2章 ビッグシスターはあなたをみている
8話 女子会しようよ!
拝啓
親愛なる親父殿 母上殿。穏やかにお過ごしでしょうか。
俺の日常は大変あわただしくなりました。
ラスコー
こいつが起こした爆発騒ぎのせいで、都内はとてもピリピリしています。
いたるところに検問が設けられ、警官たちの取り締まりが厳しくなっています。そのため、警官から市民を助けるための出動回数が激増していまいました。
俺の時と対応が違います。軽く見られてるようで少し不満です。
しかもラスコーの演説に触発されたのか、都民の間で絵を描く自由を求める活動がちらほらと出始めました。ヨシュクシステムの平均値も上昇傾向にあり油断できません。
俺だって建物の一つや二つ爆破したのにこんなことは起きませんでした。この差はなんでしょう。かなり不満です。
さらに可愛い相棒までできたのに、もっぱら指示されるのは上記の妨害活動ばかり。戦闘訓練を受けていない相棒は同行できず、今日も一人寂しくテロリズムです。
まったくもって不満です! 不満で書きたいことも思い浮かばず、欺瞞用の手紙もこの有様ですよ!
しかし仕事は仕事。しっかりやり遂げねばなりません。
不出来な息子ですが、神元書記長のため、頑張りたいと思います。
大日本共和国に栄光あれ
標準歴2044年 10月10日 鍵巣ヒオリより
尊敬する親父殿、愛する母上殿へ
追伸
今週末、学校で文化祭が行われます。クラスの出し物で提案したインドカレー屋が却下されたのは残念ですが、精いっぱい楽しむ予定です。撮った写真を送るのでお楽しみに。
◆
「それでは、諸君ら党員の功績を讃え、そして共和国のさらなる発展を祈念して、乾杯!」
神本ナスカが演壇の上でグラスを掲げると、その場にいた全員が乾杯に応えた。
党の結成日を祝うその日は、都内でも歴史あるホテルを貸し切り豪奢な祝宴が催されていた。広いパーティー会場には党員やその家族、財界の関係者らが、歓談に興じ、高級料理と質の良い酒に舌鼓を打ちながら彼らの特権を謳歌していた。
その特権の最高位にいる少女、神元ナスカ。彼女は自らのもとへ挨拶に来て頭を下げていく連中に対し、退屈であることを隠そうともせずに適当に生返事を返していく。そしてとあるメガバンクの頭取が、ナスカの目の前で彼女に対するお世辞を並べ立てていたとき、事件は起きた。
突如、会場の天窓が破られ、ガラス片と共に黒衣の反逆者、ステインが会場に降り立った。ステインは騒然とするパーティーの参加者たちには目もくれず、まっすぐ神元ナスカの方へ歩みを進める。
「警備員! 書記長をお守りして!」
ナスカの横に控えていた技賀が命令すると、即座に会場内に配置されていた警備員たちがステインを取り囲む。
「両手を頭の後ろにあげろ!」
テーザーガンを構えた警備員が警告を発する。しかしステインは拳を二回、閉じ、開くと、稲妻のような速さで拳銃を抜き、テーザーガンを向けていた警備員を撃ち倒した。少し間をおいて、会場全体が混乱と混沌に陥った。
「きゃぁぁぁ!」
「早く! 早く逃げろ!」
「押すな! 私を誰だと思ってるんだ!」
突如現れた脅威から逃げ出すべく、その場にいたほとんどの者が出入り口に殺到する。その間もステインを取り囲んでいた警備員たちは勇敢にもステインに近接戦闘を挑むが、ステインは多勢をものともせず、一人ずつ撃ち倒していき、ナスカに迫る。
「書記長、ここは私がぎゃっ!」
党への忠誠を示そうと、ナスカの盾になるように立ち塞がった頭取が容赦なく撃たれ、倒れる。ステインはすぐさま銃口をナスカに向けるが、手に持つ拳銃は弾丸を撃ち尽くしており、ナスカを傷つけるには至らなかった。代わりにステインは拳銃を床に落とし、指を伸ばして拳銃のように見立て、
「バン」
