Chapter 5-2

 赤い。


 目に映るすべてが、燃えるように赤い。


 湧き上がる衝動。


 目に映るすべてのものを壊し尽くしたい。視界に入るすべての者を殺して、殺して殺して殺して殺して――!


「ォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 咆哮とともに、まずは眼前に佇む大男を見据える。元は老人だったが、手にした刀の力で筋骨隆々とした大男に変貌した。なるほど、それ以上は必要ない。人間としての自分から流れ込んでくる知識を最低限でシャットアウトし、大男へ飛びかかる。

 彼奴が刀のおかげで戦えるのなら、それを奪って斬りつけてやればいい。その程度のことができないのだから、ああ、人間とはなんと惰弱な!


 組みついて刀を奪おうとしたが、抵抗されたため腹部に拳を見舞う。これにたまらず浮き上がった大男の身体を蹴り上げ、天井へ叩きつける。跳び上がり、追撃の拳。打ち付けるたび、大男の身体が天井にめり込んでいく。


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 やがて彼奴の身体は天井を突き破り、そこからあふれ出た鮮血にまみれながらなにかの壁を貫通していく。ここは大蛇の体内。ならば突き抜けたそれはすなわち、大蛇の肉壁であったのだろう。そうして肉壁すら突き抜けた先に、瘴気にまみれた夜空があった。

 大蛇のなかから抜け出すと、彼奴の首根っこを掴んで回転。大男のマウントを取り、蹴り落とす。地面に叩きつけられた彼奴へ、自然落下の勢いのままに膝を折りストンピングの構えを取る。


「ぐぉあああああああああああっ!!」


 腹部に膝が直撃し、彼奴の断末魔が響く。手足をけいれんさせて動かなくなった大男から刀を奪い、その切っ先を彼奴の胸に突き刺した。


 噴き出した鮮血を浴びながら、わらう。これだ、この感覚だ。肉を裂き、命を刈る。人間の自分はなぜそれを怖がるのか。これが、これだけが自分が生きている実感をくれるというのに。


 ぐるりと辺りを見回す。自分を囲む人の群れ。女の姿もある。なるほど、あれはお前の大事なものか。流れ込んでくる記憶に笑みが浮かぶ。面白い。ならば次はあれだ。

 刀を抜き取り、女へと肉薄する。


 ――紗悠里!! やめろぉぉっ!!


 脳裏に響く叫び声を無視し、刀を振りかぶる。身動きが取れずにいる女へ、勢いのままに刀を振り下ろす――!


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 鮮血とともに吹き飛んだのは、男の腕だった。


「………………ふど、う……?」


 フラッシュバック。幻視したのは炎のなか、振るった刀を受け止める男の姿だった。


「う……あああああああああああああああああああっ!!」


 絶叫する。とめどなく溢れるのは涙だった。角は消え、虹彩は黒に戻り、髪は元の長さと色に、肥大化した体躯は元通り、京太きょうたは姿とともに自我を取り戻していた。


「若……、大丈夫、ですかい……?」


 左腕を失った男は、ただひたすらにこちらを心配げに見つめていた。

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