43話 Song of Myself


「随分と頑張るわね、ヒオリくん」


 技賀は階段から、護衛官と戦い続け、傷だらけになったヒオリを見下ろす。熱で焼かれた傷口は塞がらず、痛みと出血をヒオリにもたらし続けていた。

 手に持つ武器もヒオリ同様ボロボロで、笑警棒は折れ曲がり、マチェットは刃こぼれで使い物にならなくなっていた。それらの武器を持った手をだらりと下げ、肩で息をしながら立つのが、今のヒオリには精いっぱいだった。


「分かってると思うけど、あなたは勝てないわ。絶対に」


 技賀の言うことは事実だと、ヒオリも内心認める。相対する護衛官の二人はヒオリ同様、傷つけ、殺しても動き続ける。しかも、ヒオリと違って熱兵器による攻撃は受けていない。傷の癒えないヒオリと違って、消耗は全くしていなかった。


「あきらめなさい。スペアパーツと同じことを言うようで嫌だけど、今なら許してあげるわ」

「断る」


 満身創痍のヒオリに、技賀は駄々をこねる子供に接するような視線と言葉を向ける。


「よく考えましょう? あなたが戦ってきて、誰かに感謝された? この国はよくなった? 違うでしょう。あなたを生み出し、使い潰そうとする世界に尽くして何になるというの?」

「俺は……」

「だったら、あなた一人で逃げ出して、自由に生きればいいと思うわ。私は理日田やスペアパーツと違って、あなたを縛ったりしない。だから、もう戦うことをやめましょう?」


 ヒオリは血の混じった唾を飲み込んで詠う。


「『この世のあらゆる力が注ぎ込まれ、私は歓喜の中に生まれた。故に、私はいま世界のために立ち、戦う』……なーんて、言えればよかったんですけどね」


 ヒオリはおどけて肩を竦めようとしたが、傷ついた体ではそれすらできなかった。だが、屈さずに詠うことはできた。借り物ではなく、自分だけの詩を。


「技賀さんの言う通り、この国はクソだ。嘘つきのクソ野郎である俺が言うんだ。間違いない」


 ヒオリは笑警棒を捨てると、両手でマチェットを握る。


「でも、俺はこの世界が大好きなんだ」


 震える手に何とか力を入れて、顔の横に刃を掲げる。


「この世界には大好きなナスカがいる。信頼してくれる相棒のライナがいる。だから、俺はこの国のために戦う。それ以上の理由は、俺にはない」


 ヒオリは護衛官を打ち倒すため、おぼつかない足取りで護衛官に近づく。


「俺の住むクソな世界を脅かす、お前たちを倒ぐぎゃっ!」


 しかし、詩は最後まで詠われなかった。護衛官の薙刀の横払いはヒオリを吹き飛ばし、石造りの冷たい壁に激突させる。痛みで倒れたまま動けなくなったヒオリに技賀は近づくと、ヒールで仰向けになったヒオリのみぞちを踏みつけた。


「ぐふっ……前言撤回。年寄り扱いしたの謝りますから、どうか許して」

「だから、あきらめなさいと言ったのに」


 技賀の手にはいつの間にか、鈍く光る50センチほどの鋼鉄の杭が握られていた。


「なんです、それ? お尻に入れるには凶悪すぎません?」

「これはあなたの心臓に打ち込むものよ」


 技賀が杭についたスイッチを押すと、杭の先端が赤く変色する。


熱鉄杭ヒートパイル。仕組みは護衛官たちの武器と一緒。熱を放出し続け、人造人間の再生能力を阻害する。これを打ち込まれている限り、あなたの心臓は再生しない。死に続けたままよ」

「勘弁してください、吸血鬼じゃないんですから。靴でもなんでも舐めますから、許してくれませんか」


 咳き込むヒオリを見下ろしながら、技賀は勝ち誇ったように笑む。


「悪いわねヒオリくん。私は理日田と違って、子供に何か仕事をさせる趣味はないのよ」

「あはは、技賀さんはホント真面目だなぁ」

「ありがとう、ヒオリくん。なるべく苦しまないように殺すわ」


 技賀は杭を持った手を振り上げ、止めた。ヒオリの様子がおかしかったからだ。


「ははっ、あはははっ! ひひっ! いーっひっひ!」


 ヒオリは、彼自身が使う笑警棒で攻撃されたときのように笑い続けていた。不審に思った技賀は努めて表情を変えないようにしながら問う。


「どうしたの? 自分が殺されるのがそんなにおかしい?」

「あははっ! 違いますよ! 俺がほんとに酷い嘘つき野郎だって再認識して笑ってるんですよ!」

「いったい何を――」


 突如、官邸が轟音と共に震えた。揺れで思わず技賀はヒオリから足をどける。地震かと思い技賀はリストを確認したが、地震の警報はない。代わりに技賀のリストは、彼女にとって恐ろしい情報を見せつけてきた。


[イザナミシステムの機能停止]


 技賀の顔色がみるみると青くなる。それを見たヒオリは余計に大きく笑った。


「あっはっはっは! ナスカに謝らないとなぁ! ワルじゃないから特広対は無理って言ったの!」

「何をしたの?!」


 技賀は顔を赤くしながら、再びヒオリを踏みつける。一瞬呻いたが、ヒオリの笑い声は止まらない。


「あいつは最高にワルだ! マザーファッカーを本当にやるなんて、やべぇにもほどがあるだろ! あーっひゃひゃひゃ!」

「なぜナスカの名前が出てくるの! 答えなさい!」


 怒る技賀のかかとが、強く胸にめり込む。肺が圧迫され、声が出づらくなるがヒオリは答えた。


「言葉通りの意味ですよ」


 技賀がさっきまでしていたように、仮面の奥で勝ち誇ったように笑った。


「ナスカがヤったんですよ。母親殺マザーファックしを」

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