ナスカの胸を撃ちぬいた。瞬間、先程まで退屈そうにしていたナスカの金色の目が大きく見開かれる。ステインは追撃せず、ナスカに背を向け、何もない――正確には外側に爆弾が設置してある壁の方向へ走り出す。そして隠し持っていたスイッチのボタンを押し、壁の一部を爆発させ外界への脱出口を作った。
「わっ!」
「神元書記長! 伏せてください」
技賀が覆いかぶさるようにナスカを庇う。ナスカは技賀の体と腕の隙間から、漆黒の反逆者が走り去るのを、痛いほど高鳴る自らの鼓動を感じながら見送った。
◆
「はうぅぅぅん、ヒオリかっこいいよぉ……」
ナスカは今日、何度目になるか分からない、恍惚としたため息をついた。
「はぁぁぁ」
その向かいでライナが今日、何度目になるか分からない、うんざりとしたため息をついた。
月曜日の午後、二人は書記長専用車に乗り合わせていた。今日の授業中、ライナのリストにメッセージが入ったのが事の発端だ。「中央政府専用回線」というあからさまなアカウントから届いたのは、
[女子会しようよ! 神元ナスカより]
というなんとも気の抜けたメッセージだった。自らを暗殺しようとした女を呼び立てるナスカの真意を探ってやる、という気持ちでライナは誘いに応じた。しかし学校の近くで専用車に乗りライナを待ち受けていたナスカは、ライナを糾弾することなく、移動中の専用車の中で、同じ映像を何度も再生させ、ヒオリへの惚気を車内に充満させるだけだった。
ナスカが繰り返し見せてきた映像は二年前、ステインが初めて公の場に姿を現した時のものだ。当時12歳の神元ナスカに対する暗殺未遂事件は大々的に報道され、世間の話題をさらった。ライナが絵を描こうと思い始めた時期とも重なり、当時はかなり影響されたことをライナは覚えている。だが、ステインの正体やその目的を知った後だと、当時感じた興奮は今や全くなかった。
だがナスカは違うようで、自分に銃口を向ける、当時14歳のステインを恋焦がれながら見ている。
「バン! ってボクを撃つところ、ほんとうに素敵だなぁ」
「ふぅん」
「あ~やっぱり、ボクの方が勝っちゃってるよなぁ」
「あっそ」
「ヒオリ言ってたよぅ? 古いアメリカのコミックってヒロインはすぐ変わるのけど、
「へぇ」
「ぽっと出の新ヒロインより、独裁者で敵のボクのほうがヒオリにとっても比重は上だよねぇ?」
ヒオリが誰に好意を抱こうがライナはどうでもよかったが、勝ち誇ったようににやつくナスカにはむかついた。
「でもこれお芝居なんでしょ? 台本通りならそんな感情の重みはステイン……ヒオリにはないんじゃないの?」
鼻で笑いながらライナは反撃する。しかし、ナスカは動揺することなく、口角をあげて答える。
「違うんだなぁ、これが」
「どう違うっての」
「この後ね、理日田長官がヒオリを連れて秘密の挨拶に来てくれたの。今後はステインが活躍して、犯罪の発生率を下げますよって」
ナスカは腕を組んで、当時を思い返すように目を閉じる。
「でね、ボクはガツンと言ってやろうと思ったの。あんな気取った態度でボクの心を掴もうだなんて思わないでよって。ボクそんなにちょろい子じゃないよって!」
あのジェスチャーは別にナスカの恋心を射抜く意味でしたものではないだろう、とライナは突っ込みたかったが、ナスカはライナに口を挟む隙を与えない。
「でもね、執務室でヒオリがマスクを取って挨拶してくれた時にね、こう言ってくれたの」
「なに? 『自分ステインっす! どうぞよろしくっす! 仮面越しに見るより美人っすね!』とでも言った?」
「うん!」
自分が相棒のアホなところを完璧に再現してしまったことに絶望し、ライナは頭を抱えた。
「それにね、こうも言ってくれたの。『ああ、こんなに綺麗なら、本当にさらってしまえばよかった』って」
ナスカは目をとろんと蕩けさせ、両手で頬を覆う。
「跪いて、ボクの手を取って。本当に素敵だった……ボクの周りには下手なお世辞しか言わないオッサンしかいなかったから、あんなにロマンチックなこと、男の子から言われるの初めで……」
