40話 Burn this City:take2!


『よく思いついたっすね、こんなイかれた作戦』


 薄暗いラスコーのアジトの中で、アンネと二人きりになったライナはわざとらしく肩を竦めた。


「AIから見れば、人間の出すアイデアなんて、ありふれたものなんじゃないの?」 

『前言撤回。シンギュラリティはまだ先になりそうっす』


 ライナは小さく笑った。ヒオリはアンネとの相性が悪いが、ライナはこのAIが嫌いではなかったので、二人きりで同じ空間にいることも苦ではなかった。

 ライナが特広対、ナスカ、そしてアンネに作戦内容を伝えてから10時間が経過していた。時刻は19時なろうかというところで、現在、ライナ以外の三人は作戦遂行のため地上にいる。

 ライナは作業台の上に置かれた大量のモニターの前で、無線機に呼び掛けた。


「みんな、準備はいい?」

『こちら草間。ヨモツヘグイの移送を完了。現在待機中』

『ステイン、待機地点に到着。いつでも行けるぜ、相棒!』

『ボクもいけるよ!』

『アンネちゃんも準備完了! 党の連中にぶっといプロパガンダをしゃぶらせてやるっすよ!』


 ライナはかつて一人で絵を描いたときのように、自分に言い聞かせるように宣言する。


「私、よし。アンネ『街に火をつけて』」


 作戦開始の符丁を聞くと、アンネは嬉しそうに敬礼した。


『了解! 各SNSと動画サイトのbot起動! 画像生成機能の各種調整問題なし! マイク及び音声フィルターオッケー! さぁライナ、かましてやってくださいっす!』


 ライナは設置されたマイクに口を近づけると、符丁どおり街に火をつけるべく、言葉を紡ぎ始めた。


 ◆


 国家元首の死亡、という暗いニュースから目を背けるため、今夜は動画配信サイトへのアクセスが集中していた。

 哀しい話題から自分の心を守るため、皆、少しでも楽しいものを見ようとしていた。

 だが、それらを遮って、一人の人間が映されたライブ配信が、各動画サイトの再生を乗っ取って流れ始めた。


『こんばんわ。愚かしい国民と、浅ましい為政者たちよ。俺はステイン。この国の未来を憂う者だ』


 画面には、真っ白い背景の前に立つステインが映っていた。大半は冷やかしの動画かと思い、リストを振って動画サイトから退出しようとする。が、できない。アンネが放ったウイルスが、それをさせないからだ。


『俺はこの国を変えるべく奮励努力してきた。だが、どうだ! 国民は立ち上がらず、為政者は肥え太り、挙句の果てには我が同志、ラスコーまでもが政府の凶弾に討たれるという結果になった!」


 画面の中のステインは拳を振り上げ、語気を強める。


『ラスコーの尊い犠牲のもと、神元ナスカは葬られた! だが、党はまた新たな独裁者を生み出すだろう。英雄の死が、無駄になるのだ!』


 動画はSNS上で徐々に拡散されていく。皆が、ステインの言葉に聞き入った。


『恐らく、お前たち国民は英雄の死をもっても立ち上がらない。だから、俺はお前たちのケツを蹴飛ばしてやることにした』


 ステインの背景に、赤い、人間の足跡がひとつ、スタンプで押されたかのように現れた。


『今日、東京都内を歩いた者、全員の足の裏に密かに絵具をつけた。それをキャンバスに写し取る』


 背景の白は徐々に色とりどりの足跡で覆われていく。治安省が犯罪者の追跡のために管理している、リストの位置情報を足跡に置き換え、それを仮装空間上の巨大なキャンバスに描画していた。


『お前たちの歩みが、一つの作品になる。そう、党が禁じた『絵』になるのだ』


 次第にキャンバスは足跡で埋め尽くされ、混沌とした色彩が残る。それはいびつな形の東京の形をしていて、およそ絵とは呼べないような、だが見る物によっては何かの意味を見出せそうな、そんな禍々しい作品だった。


