3. 旅の目的

***


「もうね、すっごいんだよ。このひとがね、ドカーンって!! ねぇあれもう一回やってよお兄ちゃん! おじいちゃんに見せたげて!」

「……元気だな……」

 ゆさゆさ。体を揺さぶられクリスは遠い目をしていた。

 隣の椅子に膝立ちの少年は、サニというらしい。サニは自らの頭や全身に巻かれた包帯などものともせず、元気な姿を見せている。そう、彼はつい数時間ほど前に二人が助けた少年だった。

 回復が早くて喜ばしいのか何なのか、分からない。

「すっかり気に入られちゃったね」

 机の向かいで暢気に笑うショウ。

 途中まで魔物と戦っていたのはショウだったはずなのに、サニは最後に魔物を撃退したクリスのことしか見ていないらしかった。結果、クリスだけがやたら懐かれている。

「こらサニ、よしなさい。お二人に迷惑だし、お前の体にも障る」

「えーー」

 ぷく、と頬を膨らませるサニ。

 サニを諫めたのは、ショウの隣に座っている老爺だった。ムールと名乗った彼が、サニの祖父と聞く。ムールとサニは、二人でここに住んでいるらしい。

「でも良かったです。リヴァに入って比較的早く、ご家族の方に会うことが出来て」

「孫を助けて頂いて、本当に本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

 ショウが、続いてクリスが頭を下げ返した。

「それで、お二人は」

「僕は、ショウスイと言います。呼称はショウで構いません」

 ふわり穏やかに微笑んで、ショウが自己紹介をした。いつも通り物腰が柔らかく、どんな人の警戒心も解いてしまうような振る舞い。そんなショウにムールも顔を綻ばせ、それから、クリスにも視線を向ける。

 クリスはショウとは対照的に、少しも表情を動かさずに告げた。

「……クリスです。クリスタル・アーロック」

 淡々と。機械的に。

 愛想一つも持たない挨拶。声は透明な硝子のようで、無機質だった。その冷たさは机上に妙な沈黙を生み、すかさずショウが割って入る。

「すみません、クリスは感情表現が苦手で……悪い奴じゃないので」

「えぇ、えぇ。分かりますよ。サニを助けてくれたのですから」

 ムールは気にしていない様子だった。

 優しい視線を向けられ、クリスは目を逸らす。こういう雰囲気は苦手だ……同じように返せないことが、申し訳なくなるから。

 そのまま話は流れ、話がとんとん進んでいく。二人は旅をしていること。グラシアから出たばかりだということ。最初に辿り着いた街が、リヴァだということ。

 グラシア、という名前を聞くと老爺は微かに目を見開いた。

「グラシア……お二人はグラシアから来られたのですか」

 ショウが頷く。

 グラシアは、独自の文化と伝統を持つ小さな独立国だ。昔はウェスヒュー王国という大国の統治下にあったが、東西北は峠、南は森と自然に囲まれており、その閉塞空間による独自の文化発展を遂げてきた。その扱いを持て余し面倒になったのか、歴史的に何かあったのか詳しい流れは曖昧だが、今は独立国として存在している。

 一方ウェスヒュー王国は今でもこの大陸の大半を支配する大国である。リヴァもその例に外れない。

「珍しい。グラシアの人間はあまり国外には出ないと聞きます」

「はい。国内でも、外へ出ることは推奨されていません……僕らは、ですから」

「ではなぜ、お二人は旅を?」

 それは、と呟いて、ショウの透明な瞳がクリスを捉える。

 クリスは視線を落としたまま、何も答えなかった。答えられない、とも言わない。一人状況を理解していないサニは、首を傾げている。

 何か言えと怒られそうなところではあったが、ムールはそうしなかった。

「すまない。踏み込んだことを聞いてしまったね」

「……いいえ」

「珍しい客人に好奇心が溢れてしまった。年を取ると、厄介になって困る」

 体を揺らしてムールは笑う。

「長い間生きてきて初めて見たよ。クリスくんとショウくんはとても顔が似ている……噂の“ドール”なんだね」

「ドール!?」

 その言葉に食いついたのはサニだ。

 今まで退屈そうだった目を、キラキラ輝かせている。

「ぼく、本で読んだことあるよ! ドールってほんとにいたんだ!」

「へぇ、グラシアの外でもドールって伝わっているんですね」

「ほとんど御伽噺のようなものだがね」

「ドールって『しんあいなるゆうじん』って言うんでしょ!? 一度会ってみたかったんだぁ。あっ、ぼく本持ってくるー!!」

 少年は慌ただしく部屋を出て、慌ただしく戻ってきた。

 クリスが、横目にそっとその表紙を盗み見る。なるほど、児童向けの書のようだった。古けた表紙はセピア色に染まり、不可思議な味を出している。そのタイトルは「グラシアドール物語」。心の内が、微かに燻る音がした。

