Chapter 8-2

「ん……」


 京太きょうたが目を覚ますと、そこは自室の布団の上だった。


「兄チャマ!!」


 彼が目を覚ました事に気付き、横にいたアリスが抱き着いてくる。


「アリス……」


 京太は時計を見る。アナログ時計が示していたのは三時。外の明るさからまだ昼だとわかる。


「お前、なんで学校行ってねぇんだ」

「だって、兄チャマが心配デ……」

「……別に、俺たちはそんな関係じゃねぇだろ。お前にとって、俺はばあちゃんの仇じゃねぇのかよ」

「それは、そうデスけど……」


 アリスを引き剥がし、京太は身を起こす。


 庭の鹿威ししおどしが鳴る音がした。

 京太はややあってから訥々と話し出す。


「俺は、父さんの顔も母さんの顔も――ばあちゃんの顔も、覚えてねぇんだ」

「えっ……?」

「そのまんまの意味だ。俺の両親は、俺が七歳の時に死んだ。……俺は、その時より前のことをなにも覚えてねぇんだよ」

「……まさか、memoryが?」


 京太は頷く。


「そうだよ。いわゆる記憶喪失ってやつだ。なにがあったかはわからねぇ。ただ、それだけのことがあって、七歳のガキが一人、記憶をなくしちまったってことだ」

「そん、な……」

「だからよ。俺がばあちゃんの仇扱いされようが、俺にはなんでなのか全くわからねぇんだ。なあ、ばあちゃんが死んだのは本当に俺のせいなのか? 知ってんだろ? 教えてくれよ」


 アリスの両肩を掴む。動揺するアリスはひっ、と小さな悲鳴を上げて身を退く。


「No……no!」


 アリスは首を横に振りながら、京太の手を振り払って部屋を出て行ってしまった。

 その背を見送ると、京太はひとりごちる。


「ま、これでいいだろ。あいつもこれ以上は俺に関わってこねぇさ。……あんな優しいのが仇討ちなんざ、しちゃいけねぇよ」


 京太は起き上がる。寝汗でも流そうかと思った所で、スマホが着信を告げる。

 画面に表示された名前はそらだ。


「空か? ……そうか。てめぇか、黄泉よみ

『不服かい? それは上等だ。そんなことより耳寄りな情報を伝えようと思ってね』


 京太はその言葉に眉根を寄せる。


「耳寄り? なんだよ」

『――朝の男が現れた。朝逃がした少年を連れて学校から遠ざかっていってるよ』

「んだと……!?」


 京太は目を見開く。まさか朝の一件からすぐに動き出してくるとは。ヤツは黄泉によって瀕死レベルの重傷を負ったはずだ。


『まあ慌てるなよ。『眼』は付いてるんだろ? ならあとから追ってこい。俺が先に行って、ヤツを追いかけておくよ』

「な……! おい! てめぇは動くな! その身体は空のだろうが!」

『それじゃあ、またあとで会おう』

「お、おい! てめ――」


 通話が切れる。くっ、と京太は歯を食いしばる。

 こうしてはいられない。京太はすぐに紗悠里さゆりなつめ、そして不動ふどうを呼んだ。


「待て」

草薙くさなぎのおっさん……!」


 部屋の外にいたのは草薙だった。いつから、などと聞いている余裕はなかった。


「今あんたと話してる暇は――」

「――俺も行こう」

「なに……!?」

「俺の見立てでは、その男は『黒翼機関こくよくきかん』のエキスパート。ブラストで間違いないだろう。ああ、間違いないとも。加えてヤツの動きは罠の可能性が高い。今の冷静ではない君を一人で行かせるわけにはいかん」

「……そうかい。好きにしてくれ」


 そうして二人は、紗悠里と棗を伴ってブラストと黄泉を追うべく屋敷を出た。

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