第10話

 

 シャワーを浴び、乾ききっていない髪の毛のままベッドに寝ころんで、少し肌寒い部屋の天井を見上げた。

 智明は明日からのことを、混乱したままの頭でぼんやりと考える。

 碧が四本目の缶チューハイを飲み干すまでリビングで話し合ったが、結論は出なかった。

 碧は正直に智明との関係を、ハウスの人たちに話したいと言う。

 智明も二人の関係が以前のように戻るのならば、そのようにするべきだと思う。

 碧は関係修復のために、努力すると智明に訴えた。

 智明も正直、碧の一途な気持ちは嬉しかった。

 しかし、素直に碧を受け入れる気持ちの準備が、智明にはまだできていない。

 自分自身も以前のような関係に戻れれば、と思い始めていた矢先での、驚天動地の碧のシンビオシスへの入居だった。

 碧の素性をみんなに正直に話しても、ハウスの住人なら強い関心を示さないような気もする。

 また、二人が望まなければ、お節介を焼いて二人の関係修復に尽力しようとはしないだろう。その辺の距離感が絶妙なのが、シンビオシスの住民のいいところだ。

 とは言え、同じ屋根の下に問題を抱えたカップルがいることに対する気遣いは生じるだろう。

 智明としてはハウスの人たちに余計な気遣いをさせることは、極力避けたいところだ。かと言って、互いに他人・・のふりをしてこのハウスで生活を送ることは、二人の性格上絶対に無理だ。

 シンビオシスで初めて迎える年末年始。

 重信は実家に帰っているが、市川や多佳子がどのように過ごすのかは聞いていない。

 帰省するところと時間のない遠藤は、年末年始も仕事だ。

 肝心の碧が、どう過ごすのかは聞きそびれていた。

 実家は埼玉県の三郷市だから、正月に行き来をするのに特段の準備はいらないだろう。それとも、会社の友だちと、どこかに旅行でもするのだろうか……。

 そう考えたら、ふと、あの山崎というニヤケた男の顔が頭に浮かんだ。

 あいつとはどうなったのか?だが、シンビオシスに越してくる程だから、あの軽薄そうな男とは何もなかったのだろう。

 時間ときの経過なのか、あるいは碧の一途な行動のせいなのか……。自分でもよくは分からないが、今は碧の言うことを信じることができそうな気がする。

 結局のところ、シンビオシスの人たちには碧との関係を正直に話すべきなんだろう。

 明日の朝、シンビオシスの住人に正直に話すことを碧に提案をしてみよう。

 そう思ったら何故か嬉しくなり、同時に気恥ずかしくなった。

 智明は慌てて電気を消し、布団を被って眼を閉じた。

 

