第40話 勇者ゼクトのやり直し⑥ 王女無用




家事奴隷を買った筈が、俺が家事をしていたんじゃ意味がねーな。


まぁ…掃除が出来るようになっただけましか。


「これも袋に入れてよいの?」


「そうだな、ゴミだな」


大した事じゃない、要らないゴミを麻袋に詰めて回収日の朝に出す。


この仕事をルナにやらせる事にした。


他は、まぁ俺だな…


流石に刃物を持たせる料理をさせるのは怖い。


手でも切って泣かれたら心が痛い。


だから料理は俺だ。


洗濯は、プロに任せた方が良い。


俺も出来るが、一応これでも元勇者、顔が割れているのに裏庭を借りて、たらいで女物を洗うのは…ちょっと抵抗がある。


特に女物の下着を手洗いなんかやりたいと思わない。


セレスなら普通にやりそうだが、俺には少し抵抗がある。


冒険者ギルドで話を聞くと、殆どの冒険者がクリーニングという物を使っていると聞いた。


いざ、使ってみるとこれが凄く便利だった。


向こうが用意してくれる麻袋一杯を洗濯して洗って乾かして持ってきてくれて銅貨3枚(約3千円)


俺とルナだとそれを月に2回~3回で済むのだから、頼まない手はない。


これで洗濯は困らない。


あとはルナが掃き掃除と拭き掃除を覚えてくれれば…


人が住める家を維持できるだろう。


「これは捨てないよね?まだ食べられるから」


「いや、オーレンリンゴの皮はゴミだ」


「だけど食べられるよ…」


「新しいの買ってあげるから、それは捨てて」


「解った…」


元が酷かったせいか、ルナは残飯に近い物でも捨てようとしない。


今もゴミ袋の中の皮を見つめている。


この辺りはおいおい直していくしか無いな。


こんなメンドクサイ生活が勇者をしていた時より楽しいと思うのは何故だろうか?


◆◆◆

トントン


ドアがノックされた。


今度はなんだ、そう思いドアを開けると…騎士が立っていた。


「ゼクト殿、国王であるザンマルク4世様より、王城に来るようにとの事です」


大げさだな、騎士団まで送り込むなんて…余程の事だな。


「俺はもう勇者じゃない!ただの冒険者のゼクトだ、今更ザマール王国に用はないな…今の俺はオムライスを作るのに忙しい…それじゃあな!」


今日はルナの好きなオムライスを作っている。


セレスみたいに上手く作れず、卵はふわふわにならない。


それでもルナは美味しいと食べてくれる。


作りがいがある。


「オムライス、オムライス、オムライスぅ~」


仏頂面のルナがこんなに楽しみにしているんだ。


こっちが優先だ。


「待って下さい! そんな事言わずに来てください!」


ドアの間に足挟むなよ。


金属製のブーツだから痛くないだろうが、悪徳販売かよ。


「同じ事言わせるな! お.れ.は.ゆ.う.し.ゃ.じゃない! 冒険者だ、行く義務が無い、まして此処は帝国だ、従う必要は無いだろう」


今の俺は勇者じゃない…面倒事はごめんだ。


「待って下さい! 今回の話は詳しくは言えませんがゼクト殿にとって悪い話じゃありません、お願いですから一緒に来てください」


王国か…


帝国はこの間の件以来、ルナの安全は守られている。


だが、王国だと少し心配だ。


この分だとしつこいから行かざるおえないだろうな。


連れていくか? 置いて行くか?


