第30話 リアが来てからあいつらは
二人が店番を代わってくれるようになってからは店頭での私の拘束時間はかなり減った方だけれど、私がすべき事もある。
流石に商品の陳列や掃除までは、今も私の仕事になっている。
朝に店に来て早々に済ませる仕事なのだが、この時間は仕入れなどの裏方仕事を主にしているバイグルフさんもよく手伝ってくれるので、二人で話す時間がある。
「大変だろう? あいつらの世話をするってのは」
昨日仕入れたばかりの布を二人で店内に陳列しながら、バイグルフさんのそんな問いに口元をほころばせる。
あいつらが一体誰の事を指しているのかは、当たり前のように理解できた。
「そうですね。たしかに少しやんちゃが過ぎる事もありますし、口も良いとは言えない子たちですけれど、同じ時間を共有できる相手が居るという事は、ただそれだけで幸せな事です」
正直に言えば、最初のうちは食卓に入れてもらう嬉しさに、一抹の申し訳なさが同居していた。しかしいつからかそんな気持ちも溶けて無くなり、今はもうすっかり私の日常の一部だ。
自炊を始めて数日間は、本当に食事が家で用意されているのか疑っている様子だった二人も、最近は帰宅時の第一声が「腹減ったー」や「ねぇご飯は?」になっている。
「物好きだなぁリアは。が、そのお陰で俺も助かってる。特に今うちは、財布の飾りカバーのお陰で繁盛してるしな」
「アレは元々バイグルフさんの案ではないですか」
「それはそうだが、思い立ったのもリアを見たからだし、結局色々と色やデザインのアドバイスを貰わなかったら、あそこまでにはならなかっただろうしな」
ニッと笑ってそう言ってくれる彼に、ここに必要な存在だ、と言われたような気持ちになった。
思わずはにかむ。と、割り込むようにぶっきらぼうな声たちが窓から入ってくる。
「ま、たしかにバイグルフ一人が売ったところで、女は寄ってこないだろうね」
「そもそもその厳つい顔と、でかい図体じゃぁな。試しにちょっと取り換えて来いよ。絶対に客足、増えるぜ?」
一体いつから聞いていたのか、窓の外からヒョコッと顔を出してニヤニヤ顔で言い寄る二人。一方私は彼らの言葉にすさまじい衝撃を受ける。
「え、顔って取り換え可能なのですか……?!」
少なくとも、私のこれまでの人生にはない常識だ。まるで先日買ったあの頑丈な鍋でガァンと頭を殴られたかのような衝撃を受ける。
まさか人に、そんな芸当が出来るだなんて。すごいのね、平民って。私にはまだまだ、知らない事がこんなにもたくさん――。
「リア、違うからなっ?! おいコラお前たちが適当な事を言うからリアが信じちゃうだろうが!」
「何だよ、そんな事も出来ないのかよ」
「ドゥルズ伯爵領民の名折れだね」
「ドゥルズ伯爵領民は、皆さん普通……?」
「だから違う! ったく何でお前らはこういう時に限って、無駄に領民根性を論うんだ!!」
クワッと怒ったバイグルフが、二人を捕まえようとして手を伸ばす。
しかし彼らは、すばしっこい上に二人も居るのだ。まるで示し合わせたかのように慣れた様子で二手に別れ、彼が「あっ?!」と声を上げている隙にスタコラと店の外へと走っていく。
両者の様子を見るに、どうやら今のは二人の冗談だったらしい。
内心で密かにほっと胸を撫で下ろしながら、目の前のやり取りについ口元に手を当ててふふふっと笑ってしまう。
「ったくもう、あいつらは。一体何をしに来たんだか……」
頭を掻きながら戻ってきたバイグルフさんが、何だか少し可愛らしい。
「ふふふっ、三人はとても仲が良いのですね」
「仲が良いってのとはちょっと違う気がするけどな」
言いながら、彼は「はぁ」とため息を吐く。
「あいつらは、根っからの『不良小僧』どもだからな。まぁそれも、最近は随分とマシになったが」
「そうなのですか?」
私が疑問に思ったのは、『不良小僧』という言葉があまり二人にそぐわない言葉のような気がしたからである。
確かに二人はワンパクではある。けれど『不良』と呼べるほどかというと、何だかあまりしっくりと来ない。
そんな私の心情を察してか、バイグルフさんが指折り私に思いつく例を挙げてくれる。
「リアが来てからあいつらは、夜に遊ばなくなった。朝には起きて飯を食って、夜に寝る習慣がついた。金に困らなくなったから物もくすねなくなったし、……まぁ盗み聞きとか口が悪いのは直らないが、むやみやたらと物を壊す事は減ったな。あと、あんたが心配するからか、他と喧嘩をする回数も減った。それもこれも、全部あんたが居るお陰だと、俺は思っているんだが」
「私が、ですか?」
思わず驚いてしまった。
もし彼の言う事が本当なのだとしたら、それはとても嬉しい事だ。けれど、少なくとも私は彼らの素行を正す努力どころか、素行に対して彼らに何かを言った覚えなんて殆どない。
ピンと来なくてまた聞き返すと「まぁ、前を知らなけりゃぁ違いなんて分からないか」と笑いながら、バイグルフが木箱をヨイショと持ち上げた。
お喋り中も手を動かし続けていたお陰で、新しい商品の陳列が一通り終わった。
「ま、いずれあんたの目にも見えるだろ、やつらの変化っていうやつがな」
自信ありげに二ッと笑われて「どういう意味だろう」と首を傾げる。しかし私が聞き返す前に、彼が「じゃあ」と口を開いた。
「そろそろ街の会合に行ってくる。夕方には戻ってくるが、それまで店番は頼んだぞ?」
「あ、はい、分かりました。お気をつけて」
私がペコリと頭を下げると、彼は後ろ手に手を振りながら、店の奥へと消えていった。
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