 翌朝十時過ぎ。

 一階に下りると、共用リビングの方からテレビの音が聞こえてきた。

 誰かがニュースを観ているようだ。

 野菜ジュースを取るために共用キッチンにある冷蔵庫に向かうと、ソファに座っている艶やかな銀髪が見えた。

「トモ君?」

 足音に気づいた多佳子が、声をかけてきた。

「……あ、はい。お、おはようございます。多佳子さん、き、今日はお休みですか?」

 多佳子がいるとは思わなかったので、智明は狼狽えてしまい、少し噛み気味に応えた。

「何よ、寝不足で口が回らないの?それとも飲み過ぎ?」

 キッチンに向けて、多佳子が張りのある声で訊いてきた。

「あ、いえ……あ、まあ、飲み過ぎですかね。へへへ」

 ぎこちない愛想笑いを交え、智明は応える。

「何よ、その変な笑いかたは。何かあったの?いつものトモ君らしくないわね」

 流石の観察力を見せるな、と智明は舌を巻いたが、多佳子からすれば智明の表情から何を考えているのかくらいは、いとも簡単に分かってしまう。

 それこそ、その辺の小学生にだって分かってしまうかもしれない。

「あ、いえ、多佳子さん……お仕事は?お休みですか?あ、年末年始の休暇ですよね。へへへ」

 智明は揉み手せんばかりの低姿勢で訊き、慣れない作り笑いをした。

「何がへへへよ。気持ち悪いから止しなさい」

「いや、その……あ、多佳子さん、お正月はどこかにお出かけするんですか?」

 取り繕うように言って、野菜ジュースを一口だけボトルから直接飲んだ。

「明日からお友達と北海道に行く予定よ。お土産はちゃんと買ってくるから楽しみにね。それより、トモ君、彼女と仲直りしたの?」

「は?」

 多佳子の予想もしていなかったビーンボールをまともにくらい、智明は思考が一瞬停止した。

 呆けた表情になり、多佳子に焦点が定まらない視線を向けた。

「彼女、昨日からこのハウスに越してきたでしょ。お正月は二人でどこかに行くの?」

 速球がこめかみに直撃したような衝撃で、智明は野菜ジュースのボトルを床に落としそうになった。

「へ?いや、あの、えーと、なんのことですかね?へへへ……」

 必死に誤魔化そうと試みるが、上手い言葉が見つからない。

 何故、碧のことを話すのか。

 今朝、多佳子と碧は会ったのか。その時に碧が正直に自己紹介・・・・をしたのか……。

「あなたたち、似た者同士ねー。嘘がつけないっていうか、正直者というか。さっき、私の隣に部屋に越してきましたって、可愛い子が挨拶してくれたけど、直ぐにピンときたわ。以前、トモ君から彼女の名前聞いたことがあったから。それに、二人が一緒にいる姿を想像しても違和感がないしね」

 多佳子は柔らかい笑みを浮かべながら言った。

「あ、あいつ、多佳子さんにゲロったんですか?」

「ゲロったって……トモ君らしくない下品な言い方するわね。で、あいつがどうしたって?それ、彼女のこと?」

 多佳子は揶揄い半分の当てずっぽうで言ったことを、あっさりと認める智明を微笑ましく思った。

 だが、追及の手を緩めることなく、少し意地の悪い口調で訊き返した。

「あ、いや、だから、その、自分と付き合ってたとかなんとか……」

 最後の方は消え入りそうな声で智明は応えた。

 照れ隠しもあり、持っていた野菜ジュースをまた一口だけ飲む。

「そんなこと言わないわよ。でも、さっきも言ったように私は直ぐに分かったわ。この子はトモ君の彼女だって」

「か、彼女じゃありません!元……です」

「あれ?仲直りしたから一緒に住むんじゃないの?だったら、なんで彼女、黒岩碧さんだっけ?碧さんはわざわざこのハウスに越してきたのよ」

 多佳子は当然の疑問を口にした。

「そんなの、俺、あ、いや、ボクには分かりませんよ」

 智明は口を尖らせた。

「トモ君、照れなくてもいいのよ。すごくいい子じゃない。トモ君とお似合いよ。そんな変な意地張らないで、素直にやり直したら?だって、トモ君だってやり直したいんでしょ?」

 多佳子は心の奥底までも見通すような視線で、智明を凝視した。

「いえ、ボクは、そんな……」

「そんなって、どんな?」

「いや、ですから、やり直したいとか、そんなのないですから……いや、ホントに。あ、パン焼いてるんで……」

 蛇に睨まれた蛙そのもののように、智明はしどろもどろになった。

 飲み残しの野菜ジュースを冷蔵庫にしまい、この場を避難しようと嘘を言って、二階の自室に足を向けた。

 しかし、とことん運とは縁のない智明には最悪のタイミングで、リビングに碧が登場した。

「あ、先程はどうも……え?」

 碧はテレビの前に陣取っている多佳子に明るい声で挨拶をした。

 同時に、キッチンで棒立ちしている智明にも気づき、軽やかな足取りに急ブレーキがかかった。

「いいえ、こちらこそ。どこかにお出かけ?」

 黒のダウンジャケットを着込んでいる碧を一瞥して、多佳子が訊いた。

「あ、はい。食料品とこまごまとした日用品を買いに行こうかと……」

「あ、だったら、あそこでボーっと突っ立てる彼に付き合ってもらったら?結構な荷物の量になるでしょうから少し手を貸してもらいなさいよ。彼はすごく優しい人だから大丈夫よ、って、知ってるでしょ?」

