エピローグ
46話 メッセージ
拝啓
自分へ
これは、今の俺と、未来の俺に対するメッセージだ。今、国がどうなっているか。俺の周りがどうなってるかを書こうと思う。
なんせ、自分の体を吹き飛ばしてから2ヶ月近く眠ってたもんだから、俺も状況を把握しきれてないんだ。
だから、自分の中での状況の整理と、未来の俺への備忘録として残す。
俺たちが勝ち得たものが、どれほど重要で、かけがえのないものか忘れないために。
まずはつまらない
イザナミシステムがぶっ飛び、ナスカが国家中枢としての役目を果たせなくなって、党は大パニック。かと思えばそうでもなかった。もとより、ナスカはイザナミシステムに支えられた、言い方は悪いが『お飾り』的なところがあった。ライナの作戦のおかげで、ナスカは皆に認められた独裁者になったけど、今後の政治はイザナミシステムの代わってに各省が行うことになった。
だから、ナスカがあの日、国民に約束したことの中で『絵を描くことを禁じない』というのは、実現できていない。浄火省の役人どもが、仕事がなくなると猛反発してるらしい。ナスカは公約を達成できなかったことに対して
「ライナとの約束を守れなかった」
って言ってしょげてたが、ライナはライナで
「いつとは約束してないから、まだ殺さない」
なんて物騒なこと言ってやがった。あいつらいったい何を約束したんだ?
それに、各省もイザナミシステムに頼り切ってたとこがあり、今は法案をまとめるのも、ろくにできない状態だ。責任逃れのためか、議会制を復活させようという声まであるらしい。この国の政治はまだまだ一波乱ありそうだ。
そしてステインが死んだ今、俺もお役御免になった……かと思いきや、そういうわけにもいかなかった。
特広対は今後も理日田のおっさんの下で活動を継続することになった。メンバーも草間さん、ライナ、俺で続投だ。
イザナミシステムはぶっ壊したが、なんとヨシュクシステムの機能は健在で、今回の事件を機に、社会不安が右肩上がりの一途を辿ってると確認された。ホクサイシステムを使った国民への洗脳も解け始めてる。俺たち特広対は、新たな政府での治安維持のために活動をしなければならないんだそうだ。
軍を使えばいいのにと思ったけど、なんでも前回の暴動のとき、首都に駐留してた機甲部隊が全滅してやばいらしい。うちの国の暴徒たちも、やるときはやるもんだね。
具体的に何をやるかは決まってない。とりあえず消さないでおいてくれたことと、俺を技賀から救ってくれたお礼に、理日田のおっさんにキスをしようとしたら、ゴキブリを見るような目で睨まれて拒否られた(やっぱりおっさんは俺が嫌いなんだ)。
不透明な未来に不安もあるけど、今はこれでいいと思っている。
政府の中に居れば、ナスカの近くにいることができる。勿論、ナスカを守るためにだ。
あいつのそばには護衛官がいるけど(あろうことかナスカは技賀に従ってたあいつらを今も従えてる。信じられねぇよ)(これって嫉妬か?)、今後、ナスカを疎ましく思って、ナスカの命を狙う連中が出てこないとは言い切れない。そんな時、影からナスカを守る力が必要だ。それがステインとしての俺なのか、鍵巣ヒオリとしての俺になるのかは、まだ分からない。
でも、どっちでも良い。どっちも俺で、どっちもナスカが好いてくれた俺だから。
愛する人のために、俺は戦い続けたいと思う。
さて、忘れちゃいけないのが、そんな愛の戦士の相棒、番櫛ライナさんだが、なんと彼女は今凄いプロジェクトのリーダーに――
「ちょっと! サボってないで手伝いなさいよ!」
――続きはまた今度。
◆
「やー! 悪い悪い! ちょっと集中してたわ」
ヒオリはリストのメモ帳を閉じながら、自分を呼んだ声の方に駆け出す。
「発案者はあんたなんだから、あんたが一番働きなさいよ」
12月も終わりに差し掛かった日の午前3時。寒さは厳しく、ライナが相棒を罵る度に、その口から白い息が吐きだされた。
「ごめごめ、すぐやるから」
「ったく、国家元首だけにやらせてるんじゃないわよ」
ライナが視線を向けた先には厚手のコートに身を包んだナスカがいた。彼女は防毒マスクを装着し、絵筆のように塗料のついたモップを、引きずるようにしながら歩いている。
三人は夜の学校のグラウンドの上に立っていた。ライナはこうなった経緯を思い返す。
彼らがこの場にいたのは、ナスカが母、ミラをきちんと埋葬できなかったことを悔やんでいると、ライナ経由でヒオリが知ったことが発端だった。
「死んだら人はお星さまになるっていうだろ? 代わりになるかは分かんないけど、星に向けてお祈りすれば、実質墓参りじゃねぇか?」
東京はラスコー動乱。そして、ライナたちが起こした暴動から未だに回復しきれておらず、夜間の電力消費などを抑えるよう、通達が出ていた。街が明かりを消した結果、東京の夜空には星が浮かび、今夜も三人の頭上で輝いていた。
そして、ナスカは祈るだけではなく、あることを提案した。
「じゃあ、絵を描こうよ。ボクたちは元気だよって、空のお母さんにも見えるくらいに、おっきい絵を」
天空の死者に自分たちの健在を伝える地上絵。それを広いスペースがある学校のグラウンドに描くことになった。そして、地上絵のデザインはライナが担当することになった。
ライナが意識を現在に戻すと、モップをヒオリに託したナスカがよろよろとこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ごめん、ボク、気持ち悪くなっちゃって」
