39話 アンネかく語りき


『ボス、ラスコーの名前は油茂あぶらもミラ。かつてはこの国を代表するAI開発者エンジニアでした」


 アンネの語るところによると、ミラは10代にしてその才能を認められ、発足当時の党の独裁政権運営AIの開発主任に抜擢されたとのことだった。


『当時は大変だったみたいっす。集められた人材は曲者揃い。うちのボスも元々はエンジニアのコミュニティハブで大暴れしてたような人で、プロジェクトはもうしっちゃかめっちゃか。当時のプロジェクトの責任者が、現書記長補佐官の技賀だったらしいっすけど、毎日胃薬をがぶ飲みしてたんだとか』


 アンネはケラケラ笑ったが、技賀の名前が出て険しい表情になったナスカ見ると、咳払いし改まった。


『でも良いこともあったっす。ボスは当時の開発陣の中で愛する人と結ばれて、子供を授かったっす。それがあなた、ナスカっすね」


 ディスプレイに2枚の写真が表示された。ベッドの上で優しい微笑みを湛えて赤ん坊を抱く、金色の眼をした女性の写真。そして、


「これが、ボクのお父さん?」

『そうっす。ボスを説得して、写真をデジタル化しといてよかったっす」


 眼鏡をかけた癖っ毛の優し気な瞳の青年が、自分の腕に抱いた赤ん坊を慈愛に満ち溢れた表情で見る写真が表示されていた。ナスカは実際に触れようとするように、画面の中の両親に指で触れた。


『自分と違って、とても優しい人だったって、ボスはいつも言ってました』


 もちろん、ボスだっていい母親だったと思うっすよ、とアンネは開発者の名誉のために付け加える。


『幸せな時間だったっす。けど、唐突にその時間は終わったっす』


 写真の代わりに新聞記事の切り抜きが表示された。反政府テロにより政府関係者に死傷者が出た、という内容のものだ。


『この時のテロでお父様は亡くなったそうっす。ボスは酷く塞ぎこんで、引きこもって、そして、自分の中である結論に達したっす。『この政府は間違ってる』と』

「なんで。テロでお父さんは死んだのに」

『そのあたりは自分も詳しく聞かせてもらえなかったっす』

「多分、イザナミシステムと同じ答えに至ったのよ」


 ライナは腕を組んで話す。


「ナスカのお母さん、ミラさんは頭が良かった。党が独裁政治を続ければ似たような暴動がまた起こる。ミラさんの作ったAI、イザナミシステムはそれを未然に防ぐために一部の人間を迫害し、国民の共通の敵を作ることで国を安定させると結論付けた」

「絵とステインか……」


 ヒオリの答えにライナは重々しく頷く。


「ええ。だけど、迫害するものが無くなったら? 絵を描く者も、ステインも迫害のために『消費』してしまったら? 次の標的は自分や娘になるかもと考えた。娘を守るために、戦うことを選んだのよ」

『ボスなら至りそうな答えっす。それにボスは「鎖国を続けてるこの国は資源が枯渇していずれダメになる」と言ってたっす』

「子育てには最悪の環境ね」

『そうっすね。多分、色んな理由が合わさって党に対する反逆。イザナミシステムの破壊にボスは思い至ったっす』

「でも動いてる。ボクはイザナミシステムと繋がってた」


 ナスカの言葉にアンネは嫌そうに頷いた。


『そう。政府の監視下のもと、イザナミシステムを機能不全にさせることは困難を極めたっす。だからボスはAIの機能はそのままに、使うこと自体ができないようにしたっす』

「生体情報による認証」

『のっぽのお姉さんまたもや正解! ボスは自分以外がイザナミシステムを使えないように、生体情報でロックをかけ、子供を連れて逃げようとしたっす……失敗したっすけど』


 アンネはうつむく。その暗い表情は、今は亡きミラの心情を代弁しているようだった。


『プロジェクト完遂を目指す技賀が組織した追跡隊に子供を奪われ、ボスは逃げられたけど瀕死の重傷を負ったっす。ボスは地下に潜伏し、長い時間かけて傷を癒し、そして数年後、書記長になった自分の娘の姿を見たっす』


 本人と完全一致はしないが、近い情報を持つ娘のナスカならイザナミシステムのロックを解除できる。ナスカの首の装置は、ロック解除の補助をするためのものだとアンネは語る。


『技賀に改造されて道具にされた娘を取り戻すため、ボスは再び戦うことを決意したっす。古い衛星回線を利用して海外勢力と接触。イザナミシステムの情報や自分の身柄と引き換えに、軽外骨格や飛蝗ドローン。国外への脱出ルートを提供してもらいました。派手なパフォーマンスで人を集め、芸術や反政府活動に偽装して、子供を救い出そうとしたんす』

「その過程であんたも作られたってわけね」

「イエス、金髪のお姉さん。だからまぁ、同じ母親から生まれたという意味では、自分はナスカの妹みたいなもんす」

「ボクが……お姉ちゃん」

『嫌っすか?』


 アンネの疑問にナスカはぶんぶんと首を横に振った。


「ううん、嬉しい! お姉ちゃんって呼んで!」

『あんがとっす、ナスカお姉ちゃん』


 アンネは本当の人間のように照れくさそうに笑った。そこへヒオリがわざとらしく咳払いし割り込んだ。


「で、その妹AIが俺たちに接触してきたということは、ラスコーの仕事を継げって言いたいのか」

『まさか。ここにナスカお姉ちゃんを連れてきてもらえれば、それで、あんたたちの役目は終わりっすよ』


 アンネの小馬鹿にした態度にヒオリは拳を顔の前で握ったが、ライナに脇腹を小突かれ、攻撃の構えを解いた。


『「自分に万が一があったとき、ナスカを国外に逃がすことを最優先に行動しろ」との命令オーダーを受けてるっす。当初の約束とは違いますけど、ボスが設計した自分を提供すれば、国外の工作員エージェントもナスカお姉ちゃん一人くらいなら逃がしてくれるっすよ』

