38話 アンネ


 ラスコーの右腕を名乗る少女と電話で接触してから3時間後。特広対の面々とナスカは東京に戻っていた。


「超気味わるいんだけど」


 ライナは痛む肩を押さえながら体を震わせる。

 彼らが歩んでいたのは首都東京の華やかな街ではなく、じめっとして、ネズミが走り、天井から水滴が滴り落ちる、古い線路が敷かれた真っ暗なトンネルの中だった。


「東京秘密地下線路、実在するとは思わなかったぜ」


 不気味がるライナとは対照的に、ヒオリは興味深そうに周囲を見回す。


 東京地下秘密線路。それは通常の路線図にはない、遺棄された地下線路だ。「政府が非常時のために設置した」と胡乱なオカルト雑誌やインターネットサイトで語られる存在が四人を取り囲んでいた。


 協力者の少女は秘密線路への入り方と、迷路のような線路のルートを特広対に伝えてきた。党、ひいては技賀の仕掛けた罠という可能性も捨てきれなかったが、守勢では状況が好転しないというライナの意見と、ナスカの強い希望で、一同は少女が伝えた道を辿っていた。


「ボクも都市伝説だと思ってた。官邸には正規の非常時用の脱出ルートがあったし」

「恐らく、旧政権時代に密かに設置されたもの。現在の党の敵対政党が、党の転覆のために自分たちが使う武器として情報を隠蔽した」


 草間の推理を聞きながら、ヒオリは湿ったトンネルの内壁を指でなぞった。


「ってことはラスコーは……ナスカのおっ母さんは旧政権の残党ですかね」

「分からない。少なくとも地下には電線もあるから、大量のドローンのでんりょくにも事欠かなかったはず。これだけの広さがあれば隠し場所としても十分」

「それに、人間の兵隊も、ですかね」

「ええ。もうすぐ相手が指定したポイント。全員、周囲を警戒して」


 草間は手に持ったフラッシュライトを拳銃に装着し、三人に先行し進む。ライナも痛む手でナイフを握った。その後ろからナスカが続き、殿しんがりはヒオリが務めた。

 少女の示したルートの終着点は遺棄された駅だった。駅名が描かれた看板はさび付いていて判読ができない。線路からホームに上がると、大型のライトスタンドで周囲が明るく照らされていた。かつて通勤客がひしめいていたホームの上は大型のコンピュータが何台も置かれ、その合間にはディスプレイの載った作業台、空のガンラックや戦闘服をかけるトルソーが雑に設置されている。床には寝心地の悪そうな寝袋が無造作に置いてあり、その周囲には大量の冷凍食品の容器が散らばっていた。


『いらっしゃーい。いやぁすんません。めっちゃ散らかってるっすよね』


 四人の声を代弁するかのように少女の声が聞こえた。声は作業台の上のディスプレイに繋がったスピーカーから聞こえた。


『ようこそ、ラスコーの隠れ家へ。追っ手から逃れながらよくおいでくださったすね』


 ディスプレイには少女の声が聞こえる度に、その音声波長が表示されていた。それは見たライナは不機嫌な声音と表情を隠そうともしなかった。


「ふざけないでよ。こっちは危険を承知で東京に戻ってきたの。あんたもリモートじゃなくて、ちゃんとツラ見せるのが筋なんじゃないの?」

『見せたいのはヤマヤマなんすけど、見せられないというか。むしろ内臓ワタを見せちゃってるというか……』

「わけわかんねぇこと言ってないで、俺の相棒の言った通りカメラでもなんでも使って顔見せろ。ラスコーの右腕だか、ナスカの妹だかしらねぇけど、こっちは昨日から散々でイライラしてんだ」


 ヒオリの威圧的な態度に少女は深くため息をついた。


『ったく。じゃあボーイズアンドガール、ホクサイにキャラクターを描かせるみたいに、何かプロンプトくださいっす』

「こっちはお絵描きに来たんじゃねぇんだぞ」

『いちいち突っかかんな人造人間。言わなきゃ、話はここでおしまいっすよ』


 ヒオリは他の面々を見る。草間だけが一歩引いて自分がボーイでもガールでもないと主張した。ヒオリはうんざりだと言いたげに首をもたげると、


「【グラマラスな美女】」


 と呟く、続いてライナが、


「【アナキスト】」


 と言った後、視線でバトンを渡すと、ナスカは


「特になし」


 と締める。


 1秒もかからないうちに、どこかの薄暗い部屋の様子がディスプレイに映った。部屋には古いゲームやバンドのポスターが飾ってある。その部屋を映した画面の端から、一人の少女が椅子に座った状態でスライドして顔を出した。


『こんなもんでどうすか?』


 画面の向こうの少女は、豊かな裸体の上に黒のフィールドジャケットを羽織っていた。腹部と目元のタトゥーと、アシンメトリーの赤毛は見るものにパンクな印象を与えた。そして、少女の鋭い瞳はラスコーやナスカと同じ金色の瞳だった。


『いやぁ、ボスは自分に人間の姿なんてくれなかったんで、新鮮な気分っすよ。礼を言うっすよ』


 自分たちの言葉通りの人間が、まるでホクサイで描いた絵のように即座に現れたことに、ヒオリとライナは驚きを隠せなかった。ナスカも自分と同じ瞳を持つ少女の様子をまじまじと見つめる。


「あなたはAIね」


 今まで口を閉ざしていた草間の言葉に少女は指を鳴らす。


『お姉さんご明察!』

「マジかよ。その辺のチャットボットとはえらい違いだ。見た目や喋り方なんかも普通に人じゃねぇか」

『見くびんな人造人間。自分はラスコーに作られた対独裁政権強襲制圧機能付きのAI。名前はアンネっす。改めてよろしくっす』


 AIの少女、アンネは画像生成機能を応用し作られた映像で手を合わせてお辞儀をした。


「ラスコーが高度な技術を持っているのは推察できた。だけど、ここまで高性能なAIを作ることができるだなんて」


 表情は動かないが、驚きを表現した草間に、アンネはジャケットがはだけそうになりながらも胸を張った。


『うちのボスは優秀っすから。イザナミシステムもボスが作ってますし』

「はぁ?! どういうこと?!」

『そのまんまの意味っすよ。イザナミシステムはうちのボス、ラスコーの作品っす。まぁ、自分に比べれば赤ちゃん同然のザコAIっすけど』


 さらっと語られた情報に困惑するライナ。ナスカは聞きたい人物の名前が出たことで、少し興奮気味にアンネに話しかける。


「ねぇ。キミはラスコーの、ボクのお母さんかもしれない人について何を知ってるの?」

「ほぼ全部。だけど何から語ればいいのやら」

「全部、聞きたい」


 ナスカはずいっとディスプレイに顔を近づけ、同じ瞳の色をした少女を見つめる。


「全部、知っておきたい。お母さんのことも、自分のことも」


 アンネは深く頷くと、滔々と語り始めた。

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