 多佳子の澱みのない言葉と内容に驚いた碧は、身体を硬直させて智明に助けを求める視線を送った。

「あ、いや、ボク、これからパン食べて、それから洗濯しなきゃならないんで。それと、部屋の大掃除も……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早く着替えてきなさい!ちゃんと、商品毎にどの店がいいのかを碧さんに教えなさいよ!それから、お昼ごはんもご馳走しなさい。いいわね!」

「あ、はい……え?昼飯もですか?」

 多佳子の命令口調に反射的に頷いてしまったが、全面降伏だけは避けようと智明は虚しい抵抗を試みた。

「そうよ、何か文句あるの?早く支度してきなさい。財布も忘れずに!」

 多佳子は、唖然として立ち尽くす碧を意識しながら、智明に言った。それから、「トモ君の支度が出来るまで、ここに座って待ってて」と、ソファを軽く叩き、碧に優しく微笑んだ。

 智明は急いで部屋に戻り、慌ただしく支度をして一階に下りた。

 多佳子と楽しそうに話をしている碧を手招きし、連れ立ってシンビオシスを出る。


「いつもあんな感じなの?」

「まあね。開けっ広げっていうか、大らかっていうか、ある意味男前・・だね」

「あ、その表現分かる!」

 碧は寒さに肩をすくめて歩きながら言って、手袋をした手を叩いた。

 以前なら、自然な感じで腕を組んできたが、今は当然そのようなことはせず、薄いピンクの手袋をした両手が手持無沙汰に見えた。

 大晦日を明日に控えて気を急かされるような街中で、二人は碧が必要とする買い物を済ませた。

 それから遅めの昼食を摂るために、中華鍋がリズミカルな音を立てる三龍亭に入った。

「でも、老川さんって素敵よねー」

 とりあえず瓶ビールと餃子を頼み、智明が注いだ瓶ビールを一口飲んでから碧は言った。

「うん。どう逆立ちしても多佳子さんには敵わない」

 小皿に盛られた搾菜を咀嚼しながら、智明は言った。

「ホントに綺麗な女性ひとよね。歳はいくつくらいなの?仕事は?独身?髪の毛は染めてるの?なんで、ハウスに住んでるの?」

 初対面から多佳子のパワフルさを目の当たりにした碧は、好奇心を露わにして訊いてきた。

「なんだよ。そんなに矢継ぎ早に訊くなよ」

「だって、興味がわくわよ。あんなにスタイルが良くて綺麗なのに、明るくて嫌味はないし。女の私から見てもカッコイイって思っちゃうのも当たり前でしょ」

「まあ、言ってることは分かる……」

 そう言って、智明は間を取るように、コップのビールを飲んだ。

 女性の立場から言った碧の〈カッコイイ〉から、多佳子の秘密・・を想起してしまったが、直ぐに頭を振って打ち消した。

「どうしたの?ビールが冷たくて、頭がキーンってなった?」

 頭を振る智明を見て、碧は見当違いなことを訊いてきた。

 その言葉で智明は少し落ち着いた。

「いや、大丈夫。でも、俺の口から多佳子さんのことを話すのはなんか違う気がする。興味があるんなら直接訊けば?多佳子さんなら隠さずに話してくれるよ」

「ケチ!でもそうだね、個人情報だもんね。それにあんな素敵な人のことだからトモの主観が思いっきり入った情報になっちゃうしね」

 智明の空いたコップに瓶ビールを注ぎながら、碧は頷いた。

「でも、完璧にバレちゃってるな。お前、多佳子さんに挨拶したときにそれっぽい話をしたんじゃないの」

 注いでもらったビールを苦そうに飲みながら、智明は言った。

「話すわけないでしょ!今朝、リビングに行ったら老川さんがテレビを観ていたから、声をかけて挨拶をしたの。でも、部屋の番号と名前だけよ、話したのは。老川さんも部屋番号と名前を返してくれて、女性は二人だけだから仲良くしましょうねって。それより、トモが老川さんの誘導尋問か何かにつられたんじゃないの」