『これでお前たちも、俺と同じ犯罪者だ。党の連中はお前たちを粛清すべく、政府の犬どもを放つだろう』


 ステインは不気味に笑った。見ている者の末路を嘲笑った。


『警官が、軍隊が、浄火省の執行部隊が、お前たち国民を殺す。生き残りたければ、反抗しろ』


 配信はそこで終わった。

 最初は誰もが真に受けなかった。

 何かのいたずらだ。本当にステインだったとしても、ラスコーに手柄を取られたやっかみだ。そして、党は自分たちの位置情報を逐一把握してないし、こんなことで自分たちを捕らえるわけがない。と。

 しかし、数分後にSNSに投稿された短い動画が、民衆の不安に火をつけた。


 それは数秒の短い動画だった。夜の新宿で警官が二名、怒号を上げながら道行く女性を暴行し、パトカーに押し込む姿だった。似たような動画が、いくつも、botを介して拡散され続ける。

 また、逆に警官が都民に襲われる動画も複数あげられた。現場警官たちは指示を仰ぐが、大量の通報が入り、ラスコー襲撃から立ち直っていない治安省は現場の統制ができなくなった。


 疑心暗鬼に陥った都民と警官たちが、東京の至る所で争いあうようになるのに、そう時間はかからなかった。


 ◆


『理日田長官! 今すぐこの混乱を治めなさい!』


 治安省危機管理室の地下のモニターに怒りで顔を歪ませた技賀が映っていた。


「努力しています」


 オペレーターが都民の暴動の収拾に尽力する喧騒の中、理日田は抑揚のない声で続ける。


「なにせ人手不足です。前回のラスコー襲撃から一日しか経ってませんので」

『言い訳は結構。動かせる人員を総動員し、この騒ぎを起こした特広対を捕らえなさい!』

「申し訳ありませんが、そのような部門について私は把握しかねております。省内の対応窓口に確認を――」


 画面の向こうで技賀が拳で執務机を叩く。感情任せの鈍い打撃音が危機管理室に響く。


『ふざけないで! 公開された動画を見れば一目瞭然。あれは、あなたの私兵じゃない! 不死身の人造人間と、党内部の粛清を担当していた秘密警察の最後の一人。それを擁する特公対は我々の脅威です!』


 凄まじい剣幕の技賀に対し、理日田は珍しく口角を少し上げる。取り乱す技賀を嘲笑うようにも見えた。


「彼らには対人戦闘と少しばかりの破壊工作の知識しか持ちえません。こんな手の込んだ情報戦など展開できませんよ」

『特広対の存在を認めたわね、長官。責任問題になるわよ』

「それよりも、まだ官邸にいらっしゃるのですか? 官邸の全党員及び職員に退避命令を出したはずですが」


 理日田は対策室のモニターのマップを見る。東京都内では至る所で暴動が発生。暴徒たちは一様に官邸を目指しながら、付近の警官隊と衝突していた。逆に永田町付近の暴動はまだ小規模で、書記長官邸付近には警官はほぼ配置されていない。


「パニックに陥った群衆が永田町方面へ殺到しています。退避を」

『冗談も休み休み言いなさい。官邸地下には――』

「何かあるのですか?」


 理日田は言葉と鋭い眼差しで、技賀を制した。


「官邸の地下に、暫定代表が残らなければならないような、何かがあるのですか?」

『――っ!』


 技賀は強く歯噛みする。イザナミシステムはほとんどの党員に知られていない。危機管理室のオペレーターも無論知らない。ゆえに、この非常時に安全を優先せず、強硬に官邸に残り続けようとする技賀を、危機管理室のオペレーターたちは理解しがたいとでもいうように見ていた。


『もう結構。官邸の防衛のため、私自ら軍へ出動を要請します』


 技賀はぴしゃりと言い切ると、憎しみの籠った視線を理日田にぶつけた。


『覚えておきなさい理日田。これは党に対する反乱、クーデターよ。事態が収束したら覚悟することね』

「ご安心を。私は常に覚悟を持って職務にあたっております。代表」


 唸り声のようなものを上げながら、技賀は通話を切った。何人かのオペレーターが剣呑なやりとりをしていた理日田を見やったが、理日田が「各自の仕事に集中。事態の把握と鎮静化に努めろ」と命じると、各々自分の仕事に戻った。