「あいつのバカは底なしね……」
「でも理日田のやつ酷いんだよ! そんな素敵なヒオリに拳骨して謝らせたんだよ! ボクあの人嫌い!」
「部下が国家元首を口説いたら誰だってそうするでしょ」
「うぅぅ、ヒオリの話してたらもう一回見たくなってきた!」
「勘弁してよ」
ナスカはライナの意見など聞かず、再度自身の暗殺未遂事件の映像を初めから再生する。
「呑気なもんね」
ライナは映像とナスカから目を背け、窓の外の景色を見た。
「首都がテロ攻撃されたってのに」
ライナの目には、なにも変わっていない首都東京が映っていた。
ラスコーと名乗るテロリストが姿を現してから約半月が経っていた。その2週間のうちに、爆破された建造物が再建された、というわけではなく、そもそもあの日、建物を破壊するような爆発は起きなかった。
事件当日、プロジェクターを積載した無人運転トラックが都内のランドマークや党の建造物付近に出没した。あの日、ライナも含めた都民が目撃したのは、プロジェクターから投影された炎の動画、幻影だったのだ。規模の差はあるが、リストの空間への画像投影の技術が使われた演出だった。聞こえた爆発音も、また別の無人自動車を付近で自爆させたもので、人々は虚構と現実のコンビネーションにすっかり騙されてしまったのだ。
さらにライナが草間から聞いた話では、炎の映像はホクサイシステムを利用し描かれた画像をアニメーションにしたものだという。ニュース映像を改めて見ると炎の揺らめきかたにライナは若干の違和感を覚えたが、ホクサイシステムで描かれた炎はリアルで、少なくとも事件当日の夜に気がつくことはできなかった。
現在、電子省がホクサイシステムの利用履歴から作成者の追跡に当たっているが、今なおラスコーは逮捕されていない。
党を嘲笑うかのような、それでいてほとんど実害を出さない紳士的な犯行。
以前のライナであれば、そのセンセーショナルな行動に心を奪われただろうし、都民の多くがそうなっていた。だが、少し特殊な立場に身を置いている今のライナはラスコーには心惹かれなかった。
信号待ちの途中、警官が都民の持ち物検査をしている様子が目に入る。
絵を描く自由
それはライナだっていまだに求めているし、それを手に入れるために政府を倒したいという思いは変わっていない。だが、ラスコーがテロを起こしたことで、取り締まりが厳しくなり、その影響で相棒が駆り出されるのは不本意だった。
警官が締め付けを強める以上、反逆者ステインは都民を助ける演出をしなければならない。出動回数が増えたことで、ヒオリは学校を休みがちになってしまっていた。
「まっ、これが俺の仕事だから」
と、ヒオリは気にしていない風だったが、ライナはそれがもどかしかった。本来、自分と同じ年齢の男子が自分や学業を犠牲にして戦うことなど間違っているはずなのだから。
「うぅぅぅ、きゅんきゅんするよぅ。ライナもかっこいいって思うよねぇ?」
映像を見ながら身もだえするナスカを一瞥して、ライナは返事の代わりに舌打ちを打つ。
ヒオリの苦労も知らないで、幼稚な恋に夢中になっているナスカに、ライナは共感などできなかった。
「ところで、女子会ってのが、このステイン動画再生祭りのことなら、私、今すぐ車から降りるから」
「えーライナはおバカさんだなぁ、そんなわけないよ」
たはは、と目を細めてナスカが笑う。
「共和国ホテルの最上階にあるラウンジでお茶するんだよ」
「……は?」
共和国ホテル。ナスカが口にしたそこは、神元ナスカ暗殺未遂事件の舞台となったホテルで、一世紀以上前から存在する高級ホテルで、そして女子会などというポップな言葉が絶対に似合わない場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます