第29話 役割分担(不安)
最初からそのように喧嘩腰の態度では、無用なトラブルを招きそうだ。
どうしたものか、と眉尻を下げたところで店の奥から足音がやってくる。
「ん? どうした」
「あ、バイグルフさん。それがその……」
私の困り顔を見止められて尋ねてくれた彼に、甘える形で相談してみる。
心配ではあるけれど、せっかく二人がやる気になっているのだ。私もたしかに人手は欲しいし、彼らの申し出を拒絶するのも少し勿体ないような気はする。
しかし、もし二人が何かを起こして店の今後に影響を及ぼしたりしたら。中々判断が難しい。
彼もきっと悩むだろう……思っていたのだが、私の予想に大きく反し、帰ってきた答えは至極シンプルなものだった。
「あぁまぁ、やらせとけ」
「良いのですか?」
「そいつらとの話は済んでるしな。代わりにリアには、裏で財布カバーに集中してほしいんだが」
「もちろんそれは構いませんが……」
本当に大丈夫だろうか。一度はそう思ったものの、店主は彼だ。その彼が「ちゃんと話は済んでいる」と言うのだから、これ以上私が二人の店番を不安視する理由はない。
大丈夫よね? と前向きに考えなおし、会計カウンターの椅子からカタリと立ち上がる。
「じゃぁお二人とも、お願いします」
二人が店番をしてくれるのなら、私は奥の部屋で作業を使用。そう思い、作りかけのカバーを手に告げると、少々追い払うようなニュアンスを含んだ「はいはい、任せとけ」「いってらっしゃーい」という言葉がそれぞれに返ってきた。
その言葉を信じて、店の奥に――行く直前で一度だけ振り返る。
「奥で作業していますが、何かあったらいつでも呼んでくださいね?」
「もういいから早く行け」
眉間に深いしわを寄せたディーダにそんな言葉を貰い、一抹の不安を残しながらも私は中へと引っ込んだ。
◆◆◆
何個目かを完成させて、ふぅと息を吐き伸びをした。
窓の外を見ると、もう日が傾き始めている。夕ご飯の時間が近い。店もそろそろ閉める時間だ。
腰を上げて店の方へと向かうと、会計カウンターの側の椅子に座って船漕ぎをしているディーダと、机にダルーンと覆いかぶさっているノインの姿が見えた。
流石に勤勉な姿だとは言えないけれど、どうやら二人ともちゃんと抜け出さずにはいてくれたようだ。
後ろから、「お疲れ様、二人とも」と声を掛けると、おそらく私の接近に全く気付いていなかったのだろう。
「ぅわぁっ?!」
ビックリしたディーダが、大きく椅子のバランスを崩した。
ガタンッと大きな音を立てて盛大に椅子ごと転び、その先にあった布の束に頭を強か打ち付ける。
布ではあるが束にもなれば、それなりの硬度は持っている。両手で「くぅーっ」と頭を押さえて悶える彼は涙目で、恨めしそうに睨んでくる。
たしかに同情したくなるほどの凄まじい転びようだったけれど、そもそも椅子で舟こぎをしていた彼が悪い。
思わず目をぱちくりさせてしまった私だけれど、八つ当たりされてもどうにもできないとすぐに困り顔になる。
と、会計カウンターに突っ伏したもう一つの黒頭が、物音に反応してか、モゾリと動いた。
「何……? 終わったの?」
「流石にまだ終わりません」
たしかに二人が店番を代わってくれたお陰で、店のドアベルに作業を中断されずに済んだ。実作業時間の確保だけではなく集中力も増したように思うし、実際に昨日よりは確実に作業は進んだ。
しかし店番は、今日代わってもらったばかりだ。流石にまだ全てを作り終わるまでには至らない。
ノインが「なんだ。早く終わればいいのに」と面倒臭げに言うものだから、思わず苦笑してしまった。先程の様子を見るに、おそらく店番を買って出はしたものの、すぐに飽きてしまったのだろう。
子どもの彼らが気分屋だったりこらえ性が無かったりする事は、特におかしな話でもない。
それでもちゃんと我慢して最後まで最低限の仕事はしていたようだし、実は今日バイグルフさんがちょくちょく二人の様子を覗きにやってきていた。
彼が特に問題にしていないのだから、おそらく大丈夫だったのだろう。
「先程バイグルフさんが『少し帰りが遅くなるから店じまいまでして帰ってくれ』と伝言を残して出られました。そろそろ閉店時間ですし、最後の作業をしましょうか」
退屈な仕事が終わるのだから、二人にとっては朗報だろう。そう思って呼びかけたのに、何故か二人は揃って面倒臭そうな顔になる。
まるでやる気が見られない。もしかして閉店作業さえ面倒くさいということなのだろうか。
うーん、仕方がない。こうなれば、秘密兵器を出すしかない。
「帰ったらすぐに夕食の準備です。今日はお肉を安く売っていただけたので、晩御飯にはお肉があります」
人差し指を立てながら暗に「片付けが遅くなればその分、お肉の時間が遠のきますよ?」と促せば、先にノインがガタリと椅子から立ちあがった。
テキパキと、無言でカウンター回りを片付け始めた彼。一方ディーダは、こちらはこちらで珍しく、きちんと店の出入り口を使って外に出た。
すぐに戻ってきた彼の手には、『営業中』の看板が。どうやら無事、閉店作業をやる気になってくれたらしい。
「おい、早くしろ」
「アンタがトロトロしてる分、肉を食べる時間が遅くなるんだからね」
手のひらを返した二人の現金が可愛らしくて、私は思わずクスリと笑ってしまったのだった。
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