「仕方ないから行ってやる! 但し、仲間も一緒だ…行くぞ! ルナ!」


奥からパタパタと足音が聞こえてきた。


「ゼクト、出かけるの?」


「ああっ一緒に行こうぜ!」


「ゼクト殿、その半魔の娘も連れていくのですか!」


「半魔じゃねーよ!馬鹿野郎、アルビノだ! 今の俺の仲間だ…ルナを連れて行けねーなら、俺は行かない」


「解りました」


「解りましたじゃねー、今度半魔とか言いやがったら、途中で帰るからな…」


「絶対に言いませんから…」


「ルナ…オムライスはまた今度だ」


「そんな…」


ルナにとって美味しい物は数少ない此奴の望む贅沢だ。


今にも泣きそうな顔をしてやがる。


「悪い、行ってはやるが…1時間程、待っていてくれ…何処に行けば良い?」


「それでは、帝都の門の外でお待ちしています」


「解った…ルナ、オムライスは速攻で作ってやるから、急いで食べろよ」


「解った…」


俺は急いでオムライスを作り、ルナに食べさせた。


「美味い…」


「そうか、だが時間が余りない…急いで食ってくれ」


「うん…」


そう言いながらもルナは味わいながら食べている。


楽しんで食べてくれているんだ…遅れても仕方ねーよな。


◆◆◆


「空竜艇か、凄いな」


待ち合わせ場所に行くと空竜艇があった。


空竜艇とは大きな空竜に船をつけた様な物で持ってない国も多い。


王国は…持っていたか? 記憶に無い。


まぁ良いや…


例えば聖教国ガンダルだと教皇と大司教以外はお付きや護衛の者しか乗れない。


簡単に言えばVIP待遇…そう言う事だ。


「ゼクト…これに乗るの?竜についている、凄い…」


「そうだよルナ、これ空が飛べるんだ、なかなか凄いぞ」


さっき騎士に言ったせいか騎士たちは文句を言ってこない。


そう、これで良い。


文句や罵声が少しでも飛ぶなら…行かない。


「空飛べるの? 凄い…」


「それだけ、今回は重要な話という事です、どうか搭乗下さい」


俺はルナの手を引きながら空竜艇に乗り込んだ。


「ゼクト、これ凄い、凄いよ…」


「あんまり走り回るなよ」


「うん」


そうは言うが、目を輝かせながら走るのを止めない。


空なんて普通は飛べないから、まぁその気持ちは解る。


「ルナ…これから空を飛ぶんだ、危ないからイスに座れ」


「うん…」


空竜は大きな翼を羽ばたかせ空に舞い上がった。


流石は空竜艇、一旦飛んでしまえば安定しているし、何より竜を恐れて魔物は出てこないから安全だ。


「ルナ、もう自由に見て回って良いぞ! 但し外には出るなよ。


「解った」


そう言うとルナは、窓にへばりついて外を見ている。


本当の年齢は解らないが、見た目は俺とそう変わらないのに…中身は子供だ。


ルナと暮らしてみて解った事がある。


セレスが俺達に感じていたのは『庇護欲』なのかも知れない。


最近ルナと暮らしてみて、その事が良く解った。


ルナと違って、セレスからしたら俺やマリア達はさぞ可愛げのない奴だっただろうな…


◆◆◆


流石は空竜艇だ、帝国から王国迄僅か3日間で着いた。


これが徒歩ならどれ位の時間が掛かったか解らないな。


王城に着いたが、ルナの事を誰も咎めなかった。


恐らくは騎士が通信水晶で連絡をしたのだろう。


「近くで見ると、すごくでかい…」


そりゃそうだ、城だからな。


ルナは遠巻きにしか城を見たことが無いからか感動している。


まぁ表情が余り変わらないから、俺位しか解らないかも知れないが…

「城は…王様やお姫様、偉い人が住んでいる場所だからな、大人しくするんだぞ」


「解った」


そのまま城に入り騎士の後についていった。


「王の支度が終わるまで今しばらくお待ちください」


そう言って綺麗な一室に通された。


なかなかの部屋だな。


「ゼクト、これフカフカだよ」


まぁお城にある位だからな。


「そうか…良かったな」


待遇が良すぎる…こういう時は絶対嫌なお願いをされる気がする。


暫く待つとメイドが紅茶とお菓子を持ってきてくれた。


「お茶をお持ちしました」


メイドがお茶を入れお菓子が置かれるとルナの目の色が変わった。


「これ食べて良いの?」


「俺は余り菓子は食わないからルナが全部食べても良いぞ」


「ありがとう、ゼクト…大好き」


俺も実は菓子は食べる方だが…喜んでいるから全部譲ってやるよ。


ハァ~セレスの奴もそうだったのか?


