33話 機蝗害


 東京上空を飛行するガンシップの内部で、技賀は努めて優しい声で語り掛けた。


「書記長、大丈夫ですよ」

『大丈夫じゃない! ラスコーの言ってたことは何だ?!』

「私が知りたいくらいですよぉ!」


 技賀は目の前の護衛官に。正確に言えば護衛官の強化外骨格に搭載されたカメラを通して、技賀を見ているナスカに半泣きで答えた。


『技賀は物心ついたときから時からボクの世話をしてくれたじゃないか。本当に何も知らないのか?!』

「本当ですよ。党での勤務に年齢制限があるのは知ってますよね? システムが作られたときのことなんて、先輩方から聞いただけですし、過去の規制で党の記録もあやふやで」

『納得できない! わけわかんない!』

「ともかく、帰ったら一緒にヒオリくんたちの報告を聞きましょう? 私も彼らを全力でサポートしますから――」


 技賀はガンシップの窓を見て言葉を無くした。


『技賀?』

「し、失礼しました。大きい飛蝗バッタが窓に止まっていたもので」


 ガンシップの窓には全長8センチほどのバッタが張り付き、その腹を見せていた。


『技賀は弱虫だなぁ』

「だって気持ち悪いんですもの!」


 技賀は懸命に追い払おうと窓をコツコツと叩く。が、そこで技賀は気づいた。飛蝗の腹は、生物特有の生々しいものではなく、プラスチックらしき物体で構成されていた。


「まさか……ドローン!」


 技賀が叫んだ時には窓一面に小型の飛蝗型ドローンが張り付いていた。それは機体全体を覆いつくし、ガンシップの動力源に侵入すると、その機能を自らの犠牲と引き換えに破壊する。


『技賀! なにがあった! 技賀ぁ!』


 ナスカの叫びは急激な下降を知らせる警告音にかき消される。数秒後、ガンシップの墜落と同時に通信が途絶えた。


 ◆


 東京の明るい夜空を飛蝗型ドローンの群体が巨大な黒い雲となって覆う。


「全都民に屋内への避難を勧告しろ。現場警察官には消防と連携し都民の避難誘導にあたるよう指令を出せ」


 専用車の中から理日田は危機管理室へ指令を出す。技賀の乗るガンシップがドローン攻撃により墜落したという情報はすぐ理日田に伝達されていた。他省との復旧会議中だった理日田はすぐにそれを切り上げ、危機管理室へ向かう途上、車内より指示を出していた。


「敵は恐らくラスコーだ。官邸付近の警備を強化しろ。前回と同じ目的なら、敵は書記長を狙うはずだ」


 危機管理室の責任者は明瞭に回答する。


『了解しました。永田町エリアのドローンジャマーの準備、完了しています』


 党発足直後、テロでドローンが使用されたことがあった。そのため、都内でも重要な地区はドローン操作の電波を妨害するドローンジャマーが設置されていた。また、治安省の重要なシステムはラスコーによるクラッキングを想定し、スタンドアローンになっても稼働できるよう、この短期間で整備し直されていた。


「分かった。ドローン群が有効範囲に入り次第、即座に起動しろ」

『長官をお待ちしなくてもよろしいのですか。長官の位置はジャマーの範囲内です。落下するドローンが危険です』

「私の身より、都民の安全を優先しろ」


 理日田は後部の窓から外の様子を伺う。空中の黒い塊は徐々に理日田の乗る専用車の方へ近づいてくる。車は突然の避難の呼びかけにより渋滞し動かなくなっていた。


『分かりました。どうかご無事で』


 ドローン群の作る雲はついに理日田の乗る専用車の上にさしかかり、そして通り過ぎていった。


「危機管理室、ドローンジャマーは起動したのか?」

『き、起動しました!』


 リスト越しに危機管理室の混乱している様子が聞こえてきた。


『起動はしましたが、ドローンは健在です! 侵攻進路、書記長官邸方向! まっすぐ向かってきます!』

「官邸付近の警察官、及び警備員に実弾による迎撃を命じろ。他エリアの警察官も官邸への応援に可能な限り向かわせるんだ」


 理日田は苦々しく顔を歪めながら車外に出て、遠ざかるドローン群を睨みつけた。


 ◆


 数分後。書記長官邸前では至るところから叫び声が上がっていた。


 飛蝗型ドローンは対人用の近接殺傷仕様で、さながら本当の蝗害のように官邸の護衛に当たっていた警官や警備員の肉を引き裂き、食いつくしていく。対人用の武装では小型のドローンを迎撃するのは困難で、警備隊は成すすべなく機械仕掛けの蝗に貪られる。


「『モーゼが杖を上げると、神は一昼夜東風を吹かせた』」


 阿鼻叫喚の中、ラスコーただ一人が無傷で、悠々と歩き官邸に近づく。


「『東風は蝗の大軍を呼び、エジプトを覆いつくした』」

『おっ『出エジプト記』っすね。ボスぅ、ステインに対抗してるんすかぁ?』

「そんなことはない」


 体を食われながらも警棒を持って立ち塞がる警備員をラスコーは片手に持ったサブマシンガンで撃ち殺す。ラスコーの無線機からは、アンネと呼ばれていた少女の場違いな明るい声が聞こえる。


『党の連中もバカばっかっすね』


 アンネは下品に笑う。


『ドローン全機にAIを積んでるから、操縦者との接続が切れても指定された命令をもとに自動的に判断して行動するのに。一生懸命電波妨害しようとしててウケるっす』

「私のいた時代から防衛システムが進化していなくて助かったよ」


 邪魔になるものを撃ち殺し、死体を踏み越えながらラスコーは書記長官邸へ正面から乗り込む。


「もうやめろ!」


 官邸エントランスに響く高い声。ラスコーが声のした方を見ると、エントランスの大階段を降りてくるナスカの姿があった。


「ラスコーきみの話は聞いていたよ。この国に自由を取り戻したいって」


 ナスカは恐れることなくラスコーの目の前に立つと、首を傾け自身の白く細い首を見せた。


「なら、みんなを傷つけるのはやめてボクだけ殺せ!」

「……立派だな」

「ボクを殺して、この国の総理大臣にでも王様にでもなればいい」


 ナスカは命こそ差し出していたが、あくまで堂々としていた。金色の瞳でラスコーを睨みつける。


「でも断言してあげる。テロなんかに頼るきみは、きっと責任に耐えられない。誰も君についていこない。きみが同じように誰かに殺されるのを、天国で待っててあげる」


 ナスカは拳を目いっぱい握る。ライナと同じようにヒオリの傍には立てないかもしれない。でも普段ヒオリがしているように、強い人物を演じて、自分の役目をこなすことでナスカは友人たちと同じ場所に立とうとした。


『あっはっはっは! 酷い言われようっすねボス!』

「ああ……だが彼女の言う通りだ。私が背負えるのは一人分の命までだろうから」


 ラスコーはナスカの前で片膝をついた。行動の意味が分からず、ナスカは思わず一歩下がる。


「優しい子に育ってよかった。こんな私でも天国に行けると言ってくれるような子に」


 ラスコーが仮面をゆっくり外す。


「そんな、嘘だ……」

「嘘じゃない」


 素顔のラスコーが優しく伸ばした手に、ナスカは恐る恐る手を重ねた。

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