第一部:エピローグ

 あれから一週間が経った。

 とてつもない戦いだったが、世間的にはなにかが起きたという認識はなかった。対照的に戦いの爪痕を残す扇空寺せんくうじの屋敷は、ほぼ全壊のため建て直しの工事が入っている。


 そのため京太きょうたは、『螺旋の環らせんのわ』に寝泊りしていた。


「なんだよもうへばったのか? しょうがねぇ、休憩にすっか」


 その『螺旋の環』の地下には、広大なトレーニングルームがあった。

 そこで竹刀を手にする京太の前には、床に倒れ込み肩で息をする轟棋ごうき健司けんじの姿があった。


 不良グループ『からす』とのケンカに端を発した今回の戦い。最終的には終焉の魔神の再誕という最悪の展開だったが、ひとまずの決着を迎えた。

 当主を失った鷲澤わしざわは、衰退を余儀なくされるだろう。しかしこちらも被害は甚大である。そこを狙った勢力が、この地の制圧を狙ってくる可能性はないとは言えない。依然、予断は許されない状況ではあった。


 しかし悪いことばかりではない。天苗双刃あまなえ そうはを名乗る少年から渡された、大きな白い塊。それは思った通り、『鴉』の面々の魂だった。彼らは無事回復し、今は屋敷の工事を手伝ってくれている。

 ただ、なぜか一つ分だけ余ったらしい。余ったそれは『螺旋の環』で保管することになった。保管する環境としては、ここが一番適していたからだ。


 それはともかくとして。今回の件を受け、『魔』と戦える力が欲しいと言う轟棋と健司に、京太は剣術を指南していた。ただなんというか、二人とも熱意はあるが向いているようには感じない。


 と、そこへトレーニングルームのドアが開き、一人の男が顔を見せた。


「こちらでしたか、若」

不動ふどう! もういいのか?」


 室内でもサングラスをかけたままのその男は不動だった。その精強な肉体の、左肩から先ではスーツの袖がひらひらと踊っていた。


「ええ。済みません、若。ご迷惑をおかけしちまって」

「謝んなきゃいけねぇのは俺だ。済まねぇ、俺が鬼になっちまったばっかりに」

「いえ、これぐらいで済めば安いもんでさぁ。それより若が無事にもとに戻れて本当によかった」

「……そいつぁ結構。ありがとな」


 京太は一度顔を背けると、鼻をこすってすする。再び不動に向き直ると、床に倒れる二人を後ろ手に指す。


「そうだ不動。元気があるなら、こいつらを見てやってくんねぇか? 戦えるようになりてぇって言うから剣を教えてやってたんだが、いまいち覚えがよくねぇ。ステゴロは得意みてぇだし、お前の拳法を教えてみたらどうかと思うんだがよ」

「なるほど。わかりやした。やってみましょう。しごき甲斐もありそうだ」

「ってわけだ。お前ら、こっからは不動が面倒を見てくれるからな。しっかり言うこと聞けよ。ちなみに、不動は俺の万倍は厳しいからなー」


 笑いながら、京太はその場をあとにしようとする。

 そんな京太の背に、健司と轟棋から非難の声が飛ぶ。


「鬼だ」

「……鬼だな」

「そいつぁ結構。知らなかったっけか? 俺は正真正銘――」


 京太は振り返ると、ニヤリと笑みを作った。


「――本物の鬼なんだぜ?」

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