34話 どうしたいと思う?


 新橋駅からほど近いところに特広対のバンが路上駐車していた。

 バンの周囲は在来線、地下鉄の全線が運転を中止したことで身動きがとれなくなったり、ガンシップが墜落した赤坂方面や、ドローンによる攻撃が続く永田町方面から逃げてきた人々で溢れている。


「おし、準備完了」


 バンの後部座席では、ヒオリが仮面を除いたステインの装備を身に着け終わっていた。


「ごめんなさい。車で移動できるのはここまで。ここから先は一般車が立ち往生していて動けない」

「大丈夫です。バイクで行きますから」


 ヒオリは数分前に合流した運転席の草間に親指を立てる。ヒオリには理日田から、現地へ赴くよう指令が下っていた。現地の人員はラスコーのドローンに対応できず、最後の切り札として不死身であるヒオリが投入されることとなった。


「ラスコーが官邸に侵入。書記長を拉致したという情報が入っている。ラスコーを捕獲。もしくは排除して、これを阻止。書記長を奪還して」

「了解です。ばっちりボコボコにしてやりますよ」

「気をつけて」


 ヒオリは草間に笑いかけた後、車外に出ようとし、止まる。


「ライナ、お前は待機」


 今まで無言でいて、静かに助手席から降りようとしていたライナをヒオリはねめつける。


「行くから」

「ダメだ。指令を受けたのは俺だけだ」


 ヒオリの言う通り、理日田はヒオリを向かわせるよう指示していた。不死身でないライナが向かうにはドローンに覆われた永田町はあまりに危険だった。


「私はあんたの相棒で、ナスカのダチよ。だから行く義務がある」

「義務じゃねぇ。お前が行きたいだけだろ」

「絶対行く」

「絶対に行かせねぇ。足折ってでもここで留守番させる」


 いつになく険しいヒオリの声音。ライナはバックミラー越しにヒオリの真剣な顔を見るとドアノブから手を離した。


「あーはいはい。私は弱いからお荷物なのよね。昨日聞いたことくらい覚えてるわよ」


 ライナはミラーから目を逸らし右手をひらひらと振った。


「さっさと行けば。ラスコーを倒して、白馬の王子様にでもなってきなさいよ」


 大人げないと自分でも思うが、それでもヒオリと同じように戦えない自分が悔しくて、ライナは誤魔化すようにいじけた態度になる。


「ライナ……」

「私はアナキストらしく国家転覆計画でも考えてるわ。気が散るから話しかけないで」

「大好きだ」


 ライナは盛大に咳き込んだ。


「はぁ?! あんたこんなときに何言ってんのよ!?」


 振り返ったライナが見たヒオリの表情はとても穏やかだった。


「俺はお前が好きなんだよ」

「わけわかんないんだけど!」

「まぁなんつーか、ラブじゃなくてライクな感じの好きだけど」

「紛らわしいのよ!」


 逆上したライナはドリンクホルダーから取った空き缶を投げつける。ヒオリは避けず、体で受け止めた。


「大好きなライナとこれからも一緒に戦いたい。まぁ事によっては国とマジで戦うのかもだけど」


 ヒオリは半笑いで運転席の草間に「今のはオフレコで」と付け加える。草間は何も答えない。


「だからさ、こんなつまんねぇところで死んでほしくないんだ。これからも一緒に戦うために生きててほしいって思っちゃ、ダメか?」


 優しく微笑むヒオリの顔を見るのがどうにももどかしくて、ライナは座席に深く座って顔を隠した。


「知ったこっちゃないわよ、あんたがどう思ってるかなんて。早く行きなさいよ! あんたのお姫様がさらわれるわよ!」

「だな。じゃあ草間さん、後を頼みます」

「いってらっしゃい」


 ヒオリは仮面を被ると今度こそ外に出て、近くに停めていたバイクに跨る。バイクは永田町のある方向へ車の間を縫うようにして走り去った。ライナはドアで頬杖をついてヒオリが行くのを見ないようにした。


「ったく。こんなときまでふざけた野郎なんだから。草間さんもそう思いますよね」

「……番櫛さんはどう思う?」


 草間の静かな問いかけに、ライナは半笑いで草間の方を見ながら答える。


「大馬鹿スケベ野郎だと思ってますよ」

「違う、ヒオリのことじゃない」


 草間は普段とは変わらない無表情でライナを見つめていた。


「あなたはどうしたいと思うの?」


 だが彼女の瞳は自分の心の内を見透かすようで、ライナは怖くなって目を逸らした。


「……私は」


 ヒオリ、ナスカ、亡くなった叔母。

 理性と感情、信頼と信条。

 自分の中の大切なものがせめぎあい、そして、


「行きます。ナスカとヒオリのところへ」


 ライナは顔を上げ、草間を見返した。


「ヒオリの信頼を裏切るかもしれない。なんの役にも立たないかもしれない。でも……」


 ライナの中にもう恐れはなかった。


「私は見届けたい。そして全部、覚えておきたい」

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