Chapter 2-4

 店の奥は事務所と居住スペースになっていた。

 ここでなぎさと朔羅さくらは二人で暮らしている。


 勝手知ったる他人の家とばかりに、京太きょうたは朔羅の部屋へ向かう。

 ドアを開けようとして、思いとどまって一応ノックしてみる。


 しかし、返事はなかった。


「開けるぞー。言ったからなー」


 ガチャリ。

 返事がないままドアを開ける。


 そこは白と薄ピンクを基調にした、女子力高めの空間だった。

 だがその奥、ベッドの上に寝転がっているのは、布団を跳ねのけて大の字になった珍獣だった。


 身長は小学生並みだが、出るところは出ているワガママバディ……なのに色気をまったく感じないのはこういうところか。


「あぅ~、らめらよ……京太く~ん……しょんな、とこ……うぇひひっ」


 なんかめっちゃイラっとした。

 ※このあと、滅茶苦茶たたき起こした。


「ほれ、さっさと起きやがれっ!」

「ひゃうあううううっ!?」


 朔羅の頭の上で思い切り手をたたく。

 びっくりして目を開けた朔羅は、なにが起きたのかわからずきょろきょろと周りを見回す。


「あ、あれ……? ……京太君?」

「おっす」


 京太の姿を認めると、こちらを見て呆然とする朔羅だったが、やがてヒクりと口を動かす。


「ね……っ」

「ね?」

「ねねねっ、寝顔見たっ!?」

「ああ……。別に減るもんじゃね――」

「朔羅ぱーんち!!」

「おっと」

「うーーーーーーーーっ!!」


 殴りかかってきた朔羅だがやはり、頭を押さえただけで手が届かなくなる。

 両腕を振り回す朔羅だったが、空回りするだけだった。


「もーーーーー!! 着替えるから出てって!!」

「へいへい」


 ぷりぷりしている朔羅を残して、京太は部屋から出ていった。


「……しっかし、なんであんなに気に入られてんのかね」


 やたら隠そうとしてくるけどバレバレだぞ、と。


「ま、朝飯でも準備してやるか」


 それから支度をした朔羅が朝食を食べ終わるのと、水輝みずきとなぎさの話が終わるのはちょうど同じくらいだった。


 四人はともに学校へ向かうことになる。

 『螺旋の環らせんのわ』からは学校まで徒歩で20分ほどだ。

 時間に余裕もあるので、のんびりと向かうことにする。


「珍しいね、朝から二人とも来るなんて。なんの話してたの?」

「ん? ああ、そいつぁあとで会長から聞いてくれ」


 朔羅の問いに、京太はなぎさに視線を送る。

 メガネをかけて服装を正した彼女は、無表情で頷く。


「そうね。アトリエのお仕事よ、朔羅」

「おっ、待ってましたー!」

「お前、昨日レポートで死んでたんじゃねぇのかよ」

「ちょ、あっ、なぎさ言ったでしょー!」


 唇を尖らせる朔羅に、なぎさは何食わぬ顔で視線を逸らす。

 なにも知らない水輝だけが首をかしげる。


「レポート?」

「水輝君は知らなくていいの!」


 笑いながら歩いていると、ふと京太の視界の端に首輪をつけた烏が映る。

 そちらに意識が向いた瞬間、すれ違った通行人と肩がぶつかる。


「っと、すんませ――」


 ――はい、終わりっと。


 そんな声がかすかに。しかし、はっきりと聞こえた。

 そちらを見やると、薄く笑う少年の姿が見えた気がしたが、蜃気楼のように人ごみに溶けて消えた。


 世界の動きがやけに遅く感じる。周りの人の声がやたらと遠く感じる。

 いつの間にか胸をおさえていた。熱い。離した手は真っ赤に染まっていた。


 意識が遠くなっていく。地面が近づく。


 残された力を振り絞り、首輪をつけたからすに目配せして――。

 京太はそのまま、どさりとその場に倒れこんだ。

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