第41話 勇者ゼクトのやり直し⑦ スラムにて



「ゼクトとルナの炊き出しだ…パンとスープを恵んでやるから、並びやがれ…ルナはパンを配れよ1人1個だからな」


「解ったわ」


俺は今、スラムの近くにテントを張って炊き出しをしている。


今現在、帝王が命令したから、貴族や騎士、冒険者に一般人はもうルナに手を出す奴は居ない。


だが、ルナの容姿が嫌われているのは確かだし、手が届かない所で

何かされても困る。


だったら、スラムの住民を味方につければ…そう考え思いついたのがこれだ。


ジムナ村でセレスは人気者だ。


それは村に尽くした結果だ。


彼奴はお人よしだから良く『人に施しをすれば何時か助けて貰える』そう言っていた。


俺は助けて貰おうとまでは思わない。


手を出されなくなれば良い…それだけだ。


「あの…僕、器がないんだ」


「気にするな、器もあるぞ、そらよ、スープだ」


「パンもどうぞ…」


「勇者様、お姉ちゃん、ありがとう」


「ほらあっち行って食え、転ぶなよ」


「食え…」


手を振りながら喜んで走っていくガキに文句を言っても仕方が無いな。


俺はもう勇者じゃない…ただのゼクトだ。


「おい!これはタダで食べられるのか…へぇ勇者?!」


「おっちゃん、俺はもう勇者じゃねーんだ! 今日は気まぐれで炊き出ししているんだ…おっちゃんは器はあるか?」


「ああっ、俺は悪い、持ってない…」


「それじゃ器ごとやるから、ほらよスープだ!」


「パンです…」


「勇者様にお嬢ちゃん、ありがとうな!」


「だ.か.らっ俺は勇者じゃねーよ!」


「そうか?! 俺には勇者っぽく見えるぞ!じゃあな、スープとパンありがとうな!」


だから…俺は勇者じゃねーよ。


「ゼクト…良いから、早くスープよそって…並んでいる」


「解った…器もあるが、そんなにはない、ある奴は持って来い、無いやつにはやる…さぁ順番だ」



「ありがとう…随分豪華なスープだな」


「勇者じゃねーが、これでもオークなら余裕で狩れる、オークが沢山入っているからな…」


「パンです…」


「そうか…ありがとうな、勇者にお嬢さん」


「だから、俺は勇者じゃ…」


「儂にもくれんか?」


「ああっすぐよそってやる…ほらよ」


「パンです…」


「ありがとう」


スラムって随分人数が居るんだな…余分に持ってきて良かった。


結構礼儀正しく、二回並ぶ奴は居ない。


それでも、大きな鍋20杯にパン200個が残り僅かだ。


ようやく終わったみたいだな…


「おい…少し残った、欲しい奴はガキ限定、早い者勝ちだー-っ来い」


「パンです…」


結局、3時間位で全て配り終わった。


「パン…無くなった」


「そうだな、こんなに早く無くなるとは思わなかったな…」


ジムナ村じゃ孤児だって飢えない。


帝都は…大変だな。


これは俺の打算だ。


こういう事を繰り返していけば、ルナは半魔のルナじゃなく『パンをくれた女の子』と刷り込まれる。


法律だけじゃなく…人に好かれるようにしないとこの先、困った事になるかも知れない


だから、これは『打算』だ。


こうして炊き出しをしていれば、きっとルナでも好かれる様になる筈だ。


スラムを苦しめるものは『飢え』『病』『貧困』だ。


『貧困』は救う事は出来ないが…『飢え』と『病』は少しだけ救う事は出来る。


次は…


◆◆◆


さてと、今度は診療だ。


「それじゃルナ行くぞ!」


「何処行くの?」


「ああっ、適当に歩き回る」


「鑑定」


「なぁ、あんた体の調子が悪くねーか?」


「ああっ、足を怪我してしまってな…だからどうした?」


「そうか…ヒール…これでどうだ?」


「あっ足の怪我が治っている、魔法か?」


「まぁな…俺は治療は苦手だがヒールとハイヒール、解毒は出来る…怪我やちょっとした病に掛かっている奴が居たら教えてくれないか?」


「あんた…そうか、その顔は勇者だ、勇者様だ」


「俺はもう勇者じゃねーからな…今日は無料で治してやるつもりだから、そういう奴が居たら呼んできてくれ、あと起きれない奴が居たら家やその場所に行くから教えてくれ」


「解った、すぐに呼んでくる」


回復魔法といえば聖女。


攻撃魔法といえば賢者。


華麗なる剣技といえば剣聖。


では勇者は何が出来るのか?


