30話 デートしたことないだろ


「あいつ大丈夫か?」


 遠くで苦そうにコーヒーを飲むナスカを、ヒオリは心配そうに見た。


「どっかの誰かさんが遅れたから怒ってるんでしょ」

「それはホントに悪かったけどさ。やっぱり外で待ち合わせする意味はなかっただろ」

「あるわ。あんたたちには限られた時間で最高のおうちデートをしてもらわないと」


 ヒオリの向かいに座っているライナは、自分のカバンからクロッキー帳から切り離したページをヒオリに差し出す。


「なにこれ? 『ドキドキおうちデート計画表』?」

「驚いたかしら。これを事前に説明したかったの」


 訝し気に今日の予定が書きこまれた紙片を見るヒオリ。ライナはその様子を見て意地悪そうに笑う。


「あんた、女の子とろくに遊んだことなんてないでしょ。そんなあんたのために、完璧なデートプランを用意してやったのよ。あとでナスカにも見てもらうから」

「……あのさ」

「なに? 童貞のあんたには分かんない単語でもあった?」

「ライナってデートしたことないだろ」


 呆れ顔のヒオリの一言に、ライナは顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。


「ななな、なによ! それと今日のことは関係ないでしょ?!」

「いやあるって。普通おうちデートってこんなガチガチに予定組まねぇよ。軍の訓練行程表を見たことあるけど、それよか酷いぜ、これ」

「で、でもネットには『ある程度予定を決めておくとよいでしょう』って」

「秒単位で家の中の行動を決めるのは『ある程度』とは言わねぇよ。てか、なんだよこれ」


 ヒオリは予定表上の「イチャイチャする」という欄を指で叩く。予定表には同じ表記が時間を置いて、いくつも挿入されていた。


「なんで俺があいつといちゃつかなきゃならないんだ。偽だけど俺は反逆者で、あいつは国家元首なんだぞ……って、なんだよ、にやついて」

「別にぃ?」


 ヒオリは死にかけたとき、ライナにうわ言でナスカへの想いを打ち明けたのを忘れていた。だがヒオリのナスカへの好意が、普段の接し方や表情で間違いはないことを、ライナは確信していた。ライナは虚勢を張って感情を誤魔化す相棒を微笑ましく見る。


「気持ちわりっ。ってか、この予定表にはもっと大きな間違いがある」

「なによ間違いって」

「お前のことが書いてない。俺とナスカの予定はびっしりだけど」

「それは別にいいの。私はここからは別行動だから」


 ライナはもう一枚、紙を取り出しヒオリに見せつけた。


「新宿、渋谷、新橋……これ、ラスコーの偽の爆発現場のリストか」

「その通り。あんたたちが楽しんでる間に、私はラスコーを追うわ」


 ライナは誇らしげに胸を張る。


「ラスコーは炎の中を追えって言ってた。あいつが私たちを仲間にするつもりでそう言ってたなら、あえてそれに乗っかって、ラスコーの虚を突いてやろうって作戦。ラスコーも私一人なら油断するでしょうし」

