31話 サブリミナル


 喫茶店で早めの昼食を取った三人は、その後、特広対の美術館へ向かった。道中襲撃を受けるということもなく、辿り着いた三人を草間が迎える。


「ヒオリ、おかえりなさい」

「ただいま草間さん。連絡したやつ、準備できてますか?」

「完了している」

「ねぇねぇ、何するの?」


 ヒオリと手を繋ぎ、上目遣いで見るナスカ。ヒオリはライナを横目でちらりと見て答える。


「相棒が立ててくれた計画に、良いのがあってな。だらっと三人で過ごすには丁度良さそうだったから、アイデアを拝借した」


 三人は先に歩く草間に続き「対爆シェルター」と書かれた扉に辿り着く。


「ここってラスコーの最初の爆破事件で使わなかった地下室?」


 ライナの疑問にヒオリは頷いて答える。


「そ。ちょっとした空爆にも耐えられるようになってる。けど、元は違う用途に作られた部屋でな」


 草間は扉を開けるとヒオリたちに先に入るよう促す。薄暗い階段を下りていくと、


「わぁ! ちっちゃい映画館だ!」


 ナスカが目を輝かせる。そこには50席程の座席があるミニシアターだった。


「イエス! 普段は倉庫に使ってるけど、シアターとして普通に使えるぜ」

「じゃあボクたち、今日はここで映画見るの?」

「おう。個人シアターだからおしゃべり、食い物持ち込み、リストの操作、全部オッケーだ」

「わぁ! ボク一度行ってみたかったんだよ、映画館! ヒオリありがとう!」


 ナスカに抱き着かれて満更でもなさそうなヒオリ。一方、ライナは無関心を装いスクリーンを親指でさす。


「で、映画は良いとして、何見んのよ」

「そこは草間さんに一任してんだ。あの人、映画に詳しいから。なに見るんすかぁ?」


 映写室にいる草間はDVDのパッケージを三人に見えるように掲げる。タイトルをリストで検索したライナは苦い顔をした。


「1978年のSF映画ぁ?」

「いいねぇ、レトロってやつだ」


 ライナは映写室に聞こえないよう声を潜める。


「いや、あきらかにつまらないやつでしょ。古すぎだし、しかもエピソード1じゃなくて4だし。あの人ホントに映画に詳しいの?」

「まぁまぁライナ、見てみようよ。食わず嫌いは良くないよ」

「そうだ、そうだ! 草間さんにもクリエイターたちにも失礼だぞ!」


 二人からの説得でライナは渋々頷いて席に着いた。


「分かったわよ。でも面白くなかったら3倍速で見るから、文句ないわね」


 ◆


「うっぐ! ひっぐ! んぐ! うぁぁぁん!」

「めっちゃ感動してんじゃねぇか!」


 悪の銀河帝国に反乱軍が立ち向かうという古典SFは、アナキストとしてのライナの琴線に触れ、止めどなく涙を流させた。エンドロールのBGMがライナの嗚咽で上書きされる。

 ライナの隣の席にはヒオリが座り、ヒオリの膝の上にはナスカが嬉しそうに座って、ポップライスを頬張っていた。


「面白かったね。ボク、帝国の惑星要塞を戦闘機で爆破するシーン好きだなぁ。あの狭い溝を通っていくとことか」

「お前もそれでいいのかよ。独裁政権が倒される話だぞ」

「うちは共和国だからいいんですぅ」

「あぐっ、うぐっ、ずびっ」

「ああ、もう。ライナは鼻かめ、ほらちーんしろ」

「ヒオリィ、ボクの口も拭いてぇ。あ! 舐めてもいいよ!」

「自分で拭け独裁者! 俺は保育士でも犬でもねぇんだ!」

「やだやだやだ!」


 くしゃくしゃになって泣くライナと、駄々をこねるナスカを連れて、ヒオリは地下室から出る。美術館のエントランスから見える外は日が落ち始めており、ナスカを迎えるリムジンが停まっていた。


