第26話 専務の優しさと自分の気持ち~美桜~


 専務に押し付けられた璃桜君を私の部屋に寝かせ、私は専務の部屋で専務のベッドで寝る事になった。専務はどこかと言うと、自分の部屋の床に布団を敷いて横になっている。


 なんでこの部屋割りになったかと言うと、


 「お前が同じ部屋にいれば、安全だろう」


 要するに、私は専務が璃桜君から身を守る為の『おまもり』的な役を期待されてこの部屋割りにされた。なんとなく納得できないんですけど。


 璃桜君はストレートな人とパートナーのいる人には手は出さないと伝えたのだけれど、さっき実際に手を出されそうになった身としては半信半疑…と言うよりは、九割九分疑ってる。


 今回は多分酔ってたからだと思うんだけどな。まあ、専務は璃桜君のお好みど真ん中どストライクだから、璃桜君もテンションが上がってたんじゃないかな。それよりも専務と璃桜君はいつの間に一緒にお酒を飲むくらい仲良くなったんだろう。


 「今夜、会う相手って璃桜君だったんですね」


 こちらに背を向けて、布団に横になっている専務に声をかける。


 返事がないって事は、もう寝たのかな?


 「…少し、個人的に話しがあったからな」


 まだ、起きてたみたい。


 「そうですか」


 知り合ったばかりの専務と璃桜君にどんな個人的な話しがあると?気になる。


 「どんな話しをしてたか気になるか?」


 専務がこっちを向く。ベッドの上の私と目線の高さを合わせるように頬杖をつく。


 「…気になります」


 私はあっさりと正直に気になっている事を認める。


 璃桜君の事だから、私が結婚した専務の人となりを確かめたかったんじゃないかなって予想している。専務が璃桜君と会った理由はわからないけれど。


 「藤ノ院がお前をお前の家族から守ってくれって頼んできた。理由は言わなかったけどな」


 「…そうですか」


 それだけ言って、私はベッドの上で専務に背を向けるように寝返りを打つ。


 理由を説明する事を拒否しますと私は態度で示したのだけれど、専務はそれを許してはくれなかった。専務は私が寝ているベッドに潜り込んでくると、後ろから私をふんわりと抱きしめる。


 「ちょっ…何するんですかっ!?」


 本当に優しい抱擁で、真綿に包まれているような感覚なのに、私は何故か身動きが取れなくなる。


 「言いたくなければ別に言わなくてもいいけど、助けがいる時はちゃんと言えよ」


 無理矢理聞き出そうとされると、意地でも喋るもんかっ!てなるけど、逆にこんなにあっさり引かれるとそれはそれで拍子抜けしてしまう。


 理由を話さないからと突き放すのではなく、話せるまで待ってくれようとしてくれている専務。


 私は専務が女性関係を一掃する為に偽装結婚した、ただの偽装妻なのにどうして…そんな事されたら…


 「…専務が優しくて、気持ち悪い…」


 「んだと、コノヤロー」


 優しい抱擁がヘッドロックになってしまった。


 ついうっかり本音が漏れただけなのに~


 でも、専務はすぐに腕を解いて私を解放してくれる。


 「本当に、助けて欲しい時は言えよ」


 念を押すように、専務はさっきと同じ言葉を繰り返す。


 喉の奥がぐっと詰まる感覚をごまかす為に私は自分の肩の辺りにから前に回っている専務の腕をぎゅっと掴んだ。


 「…どうして、聞かないんですか?」


 普段の専務の性格を考えると、興味本位で根掘り葉掘り聞いてきそうな気がしていた。


 「言いたくない事を無理に聞き出す程、性格悪くねぇよ。誰だって言いたくない事の一つや二つはあるだろう」


 それが当然だろって感じで言い切る専務に私は胸の奥がぎゅっと苦しくなる。私の胸を締め付けるその感情は…


 「…前に、妹がいるって言った事覚えてますか?」


 「覚えてる」


 「璃桜君が警戒してるのはその妹なんです。私もですけど…」


 その言葉を皮切りに私は初めて自分の家族の事を話した。


 『美裕みひろ』と言う名前の三つ年下の妹がいる事。その美裕は小さい頃は病弱で入退院を繰り返していた為、私は祖母に預けられていた事。そこで璃桜君達、藤ノ院家の人達に知り合い、可愛がって貰った事。


