Chapter 5-5

 それは苗木だった。これを鷲澤わしざわ老の遺体へ落とすと、瞬く間に根を張って遺体を包む。

 続いてオロチの亡骸にも変化が起こった。泥のように溶けだすと、苗木の根へと吸収されていく。


 それらを養分のように吸い取った苗木は、見る見るうちに成長し、あっという間に天まで届かんばかりの巨木となった。


 シュラの声が、彼とは別の何者かの声と重なって聞こえる。


「「さあ、今代の英雄たちよ。刮目したまえ。新たなる魔神の再誕である」」


 巨木が音を立てて形を変えていく。それは、人だった。

 人を象っていく大木は、地面を離れて空へ浮かび上がっていく。


 雛が卵から孵るかのように。


 巨木の内側から幾条もの光が溢れ、その身を震わす。光が辺り一帯を包み込みホワイトアウトさせる。


 光が収まったあと、そこには巨木は跡形もなくただ、一人の人間が中空を漂っていた。


 男なのか女なのか判別は付かない。中性的な顔立ち、スレンダーな体躯をしているが、その身は蛇のような鱗に覆われていた。いや、そもそもあれは人間なのか――?


 それはゆっくりと地面に降り立った。見た目は中性的な美丈夫といったところだが、その体躯は鬼となった京太と同等かそれ以上である。


 シュラはそれの前にひざまずく。


「我ら魔王の使徒、御身の再誕を心よりお待ちしておりました」


 それはシュラを睥睨へいげいし、こくりと頷いた。

 ひたすらに不遜ふそんにして尊大であるそれは、周囲を見回す。身構える京太たちだったが、彼らには興味がないとばかりにそれはシュラへと視線を戻す。


「では、参りましょう。我が王ロキがお待ちです」


 立ち上がるシュラに、京太きょうたは焦りとともに声をかける。


「待ちやがれ……! 逃がすと思ってんのか!」


 振り返るシュラの笑みには、明らかに嘲りの色があった。


「わかっていますか? これなるは終焉の魔神。残念ですが、今のあなたがたでは太刀打ちできません」

「んなもん――」

「――やるまでもありません。あなたがたはが違う。それではそもそもの勝負ができない。滅ぼす者と滅ぼされる者。それ以上でも以下でもないのです。ですがあなたがたは、我が王のシナリオに必要な方々だ。次代の英雄となるべきあなたがたにはまだ、生きていてもらわなければ困ります。それでも、命を捨てたいというのならば別ですが」


 シュラからほとばしる殺気が、京太たちを射抜く。それはさながら衝撃波のごとく京太たちを圧す。

 そのなかを、双刃と呼ばれていた少年が悠々と歩きだした。

 彼はシュラの元まで歩み寄ると、京太を振り返る。


「そうだ、これ返すぜぇ」

「は?」


 双刃は自身の口に手を入れる。取り出すと、大きな白い塊が出てくる。

 彼はそれを京太に向けて投げ渡してきた。見覚えのあるそれは、まさか。


「そういやぁ、自己紹介がまだだったなぁ。俺は双刃。天苗双刃あまなえ そうはだ。よろしくなぁ、扇空寺せんくうじ京太!」

「では、またお会いしましょう」


 再び突風が吹き荒れる。風が収まったとき、そこにシュラや双刃、魔神の姿はなかった。彼らが消えるとともに、『魔』どもの軍勢も姿を消した。


 終わった。今度こそ。

 もうなにかが現れる気配はない。その場を包むのは夜の闇と静寂だけだ。


 京太は大きく息を吸う。


「終わったあああああああああああああああああ!!」


 ありったけの声で叫ぶと、その場に仰向けで倒れる。押し隠していた痛みや疲労がとめどなく溢れてくる。なにがきてもこれ以上はもう動けない。好きにしてくれって感じだった。


「扇空寺!」

「だから京太でいい……って!」


 そこへ聞こえてきたのは轟棋ごうきの声だった。見やれば彼と健司けんじがこちらへ駆けてくるのが見えた。


「お前ら! 無事だったかよ!」

「……ああ。なんとかな」

「よかったぜ。あ、そうだ、これ」


 京太は手にしていた白い塊を、轟棋に渡す。


「……こ、これは?」

「たぶん、お前らのお仲間の魂だ。どういうことかは聞くな。まだ俺も整理付いてねえ。いい加減にしてほしいわ、マジで」


 少し本音が出たところで、京太は空を見上げる。


 いつの間にか、空は星が見えるほど晴れ渡っていた。

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