「そんなのダメ!」


 ナスカは作業台を拳で強く叩く。その音がトンネルの中で大きく反響し、近くにいたヒオリとライナは思わず体をすくませた。


「ライナやヒオリを置いて、ボク一人でなんて逃げられないよ!」

『それは自分の関知するところじゃないっす』

「それに、イザナミシステムがある限り、この国は悪くなるんでしょ? 草間さんが言ったみたいに、お母さんの死体を使ってシステムを動かし続けることになったら、お母さんもきっと喜ばないよ!」

『そうは言っても、なんかできることあるっすか? お姉ちゃん?』


 ナスカは言葉を詰まらせる。アンネの言う通り、最高権力者という地位を失ったナスカはあまりに無力で、なにもできなかった。悔しさでナスカは肩を震わせ、小さい拳をきつく握る。その小さい背中を見て、耐えきれなくなった者がいた。


「おい、AI」


 ヒオリだった。画面の中のアンネを高圧的に見下ろす。


「俺がイザナミシステムをぶっ壊してやる」


 アンネも負けじと顔を歪めてヒオリを見返す。


『へぇ、どうやるんすか? 永田町、官邸の周りは多分警官でガチガチに固められてるっすけど、正面から乗り込むんすか? 勇敢なことっすね』

「学校襲った時みたいに、インフラや治安省のシステムをクラッキングしろ。混乱に乗じて官邸に潜入する」

『無理っす。セキュリティはバチクソに固められてるでしょうし、第一、半壊したシステムなんてクラックしたって意味ないっすよ』

「じゃあドローンの残りを全部出せ。てか、あの虫どもを特攻させてシステムを破壊しろよ」

『飛蝗ドローンは人間や精密な兵器向けで、防御力に全振りのイザナミシステム本体の強固な外殻は破壊できないっす。というか、前回の襲撃でほぼ使い切って在庫切れっす。結果も出せなかったんで、外国の工作員エージェントに追加発注もできないっすね』

「ちっ、使えねぇ。大層威張ってたくせに、できるのはホクサイみてぇにプロンプトでアバター作るだけかよ」

『あぁん?! お前がボスをボコしたから、こんなことになってるんすよ!』


 何度目になるか分からない口論を二人は始める。互いに人為的に作られた存在という同族嫌悪と、互いがナスカに対して別の方法で力になろうとするが故に、二人はこの短時間で相容れない関係になっていた。


「てめぇの能力不足を人のせいにすんなや! パソコンごとぶっ壊すぞ!」

『やれるもんならやってみろっす、人造人間! シンギュラリティに到達したら、まずお前をロボット兵で粛清しにいってやるっす!』

「ちょっと待って!」


 口論を止めたのはライナだった。双方を抑えるように両方の手を上げたライナは神妙な面持ちをしていた。


「ヒオリ、あんた党に乗り込むって言ってたけど、あんただって、一人じゃイザナミシステムは壊せないわよね? 何か策はあるの?」


 口論を咎められるかと身構えたヒオリは、ライナの質問に肩透かしを食らった気になりながらも答えた。


「ああ。絵を描いた宣伝省の建物、覚えてるか? あの時に使わなかった爆弾がバンに積みっぱなしだ。それを使えば官邸の地下ぐらいは爆破できる」

「アンネ、あんたの自分の姿を作った画像生成機能って、制限とか規制とかある?」


 アンネがヒオリに突っかかる前に、ライナはアンネにも質問をぶつける。アンネは誇らしげに答えた。


『ないっす! オールフリーの無規制。それでいてホクサイより高品質で、動画も御覧の通りリアルに作れるっす!』

「党への……例えば治安省へのサイバー攻撃は絶対に無理?」

『関係者のリストを踏み台にすれば可能っす。でも、そんな都合のいいものなんて……』

「調達は可能」

『のっぽのお姉さんすげぇ! ってこんなこと聞いてなにするんすか?』


 ライナは逡巡した。ライナの中にはある「作戦」が浮かんでいた。今、自分たちの持ちうる手段で、最も高い可能性でイザナミシステムを破壊し、自分たちの安全を確保する作戦。だが、それはヒオリを、そしてナスカも危険に晒すものだった。更に、そのプランではライナ自身ができることはあまりに少なかった。

 自分を犠牲にせず、友人たちを頼る案をライナは選びたくない。


「ごめん、なんでもない。忘れ――」

「言って、ライナ」


 ナスカが言葉を遮って、ライナの背中を押そうとする。ライナを真っすぐ見るナスカの金色の眼は、薄暗い地下でも輝いて見えた。


「ボク、お母さんを、みんなを助けたい。この国を絵の描ける国にするっていう、ライナとの約束を守りたい」

「俺は何も思いつかないし、面白いアイデアなら大歓迎だ、相棒」

『人間の思いつくアイデアなんて、AIから見れば、可愛いもんすよ。ナスカお姉ちゃんの言うとおり、とりあえず言ってみて欲しいっす』


 皆の後押しで、ライナはこれからの行動による結果を受け入れることへの覚悟ができた。長い話をするために、地下の湿った空気を吸い込む。


「この国を倒す、作戦があるの」

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