17話 Burn this City
「はぁ?! 敵が来た?!」
ライナは教室で声を荒げた。人の目を引きそうな言葉だったが、ナスカを一目見ようと多くの客が押し寄せた騒がしい教室の中では、誰も気にすることはなかった。
『ああ、護衛がやられてる! 多分全員!』
「応援はくるんでしょ?」
『分からん!』
リスト越しの声でも、ヒオリの焦燥が手に取るようにライナに伝わった。
『草間さんを通して応援を要請したけど、俺たちは
「じゃあ普通に『人が倒れてます』って通報できないの? そこから正規の連絡は行くでしょ」
『それも無理だ。周辺に通信妨害が入り始めてる。俺たちが普段仕事に使ってるやつだ。くっそまずいぞ!』
ライナは少し離れた所にいるナスカに視線を向けた。ナスカは笑顔で出来上がったタコ焼きにマヨネーズをかけながら訪れた人に笑顔で手渡ししている。
「どうすればいい?」
『逃げて、鍵をかけて、隠れろ』
ヒオリの答えは素早く明瞭だった。
『武装したテロリストは既に学校内にいると思ったほうが良い。無理に脱出しようとしたら殺される』
「武器は手元にあるけど」
『ダメだ絶対に戦うな。学生が武装したテロリストと戦って勝つなんてのは授業中の妄想の中でしか成立しねぇ。普通に殺されるか、被害が拡大するだけだ』
一応は拳銃の入った通学カバンを抱えたが、ライナは異論を挟まない。こういった経験で素人の自分が意見をしても意味がないことを、ライナも承知していた。
『だから応援が来るまでの間、ナスカと安全な場所を見つけて、
「分かった。すぐ移動する」
『自分の命だけって言えなくてすまん。装備を調達したらすぐそっちに行く。なんとか耐えてくれ!」
通話が切れると、ライナはすぐナスカのそばに寄って、他の者に聞こえないよう耳打ちした。
「敵が来た。逃げるわよ」
ナスカは目を見開いたが、静かに頷くと皆の前で手を合わせた。
「ごめんみんな! トイレいってくるね!」
小学生のようなテンションで発せられた離席の言い訳に、周囲はどよめきと困惑に包まれたが、ライナは気にせず、ナスカの手を引いて教室を後にした。
◆
「アンネ、状況を」
ヒオリが気を失っている狙撃手を見つけたビルと、学校を挟んで反対にあるタワーマンションの屋上で、白い仮面で顔を隠し、同じく白い軍用戦闘服に身を包んだラスコーが無線機に呼び掛ける。すぐに飄々とした少女の声が返ってきた。
『アイアイ、ボス。狙撃手と周囲を警戒してた護衛はアルファチームが片づけたっす。現在校内に潜入したブラボーチームと合流中。けど問題が』
ラスコーの手元の骨董品のようなPDAに、倒れた狙撃手に近づく少年、ヒオリの姿を映した画像が表示される。
『護衛がやられたのに気づかれました。見た目は学生っすけど、こいつを中心に秘匿回線への発信が確認されたっす。多分こいつ
「妨害は」
『妨害も傍受も難しいっすね。うちらと同じく、レトロなシステム使ってるっす。ちょい急いだほうが良いかも』
ラスコーは仮面越しに神元ナスカが内部にいる高校の校舎を見下ろし、配下に呼び掛ける。
「
ラスコーの背後で待機していた十数機の四つのプロペラをもつ旧式ドローンが編隊を組み、学校へ向け飛ぶ。ドローンの本体には、学校内に潜伏しているテロリストたちが使う武器が積載されていた。
「アンネ、街に火をつけろ」
『待ってましたぁ! スーパーハッカーアンネちゃんの出番っすね! 政府のウスノロどもにしゃぶらせてやるっすよぉ!』
「派手にやれ。それと」
どこかで爆発音がなった。しかも複数回。今回の爆発はフェイクではなく、実体のある炎で、爆炎の後に悲鳴もどこからか聞こえてくる。
「その汚い言葉を二度と使うな」
爆発地点から上がる黒煙が、秋空を真っ黒く塗りつぶしていく。
◆
治安省地下の危機管理室ではありとあらゆる警報が鳴り響いていた。
「ガス、水道管の破裂を多数確認。交通渋滞によって即応できません!」
「交通省の交通管理システムダウン! 自動運転車のガイド不可。各所で事故発生を確認!」
「航空管制も落ちました! ダミー情報で管制画面がマスクされ誘導は不能! 通信も途絶しています。このままだと墜落する機がでます!」
対策室のオペレーターたちが、都内各所で起きている危機を絶え間なく報告する。各省のシステムがクラッキングを受け、東京は瞬く間に機能不全に陥っていた。
「治安維持法に基づき非常事態を宣言。軍への出動を要請する」
危機管理室で膨大な問題に見舞われる中、草間からの連絡を受けた理日田はすぐさま問題の優先順位を定めた。
「各員、視察中の書記長の護衛部隊に問題発生。本省から書記長がいるエリアへの交通管制を優先させ、現場へ速やかに部隊を――」
理日田の命令はひと際大きな警告音で遮られた。管理室の巨大なモニターへある一文が表示された。
<そして、なおも模索し続ける。私がこうありたいと目指す人間に、いかにしてなれるかを>
オランダ語の短い文章は、虫が葉を喰らうように危機管理室のモニターを埋め尽くしていく。
「長官! 各省のマシンがインターセプトされ、本省へ攻撃をしかけています!」
「防衛用AI、1番から42番までアウト。追加で構築した
「このままだと、警察の管制システムとヨシュクシステムへ侵入されます!」
治安維持を司る機構への侵入、それだけはなんとしても避けなければならない。理日田は数秒、目を閉じ、決断する。
「各種システムを物理的に切断、電源を落とせ」
「しかし現場警察への管制、及び犯罪察知が不可能になります!」
「ここでシステムが乗っ取られたら、それ以上の惨事を招く。責任は私が持つ、やれ!」
すぐさま治安省内のネットワークが外部から遮断され、管制室のモニターがブラックアウトした。ひとまずのサイバー攻撃はやり過ごせた。しかしそれは、管制室からの現場の統制が困難になったということでもあった。
状況把握はハイテクシステムから、たちまち有線による連絡のみに制限される。多発的に起きる危機に際し、それはあまりに無力だった。
「頼む鍵巣、持ちこたえてくれ」
パニックが支配する管制室の中で、理日田は誰にも聞こえぬよう祈った。
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