俺たちしかいねえし、俺がさっき舞台の上で撲殺ぼくさつの実演をしたときにはそんなもんなかったぞ」

 桃園はあごに指を添えて、

「撲殺の演劇の後に置いたとなると、それが可能な人物は誰になるかしら」

「舞台に上がった人物なの。唯人と固泉、あとは私も舞台袖に向かうときに舞台の上を通ったの」

 飄々ひょうひょうと自分の名前を入れる暗志木。自分が犯人ではないことは自分が知っているとでも言いたげな自信のある態度だった。

「確かに、俺と桃園は二人とも観客席にいたからな。舞台には一度も上がってねえし、ナイフを置くのは無理だ」

 赤城は眉根を寄せて難しげな顔を浮かべつつ、続けて、

「唯人が自分でそんなことするとは思えねえし、となると犯人は暗志木か固泉のどっちかってことか?」

「さっきも言ったけど、唯人が自分でって可能性もあるの。唯人が死ぬことを望んでいたかどうかは、唯人以外には誰にも分からないの」

「そりゃそうだけどよ……。俺にはどうしても唯人の奴が自殺なんて、考えられねえんだよ」

 今回のは自殺とは少し違うと桃園は思ったが、これ以上は蛇足になると考え、一つずつ可能性を潰していこうと口を開きかけた。

 が、事件は思わぬ形で結末を迎える。

「僕です。……僕がやりました」

 固泉が自白したのだ。

「前々から彼、樽石君のことをうとましく思っていました。学校では勉強を真面目にしている風でないのにテストの成績はいつも僕の一つ下なだけ。しかも運動神経が全くない僕に対して、彼は将来を嘱望しょくぼうされるほどのバスケのエースプレイヤー。もちろん、唯人君が樽石君でないことは、頭では分かっていました。だけど、彼の人格をインストールした唯人君を見ていると、どうしても殺人衝動を抑えきれなくて……。桃園さんのときは幸いにも見た目が女子なので、何とか自制できましたが、同性の唯人君では歯止めが利きませんでした」

 それを聞いた赤城が荒れに荒れたことは、もはや言うまでもなかった。

 殺人を演じることで日頃の鬱憤うっぷんを晴らし、犯罪行為から逃避することを目的に始めた殺人劇だったが、いつしか固泉本人も預かり知らないところで、殺人へのハードルを下げる結果になっていたということだろうか。

 となれば、私の心もまた見えない魔の手にからめとられ、この手が誰かの命を奪う日は遠くないのかもしれない。

 救急車のサイレンが、近づいてきていた。

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殺人逃避劇 まにゅあ @novel_no_bell

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