Chapter 6-5

 飲み終わった缶をゴミ箱に捨て、京太きょうたは改めて帰路に就いた。


 オロチによってほぼ全壊した京太の家の屋敷だったが、居住区域の復元は終了している。それまで『螺旋の環らせんのわ』で寝泊まりしていた京太は、その時点で家の方へ戻っていた。


 帰ってくると、門の前には一人の男が立っていた。


「ウチになにか用かい?」


 話しかけると、そのスーツ姿の男はこちらを見てくる。くたびれたネクタイの根元を片手でいじる。緩めているのか締め直しているのかよく分からない動きだったが、おそらくはどちらでもないだろう。


「君は……椿つばき、にしては若いな。せがれか」


 妙に自己完結したしゃべり方だった。京太に話しかけているようにも、誰にともなく呟いたようにも聞こえる。おそらくはどちらでもあるのだろう。


 だが男ははっきり、椿、と口にした。


「ああ。父さんを訪ねてきたなら済まねぇな。父さんは十年前に死んだよ」

「そうか。それは残念だ。ああ、残念だとも」

「線香でも上げてくかい?」

「いや。十年も前のことを知らんやつに上げられても、やつも喜ぶまい」


 そこで男は、たばこでも吸っているかのような深呼吸を一つした。


「椿のせがれよ。俺は草薙くさなぎと言う者だ。君は」

「京太だ。扇空寺せんくうじ京太」

「京太、か。なるほど、いい名だ。ああ、いい名だとも。意味は俺には分からんが、今の君によく似合っている」

「そうかい? そいつぁどうも」


 すると草薙はこちらへ向かって歩き出した。


「行くのかい?」

「ああ。久々にこの町に来たのでな、顔馴染みに会っておくのもいいかと思っただけのこと。そう。それだけのきまぐれだ。ああ、きまぐれだとも」


 草薙は京太の横まで来ると、そこで一旦立ち止まる。


「家はどうした? 建て直しか?」

「ああ。ちょっと色々あってほとんど壊れちまってな」

「なるほど、それは一大事だ。ああ、一大事だとも」


 草薙はまた、たばこを吸っているような深呼吸をした。

 進行方向へ視線を投げる。


「……鷲澤わしざわのじじいを討ったと聞いてきたが、なるほど、君が」

「……へぇ。やっぱりあんたもこっち側の人間ってことかい?」


 草薙はそこで初めて、笑みを見せた。どんよりと、浮かべたというよりは浮いてしまったと言うべき笑みだった。

 彼は懐からなにかを取り出す。


「これを持ち主に返しておいてくれるか? 君ならだれのものだったか、分かるだろう」


 そう言って草薙が渡してきたのは、札束の入った封筒だった。


「……殺したのか」

「それくらいのやんちゃでそこまではせん。俺はただ、自分の役割の範囲で、果たすべき義務を果たしただけだ。ああ、果たしただけだとも」


 草薙はまた深呼吸をして、歩き去ってしまった。

 その背を見送ると、京太は封筒を懐に仕舞って門を潜った。


「若様、おかえりなさいませ」

「おう、紗悠里。大事ねぇか」


 玄関を開けると玖珂紗悠里くが さゆりの出迎えがあった。京太は彼女に鞄を預けると、先ほど出会った男の話をする。


「今、門の前に父さんの知り合いがいたぜ。草薙っておっさん、知ってるか?」

「いえ……わたくしは存じ上げません。不動ふどうさんならご存じかもしれませんね」

「そっか。不動が帰ってきたら訊いてみるか」


 自室に帰って一人になると、電話をかける。たったワンコールでコール音が止み、相手の声が返ってくる。


「はい、もしもし? どうかしましたか、京太君」

水輝みずき、今大丈夫か?」

「ええ。たとえ忙しくても、京太君たちからのお話なら何よりも優先しますよ」

「いや、流石にそいつは言い過ぎだろ……」


 しかし幼馴染みゆえか、声のトーンだけで分かってしまう。こいつ、本気だ。


 まあいい、と俺は気を取り直して要件を話す。スマホを持っているのと逆の手には、草薙から渡された封筒があった。


「さっき路地裏でかつあげの現行犯をぶちのめしたんだけどよ、やられてた方のやつのことを知りたくなっちまってな。顔は覚えてっから、何年何組のやつかってことさえ分かりゃいい」

「なるほど。ではその人の特徴と、現場の位置を聞いてもいいですか?」


 特徴と場所を伝える。

 すると少し待っていてくださいと沈黙が続き、ややあって、


「……該当しそうなのは、三年二組の樋野先輩でしょうか。よければ僕の方からアポを取っておきましょうか?」

「いや、そこまでは必要ねぇよ」


 返答がくる。曖昧な答え、というか本当に京太の話から推測できる限りの人物ということなのだろうが、水輝の言うことだ。まず間違ってはいないだろう。


「しかし、相変わらずすげぇな。どうやったらそんなこと分かんだよ?」

「それは企業秘密です」


 電話越しに水輝の笑みが見えた気がした。そいつぁ結構。なら仕方ねぇわ。


「ありがとな。今度、なんか奢る」

「そんな、とんでもない。お気持ちだけで充分ですよ」


 そっか、とお言葉に甘えることにする。

 通話を終えると、ちょうどそこに紗悠里の声が聞こえてくる。


「若様、ご夕食の準備が整いました」

「分かった。すぐ行く」


 京太は封筒を置いて、部屋を後にした。

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