Chapter 6-2

 放課後、扇空寺京太せんくうじ きょうたはいつものように屋上へ向かっていた。

 ドアを開ける。一応、屋上は使用禁止のはずなのだが、京太は悪びれもせず使っている。


「ん?」


 しかし誰もいないはずの屋上に、突如として中空に現れた人の姿があった。

 どこからともなく現れたのは、この学校の制服を着た少女だった。鮮やかな金髪ブロンドの長髪がたなびく姿は、一種の神々しささえ感じさせた。


 ――幻視。


 京太は一瞬、そこに懐かしい姿を見た気がした。


 が、それもつかの間。そこは空中であり、重力が彼女の身体を捕らえる。


「ノ……Noooooooooooooo!!」


 ふわりとめくれ上がった布地の先に、丸みを帯びた逆三角形が見える。

 白。白はいい。あらゆる心の穢れを洗い流してくれる。……いや、とか言ってる場合じゃねぇ――!


 京太は駆け出すと少女の落下地点に滑り込む。間一髪、彼女を受け止めることに成功する。


「っと、あぶねぇ……。おい、怪我はねぇか?」


 訊ねる京太の声が届いているのかいないのか、日本人離れした美貌が呆けた様子で京太を見つめていた。


「……Prince」

「は?」

「あ、い、イエ! なんでもアリマセーン! だだだだだだ大丈夫デース!」


 少女は顔を真っ赤にして慌てて京太から離れた。

 スカートをはたいたり、髪を手で梳いたりと落ち着かない様子だったが、やがて動きを止めて視線を落とす。


「あ、アー……。ところで、見ましタ?(※転移してきたところ)」

「ん、あぁ……。悪い! でもわざとじゃねぇんだ、許してくれ!(※パンツのこと)」

「……Sorry。済みまセンガ、見られたからにはそうはいきまセン。少し痛いかもしれませんガ、我慢してくだサーイ。そのmemory、消させてもらいマース(※転移してきたところ)」

「おいおい、そんなに嫌だったのかよ……。あのアングルだったら見えるに決まってんだろ……。見られたくなきゃ、もうちょい上手い位置に転移してこいよ……。あと、スカート押さえるとかよ(※パンツのこと)」


 さすがに呆れた、と言わんばかりの京太の様子に、少女は眉根を寄せた。


「……What's? なんのことデスか?」

「? パンツのことじゃねぇの?」


 二人は、ようやく会話がかみ合っていないことを悟った。

 少女はスカートを両手で押さえて京太から距離を取る。


「み、みみみみみみみみ見たんデースか!?」

「ああ……。いい趣味してたぜ……。ありがとよ」


 ぐっと親指を立てた京太に、少女は通学鞄で殴りかかってきた。


「もう!! 信じ、られま、セーン!! 日本の男の子、全然、gentlemenじゃ、ありまセーン!!」

「悪い、悪かったって。不可抗力ってやつだから、そんな怒んなって」


 ぽんぽんと鞄で叩かれるが、全然痛くない。


「No! ちゃんと謝ってくだサーイ!」

「わかった、わかったよ。悪かった。この通りだ。ごめんなさい」


 叩かれながら、京太は深く頭を下げた。

 その姿に留飲を下げたか、少女は鞄で叩く手を止める。


「わ、わかればいいんデース。……あ、でも転移を見られたことには変わりありまセン。済みませんが、記憶は消させて――」

「その辺りにしておきなさい」


 少女が鞄から何かを取り出そうとしたところで、ドアの方から別の少女の声がした。

 振り返れば、そこに立っていたのは生徒会長モードのなぎさだった。


「会長」

「ナギサ!」


 同時に声を上げたことに、二人は「ん?」と顔を見合わせた。


「まったく、いきなり転移してくるなんて何を考えてるのよ。普通は魔法学校でも禁止でしょう? 一般人に見られてたらどうするつもりだったのよ」

「ほ、ほラー。そこは忘却魔法でー……」

「済むわけないでしょう?」

「……はい、済みまセン」

「まあ、説教はそのへんにしといてやれよ、会長。で、知り合いみてぇだが誰なんだい、この子は?」


 京太の言葉に、なぎさは深く息を吐いた。


「そうね。どうするべきかは迷っていたけれど、こうなってしまっては仕方ないわね。扇空寺君、あなたから名乗ってあげて」


 ビクッと、隣の少女がこちらを見やってすぐに顔を背けた。

 何事かと問うのを後回しにして、京太は名乗る。


「扇空寺京太だ。よろしくな」


 京太は右手を差し出す。しかし少女は握手には応じず、スッと身を引いた。

 スカートの裾をつまみ、少女は深々と頭を下げた。


「アリス。アリス・ウィザーズデース。よろしくお願いしますネ、あにチャマ?」

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