第31話 店番のワケ
まだ昼下がりではあったけれど、奥の作業部屋から店頭へと顔を出した。
陽光が差し込む店内に、今お客様は一人も居ない。暇そうな後ろ姿に名を呼んでみれば、ノインがノロリと振り返る。
「何、珍しいね。こんな時間に出てくるなんて」
「えぇ。それよりも……」
確認のために、再び店内をぐるりと見回す。しかし居るのはやはり、彼一人だけ。ディーダの姿が見当たらない。
「あぁ、ちょっと休憩に行ってるんだよ。多分もうすぐ帰ってくる」
「え、お仕事中なのにですか?」
「いいでしょ別に。どうせお客は居ないんだし、ちゃんと店番もしてるんだし」
うーん、どうなのだろう。
言われてみればたしかに店番は最低一人居れば事足りるけれど、あまり勤労的には思えない。
少なくとも私が雇い主だったら、たとえば屋敷内の仕事がどれだけ少なくとも何かしら仕事を見つけてやってほしいと思うし、私も実際ここ一年の屋敷生活ではそうしてきた。
いやしかし、こういうのが平民の方々の常なのかもしれない。雇い主によるとしても、バイグルフさんがあまり気にしていないのならば、それはそれで良いのかもしれない。
そんな風に頭の中で考えていると、横から最早口癖のようになってしまった言葉を彼が今日もかけてくる。
「で、終わったの?」
向けられているのは、実に期待の籠っていない薄桃色の瞳だ。
きっと今日も、いつも通りの返しが来ると思っているに違いない。が、今日ばっかりは彼の予想をいい意味で裏切る自信がある。
私は少し得意げに、しかし感謝は忘れずに告げる。
「えぇ。つい先程、やっと注文分が全て作り終わりました。店頭用にあと幾つかは作らないといけませんが、二人のお陰で予定よりも早く終わりましたよ」
「……ふぅん、あっそ」
あれ、あまり喜ばない。
ふわぁと大きなあくびをしながら伸びをした彼は、思いの外素っ気なくて「あれだけ退屈そうに店番をしていたから、てっきり嬉しいと思ったのに」とちょっと拍子抜けをしていると、窓がカタンと音を立てた。
「あ、ディーダお帰り。終わったってさ」
「ふーん」
窓枠に足を掛けて入ってきた彼もまた、とても反応が薄かった。
もしかして、実は二人とも店番を、案外楽しんでいたのかも? だとしたら、バイグルフさんにそうと素直に話してみれば、継続して店番を手伝わせてくれるかも――。
「でも、まだあと二日、約束が残ってるぞ」
「どうだろうね。もしかしたらそれまでは付き合わされるかもしれないけど」
「チッ」
前言撤回だ。面倒くせぇな、と舌打ちしたディーダがを見る限り、少なくとも店番を楽しんでいたようには見えない。
でも、じゃあ何故? そう思ったところで「でも」とノインが口の端をニヤリと引き上げた。
「実は一つ『仕掛け』があるんだよね。予定の店番期間を過ぎてもまだカバー作りのノルマが終わらなかったら言わないつもりだったけど」
何やら自信ありげなノインに、ディーダもニッと笑顔を作る。
二人が何の事を言っているのか、少なくとも私にはまるで分らない。ただただ頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、ちょうど店の奥からドアの開く音がする。
奥の部屋のさらに奥には、この店の勝手口がある。そこを使ってこの建物に入ってくる人は、私は一人しか知らない。
「どうだリア、進捗具合は」
「おかえりなさい、バイグルフさん。先程全部、終わったところです」
店の奥から、ヌッとモヒカン頭が覗いてきた。私がニコリと微笑み答えると、彼はすぐに目を丸くする。
「思っていたより早かったな」
「二人のお陰で、作業に専念できたお陰です」
「そうか、ならまぁこいつらを雇ったのも間違いじゃぁなかったってことか。一種の賭けではあったが、昔から地味に店番に耐えうるレベルの字書きと算術を刷り込んできた甲斐はあった」
しみじみと言いながら頷いた彼に、ムッとしたのはディーダだ。
「おいバイグルフ、俺たちは別にお前のためにできるようになったわけじゃねぇ。字も計算も、あくまでも俺たちが上手く生きていくための道具でしかねぇんだからな!」
「あー、はいはい」
バイグルフが煩わしげにディーダの言葉をいなす様を、私は微笑ましく思いながら眺める。少しほんわかさえしたところで、ノインが「それで?」と口を挟んだ。
「今日でボクたちの仕事もおしまい。もちろん希望通りの報酬はくれるって事でいいんだよね?」
「何言ってる、二週間の約束だろうが」
「違うね。ボクたちはちゃんと『財布カバー作りが終わるまで。日数にしたら二週間くらいかな』って言ったはずだよ?」
片眉を上げ、胸の前で両腕を組んで見下ろしてくるバイグルフさんに、ノインは負けずと己の正しさを主張する。
交渉の場にいなかった私には、彼の物言いが事実かどうかの確証は得られない。しかしグッと押し黙ったバイグルフさんを見る限り、どうやら部はノインの方にありそうだ。
眉間に皺を寄せたバイグルフさんは、「うーん」と唸り声を上げながら天を仰いだ。続いて両目もギュッとつぶって、更に「ふんぐぅー」と苦悶の表情になる。
しかしどれだけ考えても、結局突破口は見つけられなかったのだろう。彼は結局肩を落として「ちょうど二人、二週間分でトントンなんだがなぁ」と小さく呟いた。頭をボリボリと掻く彼の姿は、降参した人のソレだった。
「へっ、最初にちゃんと約束を詰めておかない方が悪いぜ」
「テメェはまったく関与してないだろ。偉ぶるなディーダ」
「貧民街は弱肉強食、教えてくれたのはアンタでしょ?」
「あー、あー、そうだな、分かったよ! 分かった分かった!! もってけ泥棒」
「泥棒じゃねぇし、人聞きわりぃ」
「泥棒じゃないし、人聞き悪いな」
投げやり気味の敗北宣言に、二人の声が揃って異議を申し立てる。しかしその顔に浮かんでいるのは「してやったり」とでも言いたげな表情だ。
それを、バイグルフさんはシッシッと追い払った。二人は素直に踵を返し、店内を縦断して、出て――いくわけでは無いようだ。
二人が立ち止まった先にあったのは、店内でも数少ない完成品が置いてある場所。中でも木のハンガーにかけられた数枚の服の前で止まる。
老若男女、少なからず選べるくらいの枚数が、そこに陳列されていた。しかし彼らはまったく迷う様子もなく、とある一枚をその手に取る。
淡いグリーンのワンピースだった。
ウエスト部分が絞られたデザインで、胸元には濃い緑色の糸で刺繍。ちょうど大人の女性が着れるサイズの服だ。
ディーダとノインにはサイズが大きいし、そもそも二人が女性ものの服を着たがっていたなんて、私はまったく知らなかった――。
「ん!」
「はい」
「え?」
ディーダがハンガーの方を、ノインがスカートの裾部分をそれぞれ持って、私に同時に突き出してきた。思わず驚いて服を見て、それから二人を見比べる。
たしかに私なら、着ても問題ないサイズだろう。けれど、まさか、もしかして。
「これを、私に……?」
「お前にやる以外にどうするんだよ、こんなもん」
ぶっきらぼうに答えたディーダが、プイッとそっぽを向いてしまった。
唐突過ぎる二人からのプレゼントに、嬉しさと疑問がない交ぜになって、脳内が軽い混乱をきたす。
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