Chapter 6-1

「あちょー!」


 風代朔羅かざしろ さくらが放った掌底が、吉田轟棋よしだ ごうきの腹部にクリーンヒットした。

 たまらず突き飛ばされた轟棋は、そのまま床の上に仰向けで倒れる。女子としてもかなり小柄な朔羅が、男子としてもかなり大柄な轟棋を腕一本で吹き飛ばすのはなかなかに痛快な光景である。朔羅のドヤ顔が止まらない。


 ここはアトリエ魔法使いの拠点螺旋の環らせんのわ』の地下トレーニングルームである。朔羅はスパーリングの相手を頼まれ、ジャージ姿でここに来ていた。身長に反比例してしっかり出ている胸を張る。ドヤァ……!


「……くっ」

「朔羅ねえさん、動きめちゃくちゃなのになんでこんなに強ぇんすか……!」


 うめきながら起き上がろうとする轟棋のそばには、彼の親友である山下健司やました けんじの姿があった。彼もまた、うめき声を上げながら身を起こそうとしていた。


 彼らの後ろから、低く艶やかなバリトンボイスが響く。


「朔羅のあねさんは魔力で身体能力を強化してる。お前らはまだまだ闘気の練り上げが甘い。呼吸がすぐに乱れ過ぎだ。息を整えたらもう一本いくぞ」

「ぐへぇ!」


 声を発した隻腕サングラスの男・不動正親ふどう まさちかの叱咤に、健司は思わず声を上げてしまっていた。轟棋も声こそ上げないがその表情は苦しそうだった。


「なんだお前ら、もう一本追加されたいか?」

「おら、さっさと起きろや轟棋!」

「お、おう」


 二人はものすごい速度で立ち上がり、背筋を伸ばす。

 なんだかんだ楽しそうだとほほ笑む朔羅に、不動が声をかける。


「姐さん、お相手いただきありがとうございやした」

「ういっす! こっちもいい運動になりました! んじゃ、二人ともがんばりたまえよ! わしでよければまた相手になろう……ほっほっほ」


 魔力で強化しておいていい運動なのかはさておき。ちなみに朔羅の素の運動能力についてはお察しください。

 ともかく、朔羅はトレーニングルームをあとにする。時刻はすでに夕方を越えて夜に差しかかっていた。


 シャワーを浴びてリビングに向かうと、ソファにごろ寝していた神埼空かんざき そらが声をかけてきた。


「あ、朔羅パイセンおつー」

「ふぃー、お空ちんおつかれー」


 ひらひらと手を振りながら、ソファの空きに腰かける。


「って空ちゃん!?」

「遊びに来たよー」

「また急だねー……」


 あまりにも当たり前のようにそこにいたため、気付くのが遅れてしまった。

 空はときどき、こうして特に連絡もなくここに来ることがある。絶妙に忘れたころにまた来るので、朔羅はそのたびに驚いていた。


「泊まってくの?」

「お願いしまーす」

「ほーい」


 学校では先輩後輩だが、交わす言葉は砕けて久しい。


「轟ちゃんと山やんの特訓、付き合ってきたんでしょ? どうだったー?」

「うん、だいぶ動きよくなってきてたよ。しかしまだこの私には敵わないのだった」


 どやぁ。両腕を組んで胸を突き出す。


「今頃はまだ不動さんに絞られてるところじゃないかな」

「よーし、ならあたしも揉んでやりますかー」

「いってらっしゃーい」


 このすーぱーゆるふわがーる、こう見えて実は空手の有段者なのだった。

 なので時々、轟棋たちのスパーリングに参加したりすることもある。


「さーくら、おつかれさま」

「にゃはぅん!?」


 空が出ていったあと、続いて入ってきたのは穂叢ほむらなぎさだった。

 彼女が朔羅の胸を後ろからがしっと掴んで揉みしだいてきたので、朔羅は大きく身をよじらせて声を上げたのだ。


「こ、こら! なぎさ!!」

「いいじゃない、レポートばっかりでうんざりしてきたのよー。……あら、あなたまた大きくなってきたんじゃない?」

「欲しいのは身長じゃい!!」


 メガネオフ、お疲れモードのなぎさはセクハラ大魔神と化すので、朔羅はよく被害に遭っていた。

 つーかあんたは私より全部大きいやろがい!


 と、そこへ来客を示すドアベルの音が響いてくる。


「あら、こんな時間に誰かしら?」

「あ、こら! メガネ! メガネ嵌めてけドスケベ大魔王!!」


 そのまま出ていこうとするなぎさに、朔羅は慌ててメガネを渡す。


「あら、悪いわね。じゃあ行ってくるわ」


 なぎさはメガネをかけると、瞬時に生徒会長モードに切り替わって出ていった。


「ふう……。なんか疲れた……。ちょっと寝よう」


 朔羅はごろんとソファに寝っ転がる。そしてほどなくして、彼女の意識は眠りのなかに落ちていった。

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