 「美裕は小学生になる頃には入院する事もなくなったんですけど、父と母のなかでは美裕はいつまでも病弱な子のままで…美裕のワガママをなんでも許していました」


 その結果、美裕は可愛いけれど自分の思い通りにならなければすぐに泣き喚く我慢を知らない子に育った事。


 「美裕は特に私が大事にしているモノを欲しがったんです」


 それは誕生日プレゼントとして貰ったウサギのぬいぐるみであったり、友達とお揃いで買ったキーホルダーであったり、初めてのバイト料で買ったワンピースであった。「欲しい」と言われて断ると美裕はそれらすべてを壊した。ぬいぐるみやワンピースはハサミでズタズタにされ、キーホルダーは金槌のような物で叩き壊されていた。高校受験の時は私の第一志望校を美裕が『自分が受けるから、お姉ちゃんは別の高校に行って』だった。もちろん断った。けれど受験日に自宅の階段から美裕に突き飛ばされ、頭を打ちその日は入院したせいで受験できず、結局第二志望校を受験した。高校すら、自分の一番望んだ高校の試験さえも受けさせてはくれなかった。


 さすがに悔しくて、両親に訴えても美裕の嘘と涙に騙される。美裕は両親の愛情も独り占めしていて、両親はすっかり美裕の言いなりになっていた。それどころか、美裕は私の友達にも嘘を吹き込んで、私から友達を遠ざけて奪っていった。


 美裕が唯一私から奪えなかったモノが祖母と璃桜君達。


 祖母は美裕のワガママで性悪な本性を見抜いていた為、美裕に厳しくしたけれど、それを嫌った美裕は自然と祖母から離れた。璃桜君達はもともと祖母の繋がりで知り合ったから、祖母を避けた美裕が璃桜君達と知り合う機会はなかった。


 「私が結婚してると知ったら、しかも相手が水島商事と言う大きな会社の跡取りだと知ったら、美裕と両親は『離婚して、美裕に譲れ』くらいは言いますね」


 美裕と両親が言い出しそうな事くらいはすぐにわかる。だから挨拶になんか行きたくない。会いたいとも思わない。美裕が中心で美裕だけが大事な実家は居心地が悪いだけ。私の家族はあの人達じゃない。


 「…こんな理由で『会いたくない』とか、間違ってますか?」


 私はずっと感情を出さないように話しをしていた。なるべく淡々とした口調で話すように心がけた。そうしなければ、私は美裕に対する怒りを抑えられないから…


 「いや、充分な理由だろ。もし俺がお前の立場でも、そんな家族には会いたくないし、むしろ縁を切りたいと思う」


 家族に対する私の思いを専務は否定しなかった。それどころか私の味方をしてくれた。


 堪えようとしても、堪えきれない涙がとめどなく溢れくる。


 「…専務が優しいなんて、本当に気持ち悪いですよ…」


 掠れた声で憎まれ口を叩く私を専務が「そうかよ」と言って、後ろからぐりぐりと頭を撫でてくる。


 私はズルい。家族に会いたくないを理由に専務の優しさに甘えている。でも、ちょっとだけ…許して欲しい。


 私は専務の秘書になった頃からずっと…でも『可愛くない』って言われて、意地になって可愛くない秘書に徹していた。いつも専務の隣に立ってる美人な女性達が羨ましかった。でも、仕事中の真剣な表情は私だけしか見られないと思うと嬉しかった。


 このまま、ただの秘書で終わると思っていたのに、思いがけずに専務と夫婦になってしまって嬉しいと思う反面、偽装結婚と言う事実がいつも重くのしかかる。


 いつか、必ず終わってしまう。


 こんな形であっても、手に入れてしまった幸運を手放すのが私は怖い。まして、美裕に奪われてしまうのは絶対に嫌っ!


 …私は貴方が………


 声に出して言えない気持ちを私は胸の内で専務に告げた。

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