第27話 女たちの集う戦場?



 お財布飾りカバー計画の発足から、一週間。

 街中を歩く私の手には、革袋に被せた試作品第二号が乗っている。


 薄い黄色のマカロンカラーに、オレンジ色のリボン。ベースカラーと同じ色の糸できっちりと縫い込んだのは、第二号を作るにあたって特に改良した点である。

 これでもう、前回作ったカバーのように「使っているうちに飾りリボンが指に引っかかってほどけ、カバーからもすっぽ抜けてしまう」などという事にはならない筈だ。


 少し作成の手間は増えてしまったが、せっかくのアクセントなのだから「気がついたら無くなっていた」などという悲しい事件は起こしたくない。普段使いするものだからこそ、ストレスなく使える事も大切だ。

 その条件をクリアした第二号に、思わず私の口元が綻ぶ。


 バイグルフさんと二人で悩み、話し合い、考え作り出した。彼の見事な裁縫技術によって完成した丁寧な仕上がりの一品は、もちろん宝石などは付いていないから実際に光り輝くような事はないけれど、少なくとも私の目にはとても輝いて見える。


「お、リアちゃん、この前持ってたのと、ちょっとだけデザインが変わってるね?」

「えぇ、全体的に微修正を掛けたので」


 道行く先々で最近増えた顔見知りから声を掛けられ、私はそれに笑顔で応じる。


 試作品を実際に持ち歩いてみるのは、本来『実際に使ってみて改良点を探すため』と『宣伝のため』という二つの目的からだった。結果だけを述べれば、それらはおおむね順調だ。

 それどころか、嬉しい副産物もあった。

 持ち歩くだけでも宣伝になるだろうと思っていたのだけれど、なんと変わった財布を珍しがって街中の人達が私に声をかけてくれるのだ。お陰で街中に顔見知りが随分と増えた。


 人見知りな私でも、『宣伝』という目的があれば初対面の人相手でも思いの外話ができる。今では話す事にも大分慣れた。これは私にとって、かなり大きな進歩である。


 それと同時に、これは彼女たちが私が思っていたよりもずっと日々の色どりに飢えている事を示していた。

 普段から綺麗な色の布製品を持っている平民は思いの外少ない。しかしそれは、彼女たちが生活において諦めている部分だったのだろう。


「可愛いわよねぇ、それ」

「ありがとうございます。実は、もうすぐ販売開始の目処が立ちそうなのですよ」

「そうなの?! 決まったらすぐに教えてね! 私買うって決めてるから!」

「ふふふっ、ありがとうございます」


 嬉しい評価をいただいて、思わず笑みが零れてしまう。それと同時に「人と話すのって楽しい」と思える今日この頃だ。



 この日は午後からの仕事だった。

 街を通り店へと着くと、いつも通りバイグルフさんが出迎えてくれた。彼に「こんにちは」と挨拶をして、周囲の反応を報告する。


「けっこう好感触ですよ、この財布カバー。今日も何人かの方に、これについて聞かれたり、売る時になったら教えてねって念押しされたりしました」

「そうか、それは嬉しいことだな。俺もやる気が出るってもんだ」


 ずっと自分が作ったものの売れ行きの悪さを気にしていたようだから、きっとかなり嬉しいのだろう。クシャッとはにかんだモヒカン頭の彼に、私もちょっと嬉しくなる。


「できれば色のパターンが数種類、用意できると良いですよね」

「そうだな。その方が、選ぶ楽しみもできるだろうし。色を変えるだけなら作る時に使う布を変えるだけで良いから、労力としては変わらない。で? リアだったら何色を選ぶ?」

「そうですね……手軽なところで、可愛いピンクとクールなブルーなんてどうでしょうか? ビタミンカラーのこの色は、どちらかというと元気な色の印象ですし。リボンの色はこの試作品と同じく、馴染みの良さを優先して色の近いものを選ぶとなると、ピンクには赤、ブルーには水色でしょうか」

「三種か、いいな。じゃぁとりあえず五つずつ、十五くらい作っておくか」

「分かりました」


 用意すべき品数は、物を売った経験がない私にはイマイチよく分からない。

 あまり作り過ぎて余っても彼の自信の低下に繋がってしまうだろうし、商売に慣れている彼に全面的に任せるのが一番良い。


 同じ形のものを十五個。他の仕事と並行してすべて作るのに、どのくらいの時間が掛かるだろうか。

 幸いにも、作り自体はシンプルだ。一度バイグルフさん監督の下で作り、品質的には既に合格をいただいている。私も作業に加われる。

 二人でそれぞれ仕事の合間に、チクチクと手を動かそう。

 そんな風に思いながら、作業日数の目算を私なりに立てた。

 

 が、この時の私たちはまだ知らなかったのだ。

 街の女性たちが思っていた以上に『小さなオシャレ』に飢えていたのだという事を。



 発売日当日。

 私たちはあっけにとられた。


「お、女どもが列を作って……こんなの先代がやってる時でも一度だって無かったぞ」

「もしかして、少し宣伝が過ぎましたかね……?」


 店の前には、ひしめく女性たち。今までに見た事がない光景らしく、バイグルフさんが思わず引きつったような笑みを浮かべる。


 ディーダとノインはつい先程、おそらくいつも通りに忍んで私を監視しに来て、度肝を抜かれたのだろう。

 それぞれが「何だあれ」「お祭りでもするの?」などと言いながら、店の奥の作業場の窓から、勝手に店内へと入ってきた。今はそのまま、若干怖れを抱いているかのように奥に引っ込んで居座っている。


「十中八九、財布カバーが目的だと思いますが、どうしますか? 足りない分は」

「あー、やっぱり十五なんかじゃ足りないか」

「えぇ、ほぼ間違いなく」


 私が断定系で言えば、彼は顎に手を当てて「うーん」と唸る。


「仕方がない。とりあえず注文だけ取っておくか。色と数だけ分かっていれば、あとは時間が必要なだけで、幸いにも数は揃えられるからな」

「分かりました。では今あるものは先着順で売って、残りの方々は作ったら順次引換券と交換で商品を渡すことにしましょう。お金は先払いの方がいいですか?」

「いや、後払いでいい」

「ではそのように。あ、サンプル用でそれぞれ一つずつ、残しておいた方が良いですよね?」

「そうだな。となると、今日売れるのは十二個か」


 呟くようにそう言って、彼は少し緊張気味な顔を向けて言う。


「……よし、じゃぁ開けるぞ?」


 私も、息を吸って、深く吐き出した。


 かなりの人に、順番待ちをしてもらう事になるだろう。無いのだからどうにもならないけれど、わざわざ今日来てくれた方たちには感謝しかないし、申し訳ない。

 全身全霊、誠心誠意の対応が、おそらくこれから始まることになる。


 グッと覚悟を決めてから、私は彼に頷いた。

 彼も私に頷き返し、ついに扉に手をかける。


 カランカランと、店内にドアベルの音が響き渡った。


「開店しまーす!」


 声を張り上げて言えば、人が中になだれ込んできた。

 私たちの『戦争』が始まった。


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