Chapter 7-2

 京太きょうたは仏壇に向けて手を合わせた。黙とうを捧げて顔を上げる。仏壇の上には遺影が立てかけられていた。祖父、祖母、父、母の四人分である。この中で祖父以外の生前の姿を見た覚えがないと言って、果たしてアリスは信じてくれるだろうか。


 ――アナタのせいで死んだんだから。


「……悪いな。俺には否定も肯定もできねぇんだよ」


 つぶやきは虚空に呑まれて消えていった。


 祖母が亡くなったのは心不全によるものだと。十年前、父と母がともに亡くなったことに気を病むと、後を追うように亡くなってしまったのだそうだ。


「若。いらっしゃいやすか」

「おう、入りな」


 と、そこへ襖の向こうから低く野太い声が聞こえてきた。

 京太が促すと襖が開き、顔を見せたのは不動ふどうだった。


「お待たせいたしやした。失礼しやす」


 仏間に入ると、不動はまず仏壇の前に腰を落とした。彼が黙とうを捧げ終わると、京太は口を開く。


「聞いてくれよ。今日の帰り、ウチの学校のヤツらがこの近くの路地裏でカツアゲしてやがった。ぶちのめしてやったら、やってた方もされてた方も逃げちまってよ。その前からイライラしてたもんで、カッチーンきて公園で駄弁ってから帰ってきたんだけどな。そしたら門の前に変な男が突っ立ってた。父さんの知り合いらしいんだが……草薙くさなぎって野郎に心当たりはあるか?」

「……紗悠里さゆりから、少しだけ聞いてます。俺の知ってるヤツで間違いなけりゃ、そいつぁ昔、一緒に仕事をしたことがあるフリーの退魔師でさぁ。全国を転々としてるとは聞いてましたが、ヒトのシマに入ってくるたぁヤツにしちゃあ珍しい」

「やっぱ同業者か。鷲澤わしざわを討ったのを聞いてきたみたいだけどよ、父さんがやったもんだと思ってたみてえだ。線香上げてくかって聞いたら、十年も前のことを知らんヤツに上げられても喜ばねぇだろって、帰っちまった。……こいつを置いてな」


 京太は懐から草薙に渡された封筒を取り出し、不動の前に置いた。


「こいつぁ……」

「中を見てみな」


 不動が中身を改めると、中から出てきたのは札束だった。先に京太が数えたところ、30万ある。


「ヤツぁ、なんのつもりでこれを……!?」

「あいつは俺になら分かんだろっつってた。心当たりといやあ一つしかねぇ。カツアゲで巻き上げられた金だよ」

「なるほど……。いや、しかしカツアゲでこの額……!?」

「ああ。普通の高校生が持ってていい小遣いじゃあねぇな。こいつを草薙が取り返してきて、わざわざ俺に渡してきた。キナ臭ぇ匂いしかしねぇなぁ?」

「……『眼』を付けやすか」


 京太は頷いた。不動から封筒を預かる。


「草薙と……ウチの学校の樋野ってヤツだ。この封筒の持ち主のな。水輝みずきに聞いたから間違いねぇ」

「ウス。男上げさせていただきやす」

「頼む」


 不動は頭を下げ、仏間から出ていった。

 それを見送ると、京太は再び祖母の遺影を見上げた。


「……今はお前に構ってる暇はねぇよ。アリス」


 掘りの深い初老の女性は、確かに今日出会ったばかりの少女に似ていた。

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