「もう、おしまいなんだ……」


 迎えの車を見てナスカは寂しそうにうつ向く。


「もっと、二人といたかったな」

「じゃあ、次の土日も来るか?」

「いいの?!」


 ヒオリは屈んでナスカと同じ視線になって頷いた。


「もち。あの映画、続編もあるから一緒に見ようや。ライナもいいだろ?」

「うっぐ、うん、いいわよ」

「やったぁ! 約束だよ!」


 ナスカは太陽のように笑った。

 リムジンに乗っていた技賀にナスカを任せ、ヒオリとライナはリムジンが見えなくなるまでナスカを見送った。


「あーなんか、バカみたい」


 涙を拭いながらライナは呟いた。


「色々計画したのに、こんな風にダラダラすごすのが一番嬉しそうだなんて」

「昼にも言ったけど、あいつが楽しそうだったのはお前もいたからだよ。最近はずっとあいつのそばにいてくれるし。改めてありがとな」


 ヒオリは礼を言った気恥ずかしさを誤魔化すように、ライナに背を向け美術館に戻ろうとする。


「ま、泣き過ぎて何度も一時停止させられたのは参ったけどな。しまいには良いシーンをコマ送りにさせられるかと思ったぜ」

「……ヒオリ」

「あ、今日も晩飯、食ってくだ――」

「あんた、今なんて言った?!」


 ライナはヒオリの肩掴んで強引に自分の方を向かせた。思いがけないライナの行動にヒオリは体を小さくして怯える。


「わ、わりぃ。良いもの見て感動するのは悪いことじゃねぇよ。バカにしたように聞こえたなら謝る」

「そうじゃない! 怒ってないからもう一度なんて言ったか教えて!」

「夕飯食べてくか?」

「その前!」

「良いシーンをコマ送りで見そう?」

「それよ!」


 ライナはヒオリの両肩を掴んだ大きく揺さぶった。


「アヴァヴァヴァ、なになになにぃ?!」

「分かったのよ! 違和感の正体が!」


 ライナは先ほどのナスカのように目を輝かせながらヒオリに迫る。


「ラスコーの言ってた『炎の中』の意味が!」


 ◆


「で、こんな時間に私を呼び出した理由を聞きたいのだが」


 11月4日の明け方。美術館地下室で、理日田が不機嫌そうな顔をヒオリとライナに向けた。ヒオリは矛先を逸らすようにライナを指さす。


「ラスコーのメッセージの意味が分かったんです。でも、推理が確実なものか確認したかったので、来てもらいました」


 ライナはミニシアターの銀幕の前で睨みを利かせる理日田の前に、ずいっと近づき睨み返す。


「ラスコーがホクサイで作成したと思われる炎のアニメーションを見たいんです」

「現場の映像は君たちの権限でも閲覧できるはずだが?」

「現場の映像じゃなく、ホクサイのサーバーに残ってる元データを見せてください。あなたなら、それを見る権限があるって草間さんから聞きました」


 理日田は咎めるような視線を草間とヒオリに投げかける。草間は動じず、ヒオリは両手を上げて「こうなったらライナは止まりませんよ」と無言で訴えた。理日田は眉間を少し押さえた後、リストを振って自分の手元に元データを表示させた。


「ありがとうございます」


 ライナはすかさず、リストがついている理日田の腕を掴んだ。


「痛っ! 離さないか!」

「草間さん、事件の映像をスクリーンに映してください」


 理日田の訴えを無視し、ライナは理日田のリストを回転させ、表示される映像を拡大させる。指示を受けた草間が映写室から表示した現場の映像と、理日田のリストから投影される映像が重なる。


「草間さん、映像をコマ送りに。ほら、あんたもコマ送りにして」

「私に命令するな」


 嫌々ながら理日田もライナの指示に従い、二つの映像は同時に再生されゆっくりと進んでいく。


「あとちょっと……あと、少し……止めて!」


 ライナの号令で二つの映像は止められた。


「これは……」

「そう、違うのよ」


 ライナの言う通り、重なっている炎の幻影は、同時に再生され同時に停止されたはずなのに違う様子だった。


「現場で投影された炎の映像には1コマだけ不自然な映像があったの」


 停止された現場の炎の中には、独特な緑色が含まれていた。


「建物が映像を反射してもこんな色にならない。このコマは意図的に挿入されたとみて間違いないわ」

「何のために」

「恐らく、志願兵を募るためです」


 映写室から戻ってきた草間がライナの言葉の後を続けた。


「調査したところ、この色調の緑は、かつて海外メーカーが日本へ輸出していた特殊塗料と同じ色であることが分かりました」

「すっかり同じ色を探すなんて、滅茶苦茶難しくて、徹夜になっちまったけどな」


 ヒオリはシアターの椅子に深く座りながら大あくびをする。ライナはだらけた相棒を少し睨んでから、自分のリストを振ってとある不動産情報を出す。それは東京湾に面した倉庫の情報だった。


