Chapter7 ラグナロク

Chapter 7-1

 その空間は『螺旋の環らせんのわ』内に構築された結界の、何層も奥深くにあった。


 その空間で、彼はただただ孤独を感じていた。五感はない。何故なら今の彼には肉体が存在しないからだ。

 彼は特殊な培養器の中で、魂だけの状態で安置されていた。


 ふと。この空間を訪れる人の姿があった。何も見えず、何も聞こえないはずの彼も、誰かがやってきたことは認識していた。

 それは少女だった。彼女は迷うことなく彼の前に立ち、培養器からその魂を取り出す。


 薄暗い空間の中で、魂はぼんやりと光を湛えていた。この光は、魂がまだ生きていることの証だ。完全に死んだ者の魂は透明になり、通常の生者には視えなくなる。もっとも、このように生きたままの魂が肉体から取り出されていること自体があり得ないことではあるが。


 だがその「あり得ない」を成せる能力を持った者たちがいた。

 生きたままの魂を肉体から取り出し、それを喰って自らの血肉とする力を持った一族は、今やただ二人の兄弟だけとなっていた。


 少女は魂を手にすると、自らの口へと運んだ。丸呑みにされた魂は、少女の体内へと消える。


 するとどうだろう。少女の鼓動が跳ね上がる。少女は内側から身体を支配しようとしてくる感覚にもがき、苦しみ始める。


 少女の呼吸が荒くなる。吐き出しそうになるのを堪えている内に、苦しさが収まっていく。


 やがて少女は深く息を吐く。首を回して口を開くと、そこから出てきた言葉は彼女のものではなかった。


「ふぅん……。意外に悪くないね。よく馴染む」


 は手を動かして、身体の感覚を確かめる。


 少女の身体は彼の物となった。正確には、少女の中には彼女の魂と彼の魂とが同居する状態となったのだが、彼はその能力によって肉体の主導権を得たのだ。


 魂に干渉する能力を持つ彼は、一か八か波長の合う魂を持つ者を探知し呼び寄せようとしていたのだが、まさかそれがこんなに近くにいたとは思わなかった。


「あんまり趣味じゃないが……俺をこんな目に遭わせてくれたお礼くらいはしていかなきゃね。元の身体も探さないと」


 彼は肩を回して慣らしながら、ゆったりと結界を抜け出した。

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