良く子供の頃から譲ってくれたな…今の俺と同じなのかも知れないな。


美味しそうにお菓子をパクつくルナを見ると、譲って良かった。


そんな気になる。


紅茶をすすりながら、待つとノックの音が聞こえた。


「王の準備が整いました」


「ルナ、すぐに戻るから、しばらく此処で待っていてくれ」


「解った…早く帰ってきて…」


「ああっ直ぐに戻るからな」


ルナは少し不安そうな顔でこちらを見ていた。


◆◆◆


謁見室に案内され中に入ると、国王であるザンマルク四世、マリン第二王女、ドーベル宰相にオータが中央にいた。


「久しいなゼクト殿」


「お久しぶりでございますザンマルク王にマリン姫様…」


俺は勇者だから仕方なくこういう場に出なくてはならなかったが…凄く苦手だ。


「よい、よいそう固くならずとも、今日呼んだのは、我が娘マリンの事だ」


マリン王女がどうしたと言うんだ?


確か、魔王を倒せば婚約を許すと言われた記憶はある。


魔王を倒すどころかマモンにすら負けた俺にはもう関係ない話だ…


「マリン王女様の事でございますか?」


「そうだ、婚約についての話だ」


婚約? 


約束どおりなら魔王を倒したら『婚約』そういう話だった。


魔王を倒して無い俺にはその資格は無い筈だ。


「マリン様がどなたかと婚約をなさるのですか? それで何故俺が呼ばれたのでしょうか?」


「余は以前、マリンと其方ゼクトの婚約を勧めた筈だが覚えてないのか?」


確かに話はあったが、それは『魔王を倒したら』そういう条件付きの話だ。


倒して無い以上は、その話は流れた筈だ。


更に言うなら俺は勇者じゃない…ただのゼクトだ。


「その話なら覚えております…ですがそれは『魔王を倒したら』という条件付きだった筈です。魔王はおろかマモンにさえ遅れをとった

あげく『勇者』さえ辞めた俺にはもう無関係かと思います」


「確かにそうだった、だが余はそれでもマリンと其方の婚約をまだ終わった物とは考えておらぬ…どうじゃ余が認めるゆえ、婚約者として『勇者』として再度頑張る気は無いか」


マリン王女の方を見た…慈愛に満ちた優しい目でこちらを見てくる。


確かに美人だし可愛い。


だが…無理だな。


「今の俺にはその資格はありません。勇気はあれど無謀な戦いを挑み仲間を傷つけ、幹部とはいえマモンに遅れをとり『英雄セレス』に助けて貰った情けない男…それが俺です。マリン王女を妻として娶るなら、最低でも貴族にならなくてはなりません、残念ながら、私には領地を治める能力も教養もありません。俺は冒険者として生き…そして年老いた時は故郷にでも戻り畑を耕して暮らす…そう決めました。冒険者や農夫の妻にはマリン王女は勿体無さすぎます」


これで良い…今の俺は権力も何も望まない。


「ゼクト殿、其方は以前の夢は違ったように思えたが…」


「確かに以前の俺には野望がありました。姫との結婚に領地持ちの貴族…無謀にもそんな事ばかり考えていました…ですが敗北して親友に助けられ、そんな野望は無くなってしまいました。」


「随分と変わられたのだな」


「ゼクト様、私の、私の気持ちは考えてくれないのですか?」


「マリン王女様、それは気の迷いです。貴方と私は今迄の人生でたった3度お茶をし散歩しただけです。勇者に恋しただけで私に恋したわけでは無い筈です。こんな敵に負けた挙句親友に助けて貰ったような負け犬なんて忘れてしまった方が良い」


「ですが、それでも私は…」


「無理ですよ! ならその王冠を投げ捨てて、俺と一緒に冒険者やりますか? そして年老いたら一緒に畑を耕してくれますか?」


「それは王女として生きてきた私には出来ません…」


「マリン王女様は俺には勿体無さすぎます!良い男がきっと見つかりますよ」


「ゼクト殿…」


「ザンマルク王、活躍もしてない俺になにか与えては駄目です。他に無いのならこれで終わりで宜しいでしょうか?」


「ああっもう良い…すまなかった」


「それでは…あっすみません…帰りも送ってくれますよね」


「ああっ解った…もう下がって良いぞ」


ヤバいよく考えたら王女と婚約しないのだから、此処で約束しないと、帰りは馬車になるじゃないか。


良かった、気がついて。


「それでは失礼させて頂きます」


俺は王達に背を向け、謁見室を立ち去った。


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