 突然、理日田のスーツの上着のポケットが震えた。それは古いスマートフォンで、理日田が内密の話をする際に使用しているものだった。


「私だ」

『草間です。番櫛さんの発案した作戦を開始しました』

「やはり彼女か。最初の犯行宣言も、映像こそステインだが、話しているのは番櫛君だな」

『ええ、分かりますか』


 理日田はモニターの端に映るステインの姿を見て、鼻を鳴らした。


「鍵巣は案外、言葉選びが丁寧だ。すぐ分かった。ただ、官邸に潜入するための陽動で、フェイクムービーで扇動した民衆を使うとは思わなかったが」


 暴動が起きた直接的な原因――警官が都民を逮捕し、逆に都民が警官に反旗を翻す動画群は、とてもリアルで臨場感があった。だが理日田から見たそれは、あまりにリアル過ぎた。カメラのブレも少なく、危険な状況にも関わらず、被写体をしっかりと捉えている。ホクサイシステムのような画像生成AIを利用したことは十分推察できるが、情勢悪化で不安感情が増大している状態の民衆が、それを判別することはできなかった。


「ヒオリはどうだ」

『現在、官邸に向け進行中。まもなく潜入します』


 特公対、ライナが提案したプランの第一段階。それはアンネの画像生成機能で偽造した動画で都民と警官を争わせ、官邸付近の警備を手薄にし、混乱に乗じ爆破部隊が官邸に乗り込むというものだった。


『リストの提供、感謝します』


 民衆を焚きつけるために演出した絵は、理日田から草間へ秘密裏に提供されたリストを踏み台にし、アンネが治安省のサーバーから盗んだ情報を元に作成された。官邸付近の警官が少ないのも、暴動が主な原因ではあるものの、理日田が裏で手を回したことも影響していた。


「さぁ、私は知らないことだ」


 理日田のそっけない返事に、草間が笑った。彼女が感情をあらわにするのは珍しいことなので、理日田は思わず、相手の顔を見るように、耳に当てたスマートフォンの方へ眼を動かした。


『あなたは本当に優しい人。党に消されそうになった私を拾い、人体実験に使われていたヒオリを救い、ヒオリの願いを聞き入れて番櫛さんに手を差し伸べた。そして今は神元ナスカも含めて、また子供たち助けようとしている。あなたは誰かが、特に子供が苦しむ姿に耐えられない。優しすぎて、官僚向きではないわ』

「誤解をするな。私は目的のために子供の命を使い潰す、極悪人だ」

『悪人は、自分を悪人だとは言わない』


 長年の仕事仲間の追及に、やりづらいな、と理日田は眉間を抑えた。


「他に必要なものはあるか」

『すべて終わった後の、子供たちの居場所を。それと……』

「それと?」

『幸運を祈っていてください。ヒオリたちが作戦を遂行できるよう、私は技賀が呼び寄せた軍と戦います』


 理日田は危機管理室の官邸周辺のマップを見る。グリーンの光点が市ヶ谷から官邸に向け動いている。軍の機甲部隊が永田町方面へ移動していることを表していた。


「上司を嘲笑う部下に祈ってやる幸運などない。代わりに機甲部隊の位置情報と予定進路を送ってやる。幸運に頼らず、自分で努力しろ」

『ありがとうございます』


 通話が切れたスマートフォンをしまうと、危機管理室を見渡し、思う。


 この国は歪んでいる。子供を国家元首に据え、倫理に触れる実験をし、人々の言論を知らぬ間に封じる。


 それを正そうと理日田は自分なりの行動を重ねてきた。だが、それを凌駕する勢いで、理日田の救ってきた若者たちが、この国を悍ましい軛から解き放とうとしている。

 自分の出来なかったことを、もたらせなかった新しい自由な時代を、子供たちが作ろうとしている。


 理日田は今、彼らが作る未来を見るのが、とても楽しみだった。

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