「で、なんで偽爆破の現場に行くんだ?」

「簡単。学校に来た時と違って、最初のテロは意図的に作られた炎だった。炎って言うのはそのことで、現場にラスコーへの手がかりがあるのかも」

「なるほどなるほど、いい作戦だ。その紙よく見せてくれるか?」

「良いけど、汚さないでよ」

「もちろん」


 ヒオリは用紙を受け取った後、素早く顔を動かした。


「ん、なんだあいつら、覆面なんか被って」


 ヒオリが険しい表情を向けた先をライナも見るが、そこには休日を楽しむカップルの姿しかなかった。


「どこにいるのよ、そんな連ちゅ……って何してんのよ!」

「んっぐ……おえっ、まっず」


 ヒオリは偽爆発の現場が書かれた用紙を飲み込んだ喉をさする。


「とっとと吐き出せヤギヒオリ!」

「残念、俺の唾液と胃液でもうぐちゃぐちゃだ」


 ライナにテーブル越しに胸倉を掴まれるが、ヒオリに悪びれる様子はない。


「ふっざけんな! どれだけ時間かけて調べて書いたと思ってんのよ!」

「今時、紙に書いてる方が悪いんだよ。てか感謝して欲しいくらいだぜ。今のでライナの命を救ったんだから」


 ヒオリはライナの腕を優しく掴んで自分から離すと、コーヒーを啜りながら指を三本立てた。


「ライナの作戦にはみっつの問題がある。まずひとつ。ほんとに現場に行ってラスコーとかちあったら、どうするつもりだった?」

「決まってるわ、こいつで――」

「こんなとこで、カバンから拳銃なんか出すなよ?」

「じゃあこれなら――」

「火炎瓶なら良いってわけじゃないからな。納得できねぇってツラでポケットのナイフを触るのもやめろ」


 不満げなライナをヒオリは呆れ顔で見返す。


「学校での大立ち回りは地の利があったからだ。相手の懐に飛び込んだら普通に死ぬくらいには、ライナは弱い」

「言ってくれるじゃない」

「睨んでも行かせないぞ。問題ふたつめ。お前が行くと、特広対が消される危険性がある」


 ヒオリがカップを傾けながら、さらっと言った言葉を、ライナは理解できず固まった。


「分かんねぇみたいだな。じゃあ問題。ラスコーはなんでイザナミシステムを知ってた?」

「ハッキングで調べたからとか?」

「イザナミシステムは最重要国家機密だぞ。そう簡単に漏洩させられねぇよ。ライナだってナスカから聞くまで噂すら聞かなかっただろ」


 ライナはしぶしぶ頷く。


「ってことはだ、ラスコーはシステムについて元から知ってた可能性がある。はい第二問、なんで元からシステムについて知ってた?」

「……ラスコーは政府関係者」

「か、そいつの息がかかった工作員エージェントだな。俺みたいな。人造人間おれの仕様も把握してたし、可能性はかなり高いと思う」


 恐ろしい推測をしながらも、怯えた様子もなく、ヒオリは付け合わせの豆を口に運ぶ。


「特広対とは別にプロパガンダを展開する部署ができたってこと? それなら、あの理日田も信用できないじゃない」

「いやぁ、それはねぇな。学校での件で理日田のおっさんは各省から責任問題をガン詰めされてるし」


 ヒオリはいい気味だと他人事のように笑う。


「それに治安省内の権力争いにしては規模がデカすぎる。党全体の、もしかしたらナスカも巻き込んだパワーゲームが起きてるかもしれねぇ。そんなのに首突っ込んだら不死身の俺でも死ぬわ。だから、特広対は無関係でーす、無害でーすってアホ面してたほうが安全なわけよ」


 ヒオリの言葉でライナははっとした。


「じゃあ、あんたが草間さんとアホなナンパごっこしてたり、歌舞伎町でバカやってたのも、党の中で警戒されないため?」


 ライナの疑問にヒオリは低く唸ってから短く頷いた。


「ま、そう思ってくれて構わないぜ」

「ごめん。私、先走ってそういうこと思いつかなかった」

「気にすんなって相棒」

「今から霞が関全体をガサ入れしてくる」

「そういうことを言ってるわけじゃねぇんだ相棒」


 ヒオリは立ち上がろうとしたライナの肩に手を置き無理やり席に戻す。


「個人が政府の建物探って分かれば苦労しねぇよ。ほとぼりが冷めるまで大人しくしてるのがいい」

「でもナスカが……」


 ナスカの体調のことを言うべきかライナは迷う。だがヒオリはライナの言葉を別の形で引き継いだ。


「そう、問題みっつめ。ナスカが悲しむ」


 ヒオリは今日一番、真面目な表情をしていた。


「せっかくの休日にさ、お前と一緒に遊べないなんて。あいつ、寂しいと思うぜ」

「そんなことないでしょ」

「そんなことある。俺以外で、あいつと同年代のダチはお前だけだ。それに、最近ナスカからお前の話をよく聞くんだ」


 ヒオリは姿勢を正してライナをまっすぐ見た。


「お前と遊びたいだろうし、お前がテロリストに殺されたらナスカは滅茶苦茶悲しむ。あいつには笑顔でいて欲しい」


 ヒオリは深く頭を下げた。


「だから頼む。今日は俺たちといてくれ」

「ちょ、分かったから頭を上げてよ」


 改まった懇願にライナは気恥ずかしくなり頬をかく。


「分かったわよ。そこまで言うなら、今日はあんたたちの乳繰り合いに付き合ってあげるわ」

「だからいちゃつかねぇって」

「ライナー! ヒオリー! 助けてー!」


 突然のナスカの助けを求める声に、二人は口論を止め、すぐ席から飛び出した。


「すぐ行く!」

「だから、そばに居ろって言ったじゃない!」


 ヒオリは腰から拳銃を、ライナはポケットからナイフを取り出しすぐさまナスカの席に駆け付けた。


「大丈夫か!」

「ひ、ヒオリぃ……」


 ナスカはテロリストに拉致されようとしたり、政府の工作員に暗殺されそうにもなっていなかった。


「どうしよう、こんなに来ちゃった……」


 代わりに巨大なエビカツサンド。それよりも大きなパンケーキ。そして小倉トーストにゆで卵と、大量の料理がナスカのテーブルに置かれていた。到底、体の小さいナスカが食べきれる量ではない。

 ヒオリは周囲の注目を誤魔化すようにわざとらしく手の中の銃を振った。


「あーすいません、おもちゃでもこんな場所で出すのはダメっすよねぇ。すいません自主製作映画を撮ってましてー」


 ライナはため息をつきつつ、ナイフをしまう。


「あんたねぇ、食べられる分だけ注文しなさいよ……」

「ご、ごめん。メニューだと小さく見えたから……それにコーヒーに料理つくなんて思わなくて」


 ヒオリは半泣きのナスカの近くに屈み、指で涙を拭う。


「初めての店に来るときは誰かと一緒のほうが良い。教訓になったろ」

「うん、わがまま言ってごめんなさい」


 泣くのを堪えるナスカを見て満足げに頷いた後、ヒオリはライナを見上げて目を細める。


「一緒にいるついでに、これ食うの手伝ってくれるか」


 ライナは頭の中のラスコーや党内の争いという問題と、大量の料理という目の前の問題を比べ、先ほどより大きくため息をついた後、トーストに手を伸ばした。

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