 そんなクリスに気付かず、サニは頁を開く。


『グラシアには、“ドール”という人形を作る伝統があります』

『お父さんとお母さんが、生まれる子どものためにドールを作るのです。子どもの、お友達になれるように』

『グラシアのドールには、ふしぎな力があります。人間と同じ姿をしているだけでなく、人間と同じように動き、心があり、そしてなんと、人間と同じように成長するのです』

『なので彼らは、普通の人間となんら変わりありません』

『ドールは子どもと一緒に成長します。そうして、楽しみも、苦しみも分かちあうのです』

『特に苦しいこと、かなしいことを、彼らは』


「終わりにしてくれ」

 楽しそうな読み聞かせを、遮る声があった。

 淡々として、無機質な声。それでも、いつもよりどこか焦り……苛立ちを含んだ声。サニはぴたりと音読をやめる。戸惑ったような顔をして、声の主……クリスを見上げた。

「どうして? ぼく、ここからが一番好きだよ」

「……俺は好きじゃない」

 ふい、と背けた顔を。

 ショウが複雑そうに見つめていた。ムールは何か事情があることを察したのだろう、何も言わない。サニは数回瞬きしたが、それ以上音読を続けることはなかった。

「ねーねー、クリスとショウはどっちがドールなの!? あ、待って、自分で当てる!」

 じーーーっ。

 目頭にシワを寄せて、目線がクリスへ、ショウへ。またクリスへ、ショウへ。何度か繰り返した後に。

「わかった! クリスだ! クリス、すっごく強かったもん。持ち主のショウを守ってるんでしょ、そうでしょ!?」

「……さぁ」

「それも! クリス、笑わないんだもん。お人形さんみたい。ねぇそうでしょ」

「こらサニ」

 再びムールが少年を諫めた。と、同時、サニが「いてて」と頭をさする。沢山言葉を発したことで頭に響いたらしい。

 折角助かったのだから、休めばいいのにとクリスは嘆息する。

「今日は休みなさい、サニ。……クリスさん、ショウさん。もし今日、寝泊りの場所が必要でしたらうちを使いませんか」

「良いのですか?」

「えぇ。サニを助けてくださった、お礼も兼ねて」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてください。……良いよね、クリス?」

 問い掛けに、クリスは頷いた。今日は元々、リヴァで一夜を過ごすつもりだった。宿を利用しなくて良いのなら都合が良い。

「ありがとうございます」

 精一杯に、言う。

 ムールはやはり、上手く感情を示すことの出来ないクリスを受け入れて「はいよ」と朗らかに笑っていた。



(……グラシアの外。期待していたけど、思うような収穫が得られるかは不安なところだな)

 夜。月明かりが街を青く染め、布団の布ずれ音だけが、静けさにそっと囁きを添える時分。灰色の掛布団に包まり、自分の手元をぼーっと見つめる。ショウは自分の隣に寝床を用意されているが、今は何処かへ行っているらしく、空白が鎮座している。

 ふと、クリスは自らの首元からネックレスの紐を引っ張り出した。片時も離すことのない、水滴状の水晶を。

(外の人は、思うよりドールのことを知らなかった)

 グラシアの中で探せないなら、外で。そう、思っていたけれど。

(本当に、“方法”は見つかるのか?)

 心を掠めた不安を紛らわせるように、きらきら。水晶は、月の光を纏って、青白い色に淡く輝く。透明は、周りの色に染まる色。その場の色で、姿を変える。

 透明なクリスの瞳も、また。

 静かに、冷静に、青く揺らめいた。

(……いや、まだ旅を始めたばかりだ)

 明日には、もうリヴァを発つ。

 水晶を両手で包み込んで、握って。祈るように、目を閉じた。人形、という言葉が頭を過る。

 感情の無い人形でもいい。この思いだけ失くさなければ。

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