 碧は頬を膨らませて抗議し、油で汚れたメニューに視線を落とした。

「……ごめん。カマをかけられて」

「ほら!やっぱりね、そんな気がしてた。でも、結果的には良かったじゃない。話すかどうか悩んだけど、向こうの方から察してくれて……で、ここは何がお勧め?」

 メニューを智明の方に渡しながら、碧は言った。

「中華丼とかチャーハン。広東麺や五目そば。それと、もやしそばとタンメンもイケる。まあ、確かに多佳子さんに見抜かれて良かったかもな。この先、隠し通すのは大変だったろうから」

「何が隠し通すよ!一発でバレたじゃない……じゃあ、広東麺にしようかな。トモは?私が麺類だから、中華丼かチャーハンにする?」

「お前が広東麺だと、中華丼の餡と被るな。俺はチャーハンにするよ。ここのはしっとり系だけど美味いんだ。ボリュームもあるからコスパもいいし」

 智明は言ってから、碧のペースで事が進んでいることに気がついた。

 もしかしたら、碧と多佳子は初対面にも関わらず、しっかりと打ち合わせていて、自分は二人に踊らされているだけかもしれないという疑惑が、頭に浮上し始めた。

「チャーハンと広東麺をお願いします」

 碧は餃子を運んできた若い中国系の女性店員に注文し、智明に屈託のない笑顔を見せた。

「あと、ビールをもう一本」

 智明は厨房に戻り始めた女性店員に、瓶ビールの追加を頼む。

 目の前の碧が微笑んでいるのを見ると、碧と多佳子の二人に踊らされるのも悪くないな、と思った。

 

 碧は翌日の大晦日に実家に帰り、多佳子も予定通りに北海道旅行に出かけた。

 市川と重信は既に自宅に帰っていていない。

 智明はしんと静まり返ったシンビオシスで、言いようのない寂寥感に襲われた。

 大晦日も仕事の遠藤は、夜遅くに仕事から帰ってきた。

 リビングでバラエティ番組を観ていた智明に、「紅白観ないんですか?」と訊きながら、缶チューハイ持参でソファに崩れるように座った。

「あ、お疲れさんです。紅白、観ます?」

 焼酎のロックをチビチビと飲んでいた智明は、テレビのリモコンでチャンネルを替えた。

「あ、いいんですか?今どきの若い人は、紅白をあまり観ないんじゃない?」

 智明の目の前にあった柿の種を手刀を切ってから一掴みし、口に放り込みながら遠藤は言った。

「若い人って……そんなに若くないですよ。紅白は観ないのかって言えば観ないですねー。でも、テレビはなんでもいいんですよ。大晦日の夜に一人で部屋にいてもなんだかなーって感じだったので、ここで遠藤さんが帰ってくるのを待ってたんです」

「そうですか、それはそれは。でも、野郎二人だけの大晦日も悪くないですね。去年までは一人でしたから」

「そうなんですか。年末はいつもこんな感じです?」

「そうですよ。市川さんと重信さんは自宅に、老川さんは旅行。小原さんは年越しライブに出かけて、そのまま三が日はどこかにいてハウスにはいませんでしたから。内間さんの部屋にいた松永さんは、実家に帰省していましたね。ところで、一昨日ハウスに女性が越してきたみたいですけど、内間さんはもう会いました?」

