29話 対等な立場


「ヒオリ、大丈夫?」

「うっぐ、まだ蹴られてズレた内臓が動いてる……」


 ライナのヒオリへの制裁から数分後。新宿の街を腹を抱えながら歩くヒオリの背中を、ナスカが優しくさする。少し先を歩くライナは鼻を鳴らした。


「ナスカ、あまりヒオリを甘やかさないで」

「いや、横暴が過ぎんだろ、あれは」

「約束すっぽかしてた方が悪い」

「てか、うちでデートって言ってるのにわざわざ外に出る必要ねぇだろ」

「うっさいわねぇ、また蹴飛ばすわよ」


 ライナとヒオリの口論にナスカは口を挟まず、静かに二人を見比べた。


「ん? どうした独裁者。トイレか?」

「ううん」

「あんたデリカシーなさすぎ」

「気配りしてるんだろぉ? これだからガサツなライナさんは」


 またもライナとヒオリは口喧嘩を始める。それが少し続いたあと、三人は新宿駅の近くにあるチェーン店の喫茶店に足を踏み入れた。すぐさまホールスタッフが出迎える。


「いらっしゃいませー。二名様でよろしいでしょうか?」

「ん? あーいやいや」


 ナスカがヒオリの影になって店員から見えていなかった。ヒオリは訂正のために手を振った。


「俺の後ろにもう一人います。さんに――」

「ボク、この人たちと別グループです」

「ヴァッ?!」


 店の入り口でナスカは二人と距離を取る。


「なんでだよ。俺たちとコーヒーしばくの、そんなに嫌か?」

「あんたにも、この後の話聞いてもらいたいんだけど」

「お前の護衛もしなきゃなんだし」


 ヒオリとライナは説得を試みるが、 


「ボク、コノヒトタチシラナイデスー。ヒトリノセキニ、トオシテクダサイー」


 ナスカは頑として単独行動を譲らない。次第に入り口には別のグループも来てしまい、店員からの視線もあり、ライナとヒオリの方が折れた。


「分かったわよ。じゃあ、ちょっとだけ別行動ね」

「いいか、なんかあったら、すぐデカい声だせよ! 約束だぞ!」


 念押しながら二人はテーブル席に向かう。ほどなくしてナスカも二人掛けの小さい席に通された。正体がバレることもなく、おしぼりとお冷を持ってきたスタッフから、マニュアル通りの接客を受ける。


「ご注文はお決まりですか?」

「あ、えっと、オリジナルブレンドとクロブラン、あとこのエビカツサンドをひとつ」

「コーヒーは無料でモーニングもお付けできますが、いかがいたしますか?」

「え、じゃあ、それで」


 慣れない店のメニューに戸惑いながらも注文を終えたナスカは、少し離れたテーブル席のナスカとヒオリを見た。

 古着をスマートに着こなすヒオリと、フライトジャケットを中心にアクティブな恰好をしたライナ。二人は時折ナスカの方を見ながら口論をしている。それは傍から見ると、カップルの痴話喧嘩に見えた。

 そんな二人を見ながら、彼らには言えなかった言葉がナスカの胸の中で渦巻く。


 羨ましい。


 二人が一緒にいるからではない。対等の関係だから羨ましいのだ。


 ナスカはヒオリが好きだ。それが友情や、同じ人造人間であるという同族意識ではなく、本当の恋心だというのは、ヒオリがライナといるところを見て痛む胸で実感できた。

 ヒオリは毎日忙しいのに自分の相手もしてくれる。ライナに体調不良を訴えた日の夜、どうしてもヒオリの声が聞きたくて通話をかけたら、ヒオリは寝落ちするまで付き合ってくれた。ライナという友達もいるし、今の関係はナスカにとって心地いい。


 でも口論する二人を見て、それだけではダメな気がした。

 自分がヒオリに甘えすぎて、それ以上の関係なれていない。ライナはぐいぐいとヒオリを引っ張っていく。会いに行くだけの自分とは違い、ヒオリに新しい景色を見せてあげている。そんな彼らの近くにいたら悔しくて、寂しくて、もどかしくて、ナスカは思わず二人から離れてしまったのだ。


「お待たせしました。オリジナルブレンドです」


 ナスカは運ばれてきた合成コーヒーを、未だに口論している二人を見ながら飲む。

 飲みなれているはずのブラックのコーヒーが、いつもより苦く感じた。

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