第五節:布屋の臨時店員たちは、怠惰で優しいたくらみをする。

第28話 商売繁盛、新たな悩み



 布屋『ネィライ』は、こういうのも何だけれども、それ程お客様が多いお店ではなかった。しかしここ数日は客足が多い。


「ありがとうございました」


 笑顔でお客様を、また一人送り出す。

 カランカランとドアベルがお客様の退出を知らせ、パタンとゆっくり扉が閉まった。音が消えて数秒後、誰も居なくなった室内でやっと私は「ふぅ」と息を吐く。


 会計カウンターには、記入済みの財布カバーの注文票と幾らかのお金。カバーの支払いは商品の受け取り時に貰う事になっているから、このお金はカバー以外の清算の結果だ。


 注文のついでに仕入れて置いている服や小物、布や糸などを買って帰るお客様が増えている。

 見ていると、探しものを見つけるというよりは、ふと立ち止まって商品を手に取るのが殆どのようだった。もしかしたら見たら欲しくなる・使い道が思い浮かぶという事が、結構あるのかもしれない。


 思えば屋敷に商人を呼んで買い物をしていた昔、欲しいものをあらかじめ伝えていたにも関わらず、商人は他のものも一緒に持参していた。

 実際にそれが目について買った事もある身としては、今更「あの時の私は、きっとお客様の購買意欲を擽る術をよく知っている商人たちの手のひらの上だったのだろうな」と、今更ながらに気付かされる。



 注文票を即席で作った保管場所に入れて、手元に控えている『注文総数』の正の字メモに、また一本線を追加した。

 これでもう、完成した正の字が九個プラス、横線が一本。


「もう四十六個目ですね……」


 感慨深げに息をついたのは、売れ行きが予想以上だったからだ。


 初日に買いに訪れてくれた人たちは私が直接街中で宣伝した人たちだったけれど、その後もお客様は継続して来てくれている。

 予約をしては帰っていく彼女たちの中には、私とは何の面識もない人も多い。参考までに来てくれた人たちに少し話を聞いてみると、どうやら知り合いが持っているのを見て話を聞き、この店に足を運んでくれたようだった。


 どうやら購入してくれた方が、周りの人たちに自慢という名の紹介をしてくれているようだ。

 とてもありがたい。そして何より、買ってくれた人たちがそれ程までに喜んでくれているという事実が嬉しい。


 もちろん注文が増える分、作らなければならない量も増える。大変さは増すけれど、それもこれも品物を受け取りに来てくれた人や街中でたまに見る利用者たちの楽しそうな表情の代価だと思えば、また「頑張ろう」という気にもなる。


「バイグルフさんも『最初は一回限りの売り切り販売にするつもりだったが、一度注文を捌いたら、別デザインや別配色の財布カバーを定期的に作って店に置いておくものいいな』と言うくらいには気に入ってくれているようだし」


 お店のためにもお客様たちのためにも、できるだけ早く注文数を作ってしまいたい。そう意気込まずにはいられない。

 が、ここで問題が一つ。

 財布カバーは、バイグルフさんと二人で手分けして作っているのだけれど、彼にも彼の仕事がある。

 私がここに仕事をしに来るようになってからは特に、彼は布や製品の仕入れなどの裏方作業に専念するようになっていたのだけれど、そちらも結構忙しそうなのだ。


 対する私も、店内環境を保つために毎日少しずつでもどこかしらは掃除をしたいと思っているし、最近はお客様の対応頻度も増えている。

 それらの合間を見て財布カバーを作るとなれば、そもそも作業時間が少ないし、いつ来るか分からないお客様の対応をしなければならないのだから、作業自体も片手間になる。

 結果として、中々作業が進まない。


 忙しいのは嫌ではない。むしろ色々なところで必要としてもらえているようで、嬉しい気持ちだってある。

 が、歓声を待たせてしまっている方たちに対して申し訳ない。


「せめてもう一人くらい居てくれれば、作業も出来るのですが……」


 とはいえこれは、商売に携わるものからすれば嬉しい悲鳴なのだろう。幸せな悩み事である。

 自身の悩みに一人思わず苦笑しながら、カウンターの下へと手を入れた。そこには、お役様には見えないように作りかけの財布カバーがに隠しある。

 それを出して手元に目を落とし、再びチクチクと縫い始める。

 途中、近くの窓に何かがヒョコヒョコと見え隠れしていたような気もするけれど、特に気にすることでもない。目先の仕事に集中して、黙々と作業をこなしていった。



 ◆◆◆



「店番くらいはやってやる」

「えっ」


 翌日。いつものように窓からよっこらせと店内に入ってきたディーダが告げた言葉に、私は思わず目を丸くした。


 ディーダもノインも、暇になるとよくここに顔を出しはするものの、室内で適当に過ごすだけ。店番なんて手伝ってくれた事はない。

 以前一度「暇を持て余しているのかな」と思って試しに頼んでみたところ、鼻で笑われて終わりだった。


 彼らは、やりたくない事はやらない主義だ。自由気ままで、己の言葉に嘘を吐かない。

 何度言っても「食後に食器を洗い場まで持ってきてほしい」という私のお願いを聞かなかったふりで、逃亡よろしく外に遊びに行ってしまうのは、お昼下がりの二人の定番だ。

 それほどまでなのに、それが何故。一体どういう風の吹き回しで。

 色々な疑問が脳内を巡る中、結局私が口にしたのはただの素直な気持ちだった。


「えっと、手伝っていただければ正直言ってとても助かりますが、本当に良いのですか……?」


 控えめにそう尋ねると、先に答えたのはディーダではなく、出入り口にした窓の枠にそのまま座ったノインだった。


「まぁここに居て、人が入ってきたらソイツが盗んでいかないように監視しとけばいいんでしょ?」

「で、盗もうとしたら踏ん縛っとけばいいんだろ? 楽勝だろ、店番なんか」


 事も無げに言った二人に、私は思わず「うぅん……」と考える。


 いやまぁたしかに店の物を盗んで行こうとする人がいれば、捕まえなければならないだろう。バイグルフさんからも直々に「そういうヤツには重々注意しろ」と言われてはいる。

 けれど、物理的に追い払う事がさも世界の常識であるかのように言ってのけたノインと、嬉しそうに右手の拳を左手でパンッと受け止めているやる気満々なディーダを前に、少し心配になってくる。


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