「日本で唯一、その塗料を輸入していた会社の倉庫がここ。同じ色の塗料が倉庫に搬入された記録も見つかった。会社は無くなってたけど、今でも倉庫はあって、権利者の問題で塩漬けになってるわ」

「ラスコーは番櫛さんのように美術に興味があり、かつ政府への不満を持つ人間をターゲッティング広告等を利用し特定。接触し、番櫛さんたちが学校で言われたように『炎を追え』と指示。倉庫に辿り着いたものを仲間に加えたと推測されます」

「……で、君たちはそれを私に伝えて何がしたい」


 理日田の刺すような視線と言葉に負けず、ライナは答える。


「倉庫の調査、ラスコーとの接触、逮捕をする許可をください」

「なぁ、やっぱりやめようぜライナ」


 気だるげにヒオリは立ち上がり、ライナと理日田の間に立つ。


「お上の喧嘩に現場が口挟んだって、ロクなことねぇって」

「不本意だが、鍵巣に同意見だ。ラスコーを擁する敵対勢力が党内部にいる可能性があるなら、慎重な捜査が必要になる」


 理日田は草間の方をちらりと見て続ける。


「かつては党内部の取り締まりを行う部門が存在したが、今はない。今の話は貴重な情報として担当部署と共有――」

「いい加減にして。手前で言ったこと忘れてんじゃないわよ」


 9月に初めて会った時と比べ、迫力の増したライナの声に、ヒオリは勿論、理日田すらたじろいだ。


「あんた言ったわよね、自分の仕事は「国民を守ること」だって」

「……ああ」

「ラスコーがしたことで、どれだけの被害が出て、どれだけの人が傷ついたか分かってるの?」


 ライナの刺すような視線はヒオリにも向けられた。


「あんたもよ、ヒオリ。あんた悔しくないの? 情けなくないの? 好きな子が怖い思いをさせられたのが」

「えっと、その……」

「自分たちが守りたいものが傷つけられたのに、身内かもしれないとか、自分たちの身が危なくなるからとか言って及び腰になるだなんて、あんたたち全員バカじゃないの?」


 激昂はせず。しかし氷のように冷たい怒りの言葉がシアターに響き、静寂が続いた。


「確かにそうだ」


 静寂を破ったのはヒオリだった。ヒオリはライナに歩み寄り彼女の隣に立って理日田と対峙した。


「ライナに一票。いい加減このゴタゴタを終わらせようぜ、おっさん。俺たちは非正規部隊だから、トラブったら切り捨てりゃいい。おっさんに迷惑はかけないぜ」


 そう言ったあと、ヒオリはライナを一瞥する。そこまで自分は根性無しではないという意味でのアイコンタクトで、ライナも頷いて応えた。


「……草間、きみはどう思う」

「私は二人の選択を尊重します」


 草間もその体躯からは想像できないほど静かに歩きライナの隣に立った。


「止めても無駄、か。だがどうする」


 一応はライナの案を認めたが、理日田は冷静であり、鋭い視線も崩れない。


「敵は我々よりも高性能な装備を保有している。前回捕らえたテロリストたちが敵の全戦力とも限らない。正面対決になったら、きみたちには勝ち目がない」

「それは……」


 対応策が返せず、ライナは歯噛みしながら俯く。


「それなら心配いらねぇ」


 険しい顔をするライナとは対照的にヒオリはカラッとした笑顔を理日田に向けた。


「実は俺たちに借りがあるやつ、というかやつらがいるんだ」

「特広対は党の他部門とは接点がないはずだが」


 秘密部門の情報漏洩を疑う理日田にヒオリ舌を打って否定する。


「そんなちゃちなもんじゃねぇよ、俺たちに借りがあるのは」


 ヒオリは人差し指で天を指す。


「党の頂点てっぺんさ」

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