28話 路上でのキャッチ、スカウトは違法です
「遅い!」
11月3日、午前10時30分。多くの人が行きかう祝日の新宿駅南口。私服の上にいつものフライトジャケットを着たライナは、腕を組み、苛立たしげに歯ぎしりをする。その横では、黒基調のセーラーパーカーに、青いチェックのミニスカートを合わせて着た眼鏡の少女――変装したナスカがしきりに手鏡を覗き込みながら心配そうに前髪をいじっていた。
「ねぇねぇライナ。周りにバレてないかな?」
「大丈夫。どこから見てもホストのおっかけにしか見えないから」
「普段着ない服だから、変な感じする……」
「大丈夫。似合ってるから」
「ヒオリとお揃いの伊達メガネ、変じゃない?」
「変じゃない。あいつ、きっとお揃いなの喜ぶわよ」
ライナはヒオリを祝日のデートに誘った。だが、それは自分とではなく、ナスカとのデートにだった。普段、頑張る二人のため、ライナは各方面に頼み込んで今日の機会を作った。とはいえ先日のラスコーの件もあり無制限というわけにはいかず、特広対拠点の美術館での「おうちデート」という形を取らざるをえなかった。だがデートというイベントの雰囲気と、この後の計画のために外での待ち合わせをライナは譲らず、変装したナスカを外に連れ出していた。
「ライナ、護衛ありがとね」
ナスカは手鏡をポーチにしまう。その顔はまだ少し曇っていた。
「気にしないで。誰か襲ってきたら、
ライナは駅から見えるビルの屋上に視線を向ける。注意していなければ気づけないが、官邸の
「次からは自分で、あいつを誘って遊びに行きなさい」
「でも、いいのかな……」
ナスカはうつ向きながらパンプスの先で地面を擦る。
「いいに決まってるでしょ。ってかあいつホント遅いわね」
ライナは足踏みをしながら、リストの時計を何度も確認する。30分前に来ているはずのヒオリはまだ姿を現さない。険しい顔つきのライナに、はっとしたナスカは目を大きく開いて言葉を口にする。
「ねぇライナ、もしかしてヒオリ、事故とかにあったんじゃ……!」
「そうだったとして、あいつは不死身だから来れるでしょ。寝坊でもしてんじゃないの」
「でもでもでも、普通の事故とかじゃなく、ラスコーの仲間に顔が割れて捕まったりとか!」
「……分かったわよ」
前者はともかく、後者の理由はないとは言い切れない。ナスカの不安が少し伝染したライナは草間に通話をかける。草間は1コール目が鳴り終わらないうちに出た。
『番櫛さん』
「すいません、ヒオリのやつ、まだ来てないんですけど」
『1時間前には美術館を出たけれど』
美術館のある乃木坂から新宿までは乗り換えこそあるものの、30分もあれば着くはずで、ナスカの予感が現実になり始めたことにライナの中の不安が増幅される。
「あいつのリストの位置分かりますか?」
『特広対権限により位置を検索……確認。リストに共有した』
ライナは送られてきた情報を確認し首を傾げた。
「は? 歌舞伎町?」
◆
「おねぇさぁん、イヤホン落としたよ」
「きみ可愛いね、どっかお店とかいるの?」
「あ、今時間大丈夫? ダメ? ちょっとだけだから!」
歌舞伎町一番街アーチの下。そこには普段かけているはずの伊達メガネを外し、通りがかった女性にかたっぱしから声をかけているヒオリがいた。
昼間とはいえこのような行為をするものを、歌舞伎町で働く者たちは許さない。
「お前さぁ、うちらのシマでなにやっちゃってくれてんの?」
ナンパを続けていたヒオリの周囲を、いつの間にか女の子ではなく、彼がいるエリアで活動するキャッチの男たちが取り囲んでいた。
「サーセン! ちょっち日本の平和のためにやらせてもらってまして」
ヒオリは90度の角度で頭を下げるが、それで許されるはずもなく、男たちに両腕を掴まれる。
「ちょっと一緒に来ようか」
「やっ! いやぁ! 助けてぇ!お巡りさぁん!」
「お巡りさんは道でナンパしてるお前みたいなの助けないんだよー」
「いやぁぁぁ!」
拘束されながら絹を裂くような悲鳴を上げるヒオリ。ふと、ヒオリの視界の端で、求めた救いの主がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「ら、ライナぁ! こっちだぁ!」
不意にヒオリの拘束が解かれ、キャッチの男たちはヒオリから離れる。
「ってあれ? なんだお前ら、俺の相棒にビビッて――」
ヒオリの言う通り、夜の街で活動し危機察知能が高いキャッチたちは、ライナから発せられる鈍い殺気に反応し、ヒオリから離れた。そして、その殺気はドロップキックという明確な暴力の形となって、ヒオリの胴体に直撃した。ヒオリの体は吹き飛び、居酒屋のスタンド看板に頭から突っ込む。
「痛ってぇぇぇ! なにすんだ相ぼひぎぃ!」
「こっちのセリフだゴラァ!」
起き上がろうとするヒオリをライナは何度も踏みつける。
「約束、すっぽ抜かして、何し腐ってん、だ!」
「やめ、たの、話を聞いて、今時、暴力系ヒロインは、流行らね、いてぇ!」
「私はアナキストだクソヒオリィ!」
華奢な少女から放たれる暴力の迫力に、キャッチたちは立ち去ることも、止めることも出来ず、ただ成り行きを見守ることしかできなかった。その内の一人の袖をナスカが引っ張った。
「あの、うちのヒオリがご迷惑をおかけして、すいません」
「あ、君たちあいつの客とか、囲い?」
「え、えと、多分?」
キャッチの言葉の意味がよく分からないナスカは首をかしげる。それを見たキャッチの一人が、膝をついて深刻そうな表情を浮かべた。
「俺らが言えることじゃないけどさ、誰かに貢ぐのは良いけど」
「うん?」
「貢ぐなら、もうちょい顔の良い奴にしときな?」
「怖いお兄さんたちぃ! 助けてぇ!」
ヒオリの叫びが歌舞伎町に虚しく響いた。
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