Chapter 7-5

 神埼空かんざき そらは確かに空手の有段者ではあるが、魔的な存在と戦う力を持っているわけではない。特殊な環境にはいるが、能力的にはごく普通の一般人だ。だから京太きょうたは彼女を戦場から下がらせているし、彼女もそれを了解しているはずだ。


 なのにその彼女がなぜここにいるのか。先に学校に向かったはずではなかったのか。


「兄チャマ!! 大丈夫ですか!?」

「アリス……! お前まで……!」

「Sorry。学校に行ったフリをして、アトを付けさせてもらいマシタ。今、治療魔法を……っ!?」


 倒れ伏す京太に駆け寄ってきたのは、アリスだった。彼女は京太の治療を始めようとするが、彼女の使おうとした魔術は弾けて消えてしまった。


「悪いな……。俺に、魔法は効かねえんだよ……!」


 それは鬼の血の影響だという。京太は魔力に対する抵抗力が異常なまでに強かった。

 だがその京太が今、彼奴の電撃に倒れている。ということは、あれは。


「魔法じゃあねぇ……って、ことか……!」


 謎の力を操る彼奴に、しかし空は臆することなくその背後からナイフを突きつけていた。


「まだやるかい?」

「終わっちゃいねぇよ!!」


 男は裏拳を繰り出す。京太にも見えないほどの速度で放たれたそれを、空は身体を逸らして簡単に避けてみせた。


「真空……雷鳴脚!!」

「遅いな」


 追撃の蹴脚。それを前にして、空の姿が消える。

 そして次の瞬間、男は無数の裂傷を刻まれて倒れた。


「さて、とどめを……」

「止めろ……!!」


 ナイフを逆手に構え、振り上げた空に、京太は力を振り絞って呼びかけた。

 これに空はビクンと身体を震わせて動きを止める。


「……ま、身体の主が嫌がるんじゃ仕方ない」


 空は腕を下ろしてナイフを仕舞った。


「空……、お前、一体……?」

「んー? なんの話ー?」

「ごまかしてんじゃねぇよ……! てめぇ、空じゃねぇな」


 一度いつもののほほんとした笑みを見せた空だったが、京太の言葉に笑みを消す。


「ま、だろうね。俺が誰かわからないか? ならこれならどうだい?」


 と、空は口の中からなにかを取り出した。それは魂だ。これを自在に取り出せる存在を、京太は一人しか知らない。


「まさかてめぇ……、黄泉よみ……!?」


 空は魂を再び口に入れる。


「ご名答。この子の魂の波長が合ってたんでね。元の身体が見つかるまで借りているんだ。なに、大事な借り物だ。丁寧に扱わせてもらうつもりだよ」

「……信用しろってのか」

「別にしてもらう必要もないがね。どのみちお前にはどうこうしようもないよ、扇空寺せんくうじの」


 確かにその通りだ。ヤツが空の身体の中にいるのなら、空が人質に取られているも同然。京太には手出しの仕様がなかった。


 黄泉はなにやら小さい錠剤のようなものが入った袋を見せる。


「それより、こいつの持ってたコレの話をしないか?」

「なにがなんだかよくわからないデスけど、まずは兄チャマの治療が先デス!!」

「おっと。それはそうだ」


 アリスは京太を支えて立ち上がらせようとしていたが、体格が違い過ぎて上手くいっていなかった。

 黄泉は袋を仕舞うと、アリスとともに京太を支える。ここからだと病院よりも京太の家の方が近い。まずはそちらを目指すことにした。


「まさか、てめぇに助けられるたぁな」

「確かに俺も予想外だ。ま、身体の主の望みなんでね」

「……さっきの袋、ヤツらの取引してたクスリか?」

「多分ね。助けた彼にも話を聞いた方がよさそうだ」


 本来ならあの男を捕らえて情報を吐かせるべきだったが、京太が満身創痍のこの状態ではそれも難しい。回復次第、樋野に話を聞きに行こうと決めた。


 やがて京太の家の屋敷が近づいてくると、門の前に二つの人影が見えた。

 既視感を覚えながら近づいていけば、こちらに気付いた様子の人影が一つ、こちらに向かって駆けてきた。不動ふどうだ。血相を変えた様子の彼のあとから、ゆったりともう一つの人影が近づいてきた。


草薙くさなぎのおっさん……!」

「昨日ぶりだな、椿のせがれよ。随分、してやられたじゃないか」

「あんた、また見てたな……!」

「済まんな。だが、おかげで情報は手に入った。確信に至った、といったほうが正しいな。ああ、正しいとも」


 草薙は空を――正確には彼女のポケットにあるそれを差して言った。


「そのクスリの名はラグナロク。『黒翼機関こくよくきかん』が作り出した最新の違法ドラッグだ」

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