Chapter 4-4

 宝刀『龍伽りゅうか』。それがこの土地と同じ名を持つのは、土地の守り神である龍神の化身として打たれたからだ。

 そしてこの刀はかつて義に目覚めた鬼とともに、巨大な魔を討ったとされている。その鬼こそが扇空寺せんくうじの鬼であり、代々の扇空寺の鬼だけがこの刀を扱うことを許された。


 京太きょうたは扇空寺の鬼の一族の末裔であり、現在ではこの刀を抜くことを許されたたった一人の人間なのだ。


 しかしその刀が今、鷲澤わしざわ老によって力ずくで引き抜かれてしまった。


 周囲におどろおどろしい瘴気が立ち込める。夜の闇が一段と深い漆黒に染まっていく。

 刀身からほとばしるのは更に濃い瘴気だ。それが鷲澤老を包み込み、彼の中に流れ込んでいく。


「見えるか小僧……! この力の奔流が……!」


 しゃがれた声のトーンが上がる。

 瘴気は鷲澤老に多大な力をもたらしているようだった。彼の身体の筋肉は盛り上がり、軋む。小柄だった老人の身体が、標準的な成人男性を軽く凌駕りょうがする体躯にまで膨れ上がる。


「ざっけんな……! んなもん、なんに使うつもりだ……!!」


 絡みつく蛇によって地面に押さえつけられている京太は、絞り出すように声を上げる。

 まさか『龍伽』を抜き放たれるとは。龍神の加護を失い無尽蔵に与えられ始めた力もそうだが、実に恐ろしきはそれを成した鷲澤老の怨讐おんしゅう――老いてなお残されていた、人の世にあだなす『魔』としての情念なのか。


「50年前、貴様の祖父・辰真たつまが終焉の魔神を討ったことは知っておろう? しかしな、この魔神とは終焉という概念そのもの。それ以前にも幾度にも蘇っては討たれてきたのじゃ」

「……だから、なんだってんだ……!!」

「わからんか……? この儂が、今ここに! その魔神を蘇らせてみせようぞ!!」


 鷲澤老が『龍伽』を振り上げる。刀身から天空へ向かって瘴気が立ち昇る。

 柱のような瘴気が雲に吸い込まれていくと、それを中心に渦を巻いていく。

 すると途端に地面が揺れ始めた。激震の中、京太の身体が軽くなる。彼の身体を押さえつけていた蛇が泥のように溶け、瘴気となって鷲澤老の元へと飛んで行ったのだ。


 だが激しい揺れの中では身動きが取れず、京太はその光景を見ていることしかできなかった。

 おそらくほかの蛇も同様なのだろう。瘴気が続々と集まり、鷲澤老と一体になっていく。


 やがて集まった瘴気は爆発的に肥大化。鷲澤老の身体を核に、天まで昇ろうかというほどの巨大な蛇龍の姿を象った――!


「な……!!」

「「見たか小僧。これが人の世を終焉おわらせ、妖の世を創る魔神――オロチの姿よ」」


 鷲澤老の声が長大に響く。

 扇空寺の屋敷を圧し潰し、敷地を覆って余りある巨躯を前に、揺れが収まったあともただただ圧倒されるばかりだった。


「「なにを呆けておる。動かぬのならそのまま喰ろうてしまうぞ――!!」」


 オロチの口が開き、首をもたげる。その巨大な顎が京太を呑み込まんと迫る。

 まずい――と思ったが身体が動かない。


 そしてそのまま、京太の身体はオロチの中に呑み込まれてしまった。

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