Chapter 5-3

 京太は『龍伽りゅうか』を取り落とし、その場に両膝をつく。

 溢れる涙を拭いもせず、俯きがちに嗚咽を続ける。


不動ふどう……悪い……。俺は……俺は……っ!」

「いえ……あっしは……。若がご無事なら、なによりでさぁ……」


 不動は膝をつく。その手が京太の涙を拭おうと伸びる。

 だが彼はその前に気を失ってしまい、京太に向かって倒れ込む。京太は彼を抱きとめると、その身体をきつく抱き締める。


 彼の身体の熱はまだ消えていない。失った腕の切断面から流れる血はわずかで、これは彼が自らの呼吸で血の巡りを操作し、止血しているからだった。

 気絶してなお止血を続けられる彼の気力に感謝しながら、京太は紗悠里さゆりに声をかける。


「……紗悠里、不動を頼む」

「……は、はい!」


 目の前で呆然とこちらを見ていた紗悠里に不動を預け、『龍伽』を手に京太は立ち上がる。残っていた涙を拭う。

 振り返ればそこには、未だ健在のオロチの姿があった。鷲澤わしざわ老という核を失い動きを鈍らせていたが、やがて理性を失い暴走を始めた。


 オロチは地団駄を踏むかのように全身をしならせ、暴れ狂う。その巨体が地面を打つたびに地表は縦に揺れる。

 周りの仲間たちは、京太が鷲澤老と戦っている間に奮戦していたためか、疲弊して揺れに耐えるだけで精一杯だった。


 だがそのなかでも京太は地に足を付けたまま微動だにせず、オロチを見上げていた。


「てめぇも悲しいやつだな。ご主人を失って、苦しそうに暴れやがって」


 京太は踵を返して歩き出した。

 京太が歩く先には、鷲澤老の遺体があった。彼が手にしたままの『龍伽』の鞘を抜き取り、刀身を鞘に納める。


扇空寺せんくうじ組頭領、扇空寺京太」


 鯉口を切る。


「推して参る」


 瞳を紅く煌めかせ、振り向きざまに駆け出す。狙うはオロチの頭部だ。いかに彼奴が強大でも、頭さえ斬り落とせばひとたまりもあるまい。

 その狙いに気付いたか否か、頭めがけて駆けてくる京太へオロチは尾を振り回して迎撃しようとしてくる。


 これを京太は跳び上がって避けると、地面を叩いた尾に向けて刀を抜く。


 ――扇空時流、焔牡丹。


 上段に構えた刀を振り抜く。突き刺さった刃はそのまま、巨大な尻尾を両断する。


 斬り落とされた尻尾が地面を跳ねるのを無視して、京太は再び駆け出す。


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 尻尾を落とされた痛みからか、オロチは天に向かって咆哮する。これにより完全に京太を敵と見定めたか、鎌首はまっすぐに京太に向けられる。

 上等だ。その首級くび、たたっ斬ってやる。


 オロチは口からなにかを吐き出した。玉状のそれは中空で弾け、いくつもの矢となって京太に向かって降り注いでくる。


 対して京太はそれを避けつつ躱しきれないぶんを斬り落とし、疾走を止めることなくことごとくをいなしていく。

 しかし問題は、地面に落ちた矢のほうだった。地面に突き刺さった矢は溶けだして液体となって付着する。それは地面の草木を溶かし、瞬時に腐食させていく。明らかに毒の一種だった。


 仲間たちに毒を浴びさせるわけにはいかない。京太は跳び上がり、オロチの胴体に乗り上げた。狙い通り、オロチの首は京太を追って動く。


 胴体を駆け抜ける京太へ、オロチは自身に毒矢が刺さるのも構わず次々に撃ち出してくる。

 そのすべてを躱しながら疾走する京太はもう、止まることはなかった。


 毒矢の雨をかいくぐり、オロチの眼前へ躍り出た京太は『龍伽』を大上段に構えた。


「往生しな」


 ――扇空時流、奥義。鬼龍大天衝。


 振り下ろした刃は、オロチの頭部をかち割り、一刀の元に両断した。

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