Chapter 2-3

 地下鉄の駅から歩いて15分ほどの距離に、その時代に取り残されたような木造の建物は軒を連ねていた。

 アンティークショップ『螺旋の環らせんのわ』。軒先に吊るされた小さな看板には、いかめしいレタリングでそう記されている。


 まだ日も登って間もないころ。

 京太きょうたは一人、この店を訪れていた。

 開店の札は出ていないが、ドアは開きベルが鳴る。


「邪魔するぜ」

「あら、扇空寺せんくうじ君。こんな早くにどうしたの?」


 店内にいたのは穂叢ほむらなぎさ。京太の通う高校で生徒会長を務める少女だ。

 彼女はここのオーナーであり、住人でもあった。

 昨日はメガネをかけていたが、今は裸眼である。


朔羅さくらはまだ起きてねぇのか?」

「ええ。昨日は遅かったから、ぐっすりよ」


 カウンターで頬杖を突く彼女の、大きく前がはだけたワイシャツから覗くのはこれまた深い谷間だった。

 朝から眼福である。拝み倒してもよかった。


「……はっ。あぶねぇ、目的を忘れるとこだった」

「ふふっ、それでご用件はどちらにかしら。アンティークショップ? それとも?」


 なぎさは心底楽しそうに口元を歪める。


「わかってんだろ、アトリエだよ」


 京太はカウンターの椅子に腰かけた。


「昨日、天苗黄泉あまなえ よみを名乗る『魔』を討った。ただ、ちっとしくっちまったみたいで、まだ生きてるかもしれねぇ」

「あら。珍しいわね、それはおおごとだわ。扇空寺の頭領ともあろうお方が、獲物を取り逃がしてしまうだなんて」

「笑いごとじゃねぇんだよ。『眼』を使って探してるが、まだ見つかってねぇ。だからまぁ、もし先にお前らが見つけたら教えてくれねぇか」

「んー……どうしようかしら」

「……いくらだよ」

「ふふっ、話が早くて助かるわ。しばらくは資金繰りも楽になりそうね」

「はっ、そいつぁ結構」


 満面の笑みを浮かべるなぎさに、京太は下唇を噛んで顔を背ける。

 なぎさが鼻歌交じりに勘定を始めると、京太はそういえばと口を開く。


「昨日はなにしてたんだ?」

「レポートの締め切り。朔羅が遅いから、ギリギリになっちゃったのよ」

「はー。そりゃ大変だな」

「まあ、アトリエを使わせてもらってる身だもの。仕方ないわよ」


 あまり彼女らの事情には詳しくないが、京太はそういうもんかと独り言ちる。


 と。ドアのベルが再び鳴った。

 入ってきたのは金髪碧眼の美少年、月島水輝つきしま みずきだった。


「おはようございます。来ていたんですね、京太君」

「よう。水輝じゃねぇか。どした?」

「ちょっと、個人的なことでアトリエに相談が」

「あー、だったら俺はいないほうがいいよな?」

「そう……ですね。外していただけると助かります」

「じゃあ、先に扇空寺君の分の計算しちゃうわね」

「へいへい……っと。んじゃ、俺はクソガキさんでも起こしに行きますかね」


 京太は立ち上がる。


「そういや、昨日はなんの用があったんだ?」

「会社に新しい副社長が就任しまして。その祝賀会に出ていたんです」

「ほえー。お前も大変だな……」

「そんな。跡継ぎですから。仕方ありませんよ」


 たった今、似た会話したな。どこも世知辛いものである。


「ところで生徒会長。自宅とは言え、男子の前ですから」

「あら、家なんだからボクの自由でしょう? 勝手に入ってきたのはそっちよ?」


 裸眼のなぎさと水輝は、どうにも相性が悪いらしい。

 京太は肩をすくめながら、店の奥へ向かった。

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