「ええ、まあ」

 碧は今日の昼過ぎに智明の部屋のドアをノックして、今から実家に帰ると報告しにきた。

「どんな女性ひとですか?若いんですか?」

「ええ……若いです」

「会ったんでしょ?」

 歯切れの悪い智明を見て、遠藤は確認するように訊いた。

「ええ、まあ、会いました……けど」

「けど?何か事情がありそうだったり、それとも変わった女性ひとなんですか?」

「いえ、そんなことはありません。全然変な女性ひとじゃありません」

 智明は両手を振って、全力で否定した。

「だったら……なんかおかしいですね、今日の内間さんは。あ、そうだ。売店のおばちゃんにカツサンド貰ったんだ。今持ってきます」

 智明の知らない男性の演歌歌手が唸るように歌っている画面を一瞥して、遠藤は間を取るようにソファを離れた。

 階段を上がっていく遠藤を見ながら、智明はどう言い繕うかと思案したが、正直に話をすることにした。

 どのみち、多佳子にはバレているのだから、遠藤に伝わるのは時間の問題だ。

「会社の仕事納めの時、余った焼酎を貰ってきたんですけど、こっちの焼酎も一杯どうです?」

 部屋から戻ってきた遠藤は、智明が飲んでいる〈兼八〉のボトルの横にグリーンの七百二十ml瓶を置いた。

「あ、〈魔王〉じゃないですか!」

「封は切れてるけど、ほとんど丸々入ってるから遠慮なくどうぞ。今日は飲み過ぎても注意をする人はいませんから」

 自分の氷の入っているグラスに魔王を注ぎ、芳醇な芋の香りを楽しむようにして、遠藤は一口飲んだ。

「はい、遠慮なくいただきます。せっかくの魔王だからグラスは代えたようっと。ついでに冷蔵庫に厚揚げがあるから、トースターで軽く炙ってきます」

「ありがとう。老川さんは今年はどこに行ってるんですかね。あと、その越してきた女性は、今いないんですか?」

 カツサンドを頬張り、遠藤は訊いてきた。

「ええ、まあ、いません。あのー、遠藤さん、実は……」

 智明は浮かせた腰をソファに戻した。

 やたらと人数が多い女性アイドルグループが、キンキンとがなり立てる画面を興味なさそうに観ている遠藤に、意を決して碧のことを話した。

「うらやましいなー。内間さん、良かったじゃないですか!私も一度でいいから女性に追っかけてもらいたいですよ。絶対に無理だろうけど」

「追っかけるって、そんなんじゃないんですけど……」

 酔いのせいではなく、耳朶を赧らめて智明は軽く手を振って否定した。

「でも、わざわざハウスに越して来たんでしょ?健気でかわいいじゃないですか」

「いえ、だから、そんなんじゃないんですよ」

 〈けなげ〉という最近聞かなくなった語感とかわいいという言葉に、智明はますます気恥ずかしさを覚えた。

「ふーん。お会いするのが楽しみですね。いつ、ハウスにお戻りです?」

「多分三が日は実家だと思いますけど……でも、そんなに遠方じゃないので、ひょこっと戻ってくるかもしれません。まあ、そういうことですので、よろしくお願いします」

 グラスを持って、智明は逃げるようにキッチンに向かった。

 

 何事もなく正月三が日が過ぎた。

 仕事始めの前日の夕方。自宅から戻っていた市川と、旅行から帰って来ていた多佳子、そして暇を持て余していた智明の三人が、自然な流れで共用のリビングに集まった。

 遠藤は元旦だけは休んだが、二日の早朝から応援販売の仕事に駆り出されている。

 松の内は休みがないとぼやいていて、この日も帰宅は十時過ぎになると言っていた。

 マー君は始業式の日は実家から直接学校に行き、授業が終わってからシンビオシスに戻ってくることになっている。

 碧も明日から仕事始めのはずだが、碧がいつハウスに戻ってくるのかを智明は聞いていなかった。

 元日の朝、ブロックを解除したラインに新年の挨拶らしきコメントは送られてきたが、予定に関しては一切触れられていなかった。

 智明の方から素直に誘ったり、予定を尋ねればいいと思うのだが、わだかまりや照れ、恥ずかしさに子供じみた意地もあって、碧に正月の予定を訊くことができなかった。

 本心では碧と初詣に行ったりして二人の正月を楽しみたかったのだが、完全無欠の孤独な寝正月になってしまった。

 久しぶりに市川と多佳子の二人と一緒にいると、気持ちが落ち着く。

 二人から発せられる豊富な経験と見識から語られる言葉が、智明の胸の奥に静かに沈殿していくのが分かる。

 この場で、新しい住人となった碧のことが少しだけ話題になった。

 市川は多佳子から智明と碧の関係を聞かされても、「ほう、そうだったんですか。それは良かったですね」と言って、智明に笑顔を向けただけだった。

 こういうところが市川のいいところだと、智明は改めて感心した。


※最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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