Chapter 4-2

「ようやくお出ましか、扇空寺せんくうじの。……しかしやはり生きておったか。甘い仕事をする小僧じゃて」

「なんだよ、やっと帰ってこれたのに出迎えはあんただけか、鷲澤わしざわのじいさん」


 軽口を叩きながらも、京太きょうたは目の前の人物を睨みつけていた。

 鷲澤老。『魔』の集団としてはこの地域で最大の勢力を誇る、『鷲澤』の当主だ。『扇空寺』とは何代も前から因縁のある相手である。


「で? 俺の留守中に好き勝手やってくれたみてぇじゃねぇか。この落とし前はどうやって付けてくれんだ?」


 京太の周囲には多数の『扇空寺』の人間が倒れ伏していた。

 京太に続いて車を降りた水輝みずき、なぎさ、朔羅さくらたちが倒れている者たちの元へ向かう。乗ってきた車はそらを乗せたままこの場を離れていった。


 京太の問いに、鷲澤老はほくそ笑む。


「決まっておる。貴様らにっくき『扇空寺』を潰し、『魔』が表を跋扈ばっこする混沌の世界を造るのよ」

「はっ、そいつぁ結構。その歳で悪の親玉気取りたぁ見上げた根性だぜ」


 この狸爺たぬきじじいとはまともな問答は望めないようだ。ならばこれ以上は不要。


 水輝みずきたちが京太の隣に並び立つ。口を開いたのはなぎさだ。


「まだ息がある人もいるわ。とにかく、ここは一刻も早く」

「そうだな。行くぜ、鷲澤のジジイ。まずはてめぇを、たたっ斬る!」


 しかしそこで、京太たちと鷲澤老の間に突風が巻き起こる。

 京太たちはこの風圧にたじろぎ、動きが止まってしまう。


 風が止むと、そこには黒装束に蛇の面を付けた謎の五人衆の姿があった。

 その内の一人が、鷲澤老の前に跪く。


「お館様」

「うむ」

「『龍伽』が見つかりました。離れの道場の中です」

「わかった。儂はそちらへ向かう。ここは任せたぞ?」

「御意」


 鷲澤老は京太たちなど相手をするつもりもないようで、悠々とその場を立ち去ろうとする。


「待ちやがれ!!」

「ふん、お主らの相手など儂の蛇どもで充分よ」


 追いすがろうとする京太だったが、その前に蛇の面たちが立ちふさがる。

 それを見ながら、鷲澤老はゆっくりと歩き去ってしまう。


「ちっ……てめぇら、どきやがれ!」


 京太は蛇の面へ殴りかかる。

 だがその拳は巻き付くように絡んできた腕に止められ、逆に投げ飛ばされる。


 きりもみ回転しながら京太は地面に叩きつけられる。


「がッ――!?」


 同時に胸の傷に大きな痛みが走る。立ち上がろうとする京太に追撃はこない。

 その代わり、彼奴らの標的は水輝たちになったようだ。


「若……様……」

紗悠里さゆり!?」


 立ち上がろうとする京太に、横合いから声がかかった。

 そちらを見やれば、壁に背を預けて起き上がろうとしている和服姿の少女、紗悠里がいた。


「お前、無事だったか……! 無理すんじゃねぇ!」

「これを……」


 紗悠里は力を振り絞り、手にした刀を持ち上げる。


「……ありがてぇ。お前の魂、借りるぜ」


 京太はそれを受け取り、立ち上がった。

 丸腰じゃあ分が悪いかもしれねぇが、刀がありゃあ――!!


 駆ける。その先では朔羅が振り回した大鎌を跳んで躱し、その刀身の上に乗り上げる蛇の面。彼奴はそのまま朔羅の顔面を蹴り飛ばそうと足を振り上げる。

 させるか――!


 ――扇空時流、焔蓮華。


 間一髪、朔羅の前に躍り出た京太の剣が蛇の面を襲う。これを避けてみせる蛇の面だが、京太はそのままひたすらに斬りかかる。

 そのことごとくを躱していく蛇の面だが、その動きは後退のみに縛られていた。

 追い立てられ回避に専念する蛇の面へ、京太は勢いのままに蹴脚を見舞う。これを避けられず蹴り飛ばされた蛇の面は壁に激突して倒れる。


 これで四対四。数の上では互角。もう一人二人を片付けて鷲澤老を追わねば。

 彼がなぜ『龍伽』を狙っているのかはわからないが、止めねばならないことだけはわかる。


 京太は振り返り、次の相手に肉薄しようと地面を蹴ろうとして――。


 ――その足が、まとわりついた蛇によって動きを止められていた。

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