溶剤の臭いで気分を悪くしたナスカの顔は、懐中電灯のか細い明かりでも青くなっているのが分かった。
「お疲れ。少し座って休んでて」
『あとはあの人造人間に任せましょうっす、お姉ちゃん』
ライナのリスト越しに聞こえたアンネの声に、ナスカは首を振る。
「ちょっと休んだら、すぐ戻るから」
「いいから、ゆっくりしてなさい。フラフラで線がぶれたら困る」
ナスカはしぶしぶライナの横に座って、グラウンドに線を引くヒオリに「がんばってー」と小さく声援を送った。
『線で思い出しましたが、現在のペースだと用意した塗料が足りなくなるっすよ』
アンネの指摘にライナは髪をかきむしる。
「あー見通しが甘かったかぁ……どうしよう」
『もしよろしければ、自分がライナの下絵を元に、現在の塗料の残りでできるデザインの代替案を提示させていただくっす』
「いいわね、やって」
1秒と立たないうちに、ライナのリストからアンネが生成したデザインが数パターン表示される。それを遠くから見たヒオリは声を上げた。
「なーそいつもホクサイみたいなAIだぜ。使って良いのかよ」
『あー?! お前が最初に塗料をつけすぎたのが悪いんじゃないんすかぁ?!』
「あん?! やんのかクソAI!」
『上等っすよ死にぞこない!』
「ふたりとも喧嘩しないで」
二人を諫めたライナだが、その表情はどこか楽しそうだった。
「人間が描いて味のある部分と、AIの独創性がある部分。両方あって素敵な絵になりそうだから。二人ともこの絵には必要よ」
「……相棒がそう言うなら」
『……現状の
まだ不満げな様子で似たような言葉を言った二人がおかしくて、ライナとナスカは顔を見合わせて笑った。
「ヒオリ、新しいデータを送るから、それに沿って描いて。私は反対側を描くから」
「了解、相棒!」
「ボクもやるよ。懐中電灯で照らすくらいならできるから」
「無理しないでよ」
サムアップと共に答えたナスカに頷き返し、ライナは絵を仕上げるべくモップを手にした。
◆
空が白み始めたころ、絵は完成した。三人は出来栄えを確認するために校舎の屋上からグラウンドを見下ろす。
「わぁ! すごい!」
「宣伝省の記念館に書いたやつとはスケールが段違いだな」
絵の出来栄えに感嘆するヒオリとナスカ。アンネも派手なSEを流して讃える。
『自分が最後にいじっちゃいましたけど、元デザインのよさがでてるっすね。流石ピックシスター。絵で大衆を動かしただけはあるっす』
ライナは肩をすくめた。
「別に私が特別なわけじゃない。私だけじゃ、この絵は描けなかった」
ライナはヒオリ、ナスカ、そしてリストで表示したアンネの三人を、かけがえのない友人たちに眼差しを向ける。
「みんながいたから、こんなにいい絵が描けたの。だから、ありがとう」
ライナの穏やかな笑みと感謝の言葉に、三人は照れくさそうな表情を浮かべる。
「お礼は言うのはボクたちのほうなんだけど……」
「なんか、そう言われると、恥ずかしいな」
『そんなこと仰られたら、シンギュラリティは先伸ばしにしたくなるっすよ』
暖かな雰囲気が彼らを覆ったのもつかの間、機械の駆動音がそれを邪魔した。
『げっ、治安省の監視用ドローン接近中っす』
「え、え、どうしよう。まだ絵を描くのは合法になってないし、ボクたち逮捕されちゃう!」
「いや、私たちはともかく、独裁者を逮捕する独裁国家はないでしょ」
「気にすんな、ナスカ」
ヒオリは不安そうなナスカの頭を撫でる。
「そろそろ夜が明けそうだ。星が出てるうちに、お祈りしようぜ」
「う、うん……」
ナスカはライナのほうもちらりと見てから、膝をつき、手を組んで目を瞑った。ヒオリとライナはゆっくりとナスカから離れたあと、互いに口角を思いっきり上げた。
「じゃ、かますか。相棒」
「ええ、やってやりましょう」
二人はドローンが迫る方へ顔を上げた。
◆
都内の高校のグラウンドに墜落した治安省のドローンが、その直前に短い映像を記録した。その映像には大日本共和国の最重要機密に触れるものが写っていて、回収後に即座に削除処理された。
ドローンは都内の高校のグラウンドの様子を捉える。
グラウンドには赤い塗料で、大きく翼を広げる鳥の地上絵が描かれていた。不死鳥のようなその鳥の絵は雄大で、見る者を引き付ける迫力があった。
絵の全体を捉えたドローンは降下し、高校の校舎屋上にいる三人の人影をカメラに写す。
三人の内一人、この国の国家元首に似た白髪の少女は、絵と夜空に向けて祈るように合掌していた。
そこから少し離れたところには、不敵な笑みを浮かべた二人の少年少女がドローンを見据えていた。
並んで立つ少女が何か叫び、その声をドローンのマイクが拾う。
「ねぇ! これを見てるどっかの誰かさん! これが私たちの勝ち取った未来。選び取った答え。そして、あんたに向けたメッセージよ。しっかり受け取ってよね!」
少女は突き上げるように中指を立てた。同時に、隣にいた少年が持った拳銃がドローンに弾丸を放つ。
駆動部に致命的なダメージを負ったドローンは、姿勢を崩しながらグラウンドに落下した。
ドローンはひび割れたレンズで地上絵の赤い線と、登りゆく輝かしい朝日を写した後、機能を停止した。
【完】
PIC SISTER ! ~この国では絵を描くことが禁じられています~ 習合異式 @hive_mind_kp
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