Chapter8 天苗兄弟

Chapter 8-1

 少女は不自然なほどに首を傾げた。咥えていた棒付きの飴を取り出す。


「あらぁ? あらあらあらぁ?」


 日傘がくるくると回る。少女は軽い足取りで、倒れ伏す男の元へ向かう。

 透けるように透明感のある銀髪、青を基調としたゴシックロリータのドレスが特徴的な、西洋人形のような少女である。


 彼女は白い手袋で包まれた指で、男の背をつつく。するとそのタンクトップ姿の男の背が、山のように隆起する。筋肉が収縮を繰り返し、やがて収まると、男の身体に刻まれていた無数の裂傷は完全に消えてなくなっていた。


「あーーーーーー!! 痛ぇぇぇぇぇ!!」


 起き上がった男は開口一番に絶叫する。

 男の叫び声に、少女は両耳を手でふさいだ。


「うるさいわねぇ。遊んでるからそうなるんじゃないのぉ?」

「るせぇっ! つったってよぉ、あっちが本気出せねぇんじゃこっちだってやる気が出ねぇんだよ!」

「その割にオーバードライブだってしてるじゃない。シュラに怒られるわよぉ」

「ぬわっ!? あ! おい! 報告すんじゃねーぞ! 絶対すんなよ!」

「さぁ? どうしようかしらねぇ?」

「わ、わかった! 飴おごってやっから、飴……ん?」


 ガサゴソと、慌ててカーゴパンツのポケットを漁る男だったが、なにかに気付いてはたと手を止める。


「……? どうしたのぉ?」


 少女の問いに、いや、と男は自身の身体をはたいたり再度ポケットに手を突っ込んだりしていた。探し物だろうか。


「財布ないのぉ?」

「いや、そうじゃねぇ……。……ああああああ!!」

「あなた、まさか……」

「……ねぇ」


 男は呆然として動きを止める。


「『ラグナロク』が、ねぇ!!」

「……やっぱり。あーあ、知らないわよぉ。怒られるどころか、殺されるんじゃなぁい?」

「言ってねぇで探すの手伝え! あああやべぇやべぇ! ってまさか、あんときかあああ!!」

「だぁかぁらぁ、うるさいのよぉもう。で、なぁにぃ? 心当たりあるのぉ?」


 男の脳裏に浮かんだのは、自身が幾重にも斬り刻まれた瞬間だ。


「あんのクソガキ……!! どさくさに紛れてパクっていきやがったっ……!!」

「えぇ、本当にぃ?」

「間違いねぇ……!! 手伝え、ブリーズ! あのガキ、やっぱり探してぶち殺さなきゃいけねぇ!」


 ブリーズと呼ばれた少女は、ヒートアップする男の様子に溜め息を吐く。


「はいはい、どうどう。……まあ、手伝ってあげてもいいわよぉ。アレを盗られたのに放っておいたら、あたしまで怒られそうだしぃ。その代わり、高くつくわよぉ」

「構わねぇよ! 飴ぐらいいくらでもおごってやらぁ!」

「ふーん。まぁ、足引っ張らないでねぇ、ブラスト」

「けっ、てめぇこそな!」


 ブラストと呼ばれた男は、両手をポケットに入れて歩き出す。

 ブリーズはそれに続いて、日傘をくるくると回しながら歩き始めた。

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