誰よりも『勇気』がある。


だが、それだけじゃない…全ての魔法や攻撃に適性がある。


だが、それは中途半端だ。


勇者は回復魔法じゃ聖女に敵わない。


勇者は攻撃魔法じゃ賢者に敵わない。


勇者は剣技じゃ剣聖には敵わない。


まぁ勇者特有の魔法はあるが、それは別としたら、そんな物だ。


だが、逆を返せば…聖女が使う回復魔法も幾つかは使える。


簡単に言うならヒールとハイヒール、そして解毒の呪文位は楽勝だ。


その3つで治せる範囲の者を治療しよう…そんな感じに考えた。


「勇者様、連れてきたぜ」


「あの…本当にお母さんを助けてくれるの…」


「助けられるの…」


「この位なら多分楽勝だ!『鑑定』この程度ならヒールで充分…ヒール」


俺の手が光り、その手をガキが連れてきた女の胸に手をあてた。


「どうだ…」


「随分と楽になりました」


「そうか…なら良かった、ほらガキ、お前の母さんは治ったぞ、良かったな!」


「勇者のお兄ちゃん、ありがとう!」


「感謝するなら、俺の相棒が困った時に助けてくれよ」


「そっちのお姉ちゃん…解った」


「悪いが次が待っているんだ…終わったらさっさと行け、ほら」


「ありがとうございます…」


「良いから…それじゃぁな」


これで多分、あの親子は大丈夫だ…だが、栄養が良くない。


病は治ったが、こればかりはどうしようも無いな。


「俺の怪我…治せるのか?」


腕に大きな傷があり、腐りかかっている。


これは…下手したら死ぬな。


「命っていう意味なら治せる…だがその腕を使えるようにしろと言うなら無理だ」


この男の腕を治すなら、聖女が使う究極呪文『パーフェクトヒール』が必要だ。


この呪文であれば『死んでなければ治せる』ゆえに四肢欠損ですら治せる。


だが、このパーフェクトヒールはマリアですら今は使えない。


才能ある聖女が最後の最後、魔王との戦いの直前で覚えれば良い方で今使える人間はセシリアだけだ。


この男の腕は『マリア』ですら治せない。


「教会でもそう言われた…命だけでも救って欲しい…その治療費すら俺にはないんだ」


「解った…」


俺は剣を抜き、腐りかかった腕を斬り落とした。


「痛ぇぇぇぇぇー-っ」


「すぐ終わる…ヒール」


俺が呪文を唱えて、手をかざすと男の腕の傷が塞がっていった。


「どうだ、悪いな…俺にはこんな治療しか出来ない」


「なにを言うんだ! 俺は命すら危なかった…教会も金が払えないからと治療してくれなかったんだ…感謝するぜ」


「そうか…なら俺の仲間が困ったら助けてくれ」


「そいつか、お嬢ちゃん名前は?」


「ルナ…です」


「顔と名前は覚えたぞ…もし俺が、お嬢ちゃんが困っているのを見たら絶対に助けてやる…約束だ」


「…ありがとう」


スラムの人間は嫌な言い方だが最下層の人間だ。


そのせいか『半魔』という言葉を使った人間は居ない。


金の無い奴らだが、根は良い奴なのかも知れないな。


「流石に魔力が減ってきたな…ルナ、鞄から魔力ポーションを出してくれ」


「魔力ポーション?」


「ああっ悪い、緑色の液体だ」


「みどりいろ?」


色まで解らないのか。


「悪い、鞄を持ってきてくれ」


「解った…」


俺はルナから鞄を受け取り、魔力ポーションを2本、がぶ飲みした。


「さぁ、もう一踏ん張りだ…」


「ゼクト…凄い」


「全然凄くねーよ…それじゃ頑張るか…」


俺は、『鑑定』『ヒール』『ハイヒール』を使い、スラムの人間全員の治療を終えた。


勇者の名前は捨てたが…ジョブはある。


魔族と戦わないで良いのなら、こういう使い方